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転移した先は、薄暗い部屋だった。
シャッとカーテンを開けると、明るくなる。案外綺麗な部屋で、本や実験道具がたくさん置いてあった。
「カリーヌ嬢、お怪我はございませんか?」
「……はい、特に怪我は。ですが、殿下が……」
カリーヌは長い睫毛を伏せ、先程の出来事を思い出したのか、カタカタと震えている。
それを、切なそうな表情で見つめるイケメン――。
(え……、私の存在無視されてない? サウナスーツ、そろそろ汗で限界なのですが……。熱中症で倒れますよ?)
「――おっほんっ!」と、大きく咳をしてみた。
ハッとした二人は、沙織の方を見た。
「あのぅ、お二人はお知り合いですか? 私、何でここにいるのか、理解不能なんですが。さっきの魔法陣みたいなので、私を呼び寄せたのは、貴方です?」
目を見開くイケメンと、カリーヌ。
「いかにも、僕が呼びました。まさか、悪魔様が女性だったとは驚きです!」
「……だ……だれが悪魔ですって!? 私、悪魔じゃなく、普通の女の子ですがっ!!」
「っえ!? そんなバカなっ」
イケメンは慌てて重厚感のある本を捲りながら、何やらぶつぶつと独り言を呟く。
「あああっ!? 二箇所描き間違えたっ!」
「はぁ? 間違い?」
「すっ、すみませんでした! 間違えて、異世界の方を転移させてしまいました!」
「今……なんて。間違えて転移させた? じゃあ……さっさと、私を元の世界へ返してください!!」
「それが、その……。今回、殿下が急にカリーヌ嬢を断罪すると言い出しまして。兎に角、お助けしたくて、悪魔を召喚してあの場から助けだそうと……。なので、こちらから異世界へ転移させる方法はわからなくて……ですね。魔導師の重鎮達は勇者召喚をする為に、秘匿の文献を隠している筈ですが、僕らには手を出せない場所というか。で、ですがっ、早急に調べますのでどうかお許しを……」
平謝りのイケメンと、オロオロの公爵令嬢。
「……帰る方法が見つかるまで、私はどうしたらいいのですか?」
怒りを含んだ声に、イケメンは後退り目を逸らす。
「あのっ! もしよろしかったら、アーレンハイム家へいらっしゃいませんか? まだ、先程の刑がどうなるか分かりませんが……。私、カリーヌ・アーレンハイムと申します」
カリーヌは美人なだけでなく親切だ。
「カリーヌ様、私は沙織です! では、お言葉に甘えて……よろしくお願いいたします!」
「あ、僕は王宮魔導師をしているステファンです!」
チラッとステファンを見て、ニッコリ笑う。
「ステファン様。あなたは、さっさと状況確認してきてくれませんか? ……カリーヌ様がこのままじゃ帰れない上、捕まるなんて最悪ですよ?」
「た、たしかに!」
ステファンは、この部屋に隠れているようにと言い残し、慌てて出て行った。王宮魔導師と言うからには、ここは王宮内なのだろう。
残されたカリーヌに、色々と話を聞いてみる。どうやら、カリーヌ、アレクサンドル、スフィアは同じ王都の学園へ通っているらしい。
(確か、そこがゲームの舞台だったはず……)
そして今日、学園内でカリーヌがスフィアに嫌がらせをしたと、断罪しようとしたのだ。わざわざ宮殿で行われるダンスパーティーの日を狙って。
(下衆な奴らだわ)
ステファンは学園を卒業し、今は王宮魔導師として勤めているらしく、今回の件は他から知ったらしい。
(だからって、悪魔なんか呼ぶ? しかも、間違えるとか。王宮魔導師って、バカでもなれるの?)
優しいカリーヌは、ステファンは学園内では特に優秀で、王宮魔導師に引き抜かれた素晴らしい人材だと言ったが。
(優秀? ……残念の間違いじゃない?)
「あの……。こんな事をお聞きするのは、心苦しいのですが。サオリ様の世界では、その様な装いが普通なのでしょうか?」
コテリと、首を傾げるカリーヌ。
綺麗なのに、可愛らしさまで兼ね備えている。王太子は見る目がないのかと、カリーヌをしみじみ見つめた。それから自分の格好を見て気づく。
(全身黒のサウナスーツ……黒子みたいね)
しかも、プロボクサー用の、発汗作用絶大の二枚構造。中にはロングTシャツとスパッツを履いているが、脱いだ瞬間に大量の汗が床に広がるのは毎度のことだ。
ちなみに、髪は腰迄の黒髪ロングのストレートだが、ジョギングの邪魔なので引っ詰めスタイルだ。顎にはズラした白いマスクをしており、のぼせ気味の顔は赤くベタベタして張り付いた前髪……。最強にブスだった。
慌ててこのスタイルは特例だと、カリーヌに説明する。
「では……今、そのお洋服の中は大変なのですね? よろしかったら、お身体に洗浄の魔法をおかけしましょうか?」
どうやらこの世界では、長旅や戦いに出る者はお風呂の代わりに、その魔法で清潔を保つらしい。カリーヌには必要ないが、流石は公爵令嬢。魔力が豊富な上に、勤勉なので色々できるみたいだ。
「ぜひ! お願いします!!」
有難いとばかりに、サウナスーツを脱いでTシャツスタイルになる。予想通り、スーツからは大量の汗が流れ出て水たまりができた。
カリーヌはTシャツスタイルと汗の量に驚き、急いで洗浄魔法を掛けてくれる。
全身が水のような物に包まれたかと思った時には、体中がサッパリしていて、Tシャツもサラサラに乾いていた。
黒髪が、ふわりと肩に落ちる。
「凄くサッパリしましたっ。最高に気持ちがいいです!」
お礼を伝えると、カリーヌはキラキラした瞳で見てくる。
「……素敵っ!」
(へ? 何が?)
「この、服ですか? ただの、ロゴ入りロンTにスパッツですよ?」
「いえ! お洋服は、その何と言って良いか……あまり、殿方の前には出ない方がよろしいかと。素敵なのは、サオリ様ご自身です! 美しい黒髪に、気品溢れる顔立ち、佇まいは騎士のようでございます。先程までとは、別人のよう……あ、失礼いたしました」
「いえっ、お褒めにあずかり光栄です!」
カリーヌの方が余程美しいが。
波打つブロンドヘアに大きな紺碧の瞳。スッと通った鼻筋と、薄いのにプクッとした唇は女性でもドキドキする。
「あと一つ、お尋ねしたいのですが……。サオリ様は王の影の存在を、何故ご存知だったのでしょう?」
影の存在は、王族と王妃教育を受けた婚約者しか知らない、秘密の情報だ。
まさか友人がやっていたゲーム内の、スペシャルイベントで、魔族との殲滅戦の有料ガチャで出るレア助っ人……とは、言えない。
「私の世界……にある御伽噺に、王には影が居るとよく出てくるからです。なので、こちらにも居るのかなぁと」
「まあ! そのような御伽噺があるのですね! 私も読んでみたいです」
(御伽噺もゲームストーリーも同じような物だしね……うん)
扉の外で話し声が聞こえてきた。残念な魔導師が、誰かを連れて帰ってきたようで、扉が開く。
やはり、ステファンだった。後ろには何かを持ったメイドを連れている。
「お待たせして申し訳ありません。カリーヌ嬢、サオリ様……」
そこまで言うと、ステファンの顔が見る見る真っ赤になる。
(何? 残念な魔導師は熱でもあるのかな?)
すると、慌てたメイドが素早くステファンを扉の外へ押しやり、扉を閉めたのだった。