テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
次に目を覚ましたのは、見知らぬ部屋の中。
どこだここは。柔らかなベッドの上で、上体を起こして辺りを見渡す。
カーテンの隙間から、眩しい朝日が零れていた。
「……えっと…?」
見ると、着ていたスーツは上下とも脱がされ、代わりに見覚えのないシャツだけを被せられている。ちょっと、いやかなり大きいのが哀しい。
掛けられたシーツを引き寄せると、どこか懐かしい香りが鼻腔をくすぐった。
「───起きたか」
「……ドイツさん?」
不意に扉が開いて、幾分かラフな姿の同僚が現れる。ラフといっても、だぼだぼのスウェットとかではなくて、衿付きシャツなのが彼らしい。
シャッ、と彼がカーテンを引き開けると、部屋に光が満ちた。
どれくらい眠っていただろうか。こんなにまともな睡眠が取れたのは……一ヶ月、いや二ヶ月ぶりか?
「具合は?」
「え、あ、大丈夫です!」
「お前の大丈夫は信用ならない」
どこか物言いたげな彼の表情に、嗚呼と思う。
嗚呼、やってしまったな、と。普段から世話になっている彼に、あらぬ迷惑をかけてしまった。
「ッすいません、ここって貴方の家ですよね」
「ああ。急に倒れたから、勝手に連れてきた」
「本っ当に、すみませんでした……!」
この埋め合わせは必ず、と手を合わせる。
いや構わない、と首を振った彼は、傍の椅子を引き寄せて腰掛けた。
そして、此方をじっと見つめてくる。じっ、というよりは、ジトリ、といった方が正しい。
「あ、あの……?どうされました?」
こちらを非難しているようで、どこか切なさを帯びた、切れ長の目。
涼やかな目元はやはり似ていて、きゅっと胸が縮こまるような気がする。
なんて、一人で感傷に浸っている間に、彼ははぁと溜息を一つ。
「誤魔化すつもりか?待ちくたびれたんだが」
「……はい?」
「無意識なら更にたちが悪いな。漸く気づいてくれたと思ったのに。これじゃあ、私だけが舞い上がってるみたいじゃないか」
「えっ、と……………すいません…?」
怒って、いる?
詰るように問い詰められるが、何の話だかさっぱりだ。取り敢えず謝っておく。
が、唐突に───顎を引かれた。思わず瞠目する。
彼の瞳がすぐ目の前にある。その眼差しに囚われて目が離せない。
「死しても永遠に、と誓ったくせに。薄情な奴め」
え、ちょ、近───
「なぁ、───日帝」
は、
うそ。
うそだ。
「嘘じゃないぞ。同盟国時代のことは全部覚えている。最期に会ったのは4月18日。そうだろう?」
だって、彼は死んだじゃないか。
「驚くのも無理はないか。私は一回死んだからな。所謂、生まれ変わりだ。」
あり得ない。
「神だって三日後に復活したんだ。國だって蘇っても可笑しくないだろう。……なぜ私だったのかは分からないが」
前世で暴れすぎたから、罪を贖えという神託かもしれないな。と彼は肩を竦める。
声も表情も仕草も一人称も、その美しい瞳も。日常会話に神とか命とか、壮大な話が混ざるところも。何一つ変わっていなかった。
いきが、できない。胸が詰まって、こえがでない。
「ああほら、泣くな。目も擦ったら駄目だ」
「ッないて、…な、ぃ」
「はは、意地っ張りは変わらないか」
彼の親指が目元を拭う。次から次へと溢れた水が、彼の指先を濡らす。
でも泣いてない。ただの乾き目だ。睫毛、そう、睫毛が入ったんだ。
彼が力強く私を抱き寄せた。ああ、本当に、怖いくらい安心する。
「ほんとに、ッなちす、なんですか……?」
「ああ」
私は、夢を見ているのだろうか。
ふわふわとした夢心地に任せてそう思うと、不意に額に柔らかな感触を覚える。
ちゅ、と軽やかなリップ音が、遅れて聴こえた。
「夢じゃないぞ。ちゃんと感覚があるだろう?」
「……こういうのって普通、頬をつねるのでは?」
「私に恋人を痛めつけろと言うのか」
「痛めつけるって……ふふ、大袈裟ですよ」
「大袈裟じゃない。もう、一つたりとも傷を付けたくないんだ」
目元、頬、額。あらゆる所にキスが降ってきて、その度に夢ではないことを認識する。
次第に縺れ込むように彼がベッドに上がってきて、何十年ぶりかの体温を感じた。
「やっと…やっと、お前に触れられる。長かった……」
するりと頬を撫でられた。まるで存在を確かめるかのような手つき。
未だ潤んだままの視界の先で、彼が慈しむように目を細める。
時代は変われども、そこにはただ、あの頃のまま、変わらぬ顔をする彼がいた。
「長かった、って……私が変わってないってこと、いつからお気付きで?」
「この姿になって始めて会った時からだな」
「ゑ」
さらっと明かされた事実に固まる。
待て。待ってくれ。そんなに分かりやすかったか?かなり気を遣って化けていたつもりなのだが。
もしかして元連合国にも、とっくのとうにバレていたりするのだろうか。なにそれ怖い。震える。
「安心しろ、多分私たちしか気づいてない」
「で、ですよね!!はー…良かった」
「でも分かり易すぎだぞ。私の方が冷や冷やしたんだからな」
「ゑ」
安堵したも束の間、彼の言葉にまた固まる。
分かり易い、だろうか。他国には、何考えてるか分からないとよく言われるのだが。
「まず最初に会って挨拶した時。何考えてたんだか分からんがお前、『綺麗な目ですね』って突然褒めてきただろう」
「いやそんな……覚えてないですよ」
「この紅い目、ナチ時代の名残だって、英仏米ソ皆に警戒されたんだからな」
「そ、そうだったんですか」
戦後すぐなんて彼の死の直後だから、正気を保つので必死だったもので憶えていない、が。
彼の云うことが本当なら、私はかなり危ない橋を渡っていたことになる。
「あと持ち物。赤が多すぎる」
「へ?」
「西側諸国の癖して、選ぶものは赤ばかりだっただろう。無意識かもしれないが」
「そんな、ことは、」
ない、と言おうとして、はたと気づく。
クリップ。付箋。ノート。ペン。鑑みてみれば、私の身の回りには赤色のものが溢れている。
無意識だった。どうやら私は、赤が───このひとの瞳の色が、好きで好きで堪らないらしい。
「ふ、ふふ、お前、私のこと好きすぎるだろう」
「………そうですけど何か!?」
顔を綻ばせて笑う彼に、むきになってしまった。
顔が赤くなっている自覚はある。が、己の想いを暴露されるのは居た堪れない。
しかしそれにしても、彼もまた、私の一挙手一投足を良く見ている。何気無く発した言葉とか持ち物とか、すぐに気付くものなのか?
「まあ、私もお前のことをとやかくは言えないか」
そう言って彼は、するりと頬を撫ぜてくる。
壊れ物を扱うような優しい掌に目を細めて、続きを促すために彼を見あげた。
「何せ、此方もずっと、お前を追いかけていたものだから」
「…どうやら私達、似た者同士のようですね」
そのようだ、と頷いた彼がにっと笑う。
久しぶりに見た、その砕けた笑み。尖った歯が覗くのが、野性的で好きだった。
あの頃は互いに笑う余裕なんてなかったものだから、何だか新鮮だ。つられて笑う。
「なぁ、日帝」
「はい」
こつん、と額をくっつける。
「次は、合法的に世界を獲ろう。戦争じゃなくて、経済でな」
「ええ。我々の底力、見せてやろうじゃありませんか」
あの頃のままの野心を宿した瞳が、目の前で輝いている。市場価値なんて付けられない、唯一無二のガーネットの煌めき。
そうだ。大丈夫。私はまた、戦える。
死地を潜り抜けて、死をも超えて再会できた、このひとと共に。
「「愛してる」」
飾らず、気取らず。イデオロギーもステータスも、アイソレーションも気にせずに。
すっかり素に戻った口から、その一言が自然にこぼれ落ちて、意図せず被ってしまう。
それに小さく笑った私たちは、そっと唇を重ねた。
続く
コメント
7件
ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛っ!! 最高大好き愛してる!!(?) 続く!続くだって!うへへへへへへ! 泣いてニヤけて忙しい!最高! 神!フォローしました!
好きだぁぁぁ(´°̥ω°̥`) なんですのこの尊さ!!!!! お二方が再会できてもうほんと感動しましたわ!!! 相変わらずの文章力に脱帽ですʕ•ﻌ•ʔฅ
あぁぁ .. わぁぁぁ .. (( 語彙力 " 次は、合法的に世界を獲ろう。戦争じゃなくて、経済でな。" な” .. !!!! これが好きすぎて .. !!! これ読んだ瞬間にリアルで涙目になってしまいました .. !! 圧倒的な観察力の 卍さんと , 無意識のうちに 愛を見せる 祖国様が本当に愛らしすぎて .. !! 上手く言葉にできないのですが , もう本当に感動です .. !! とっても素敵な物語を ありがとうございました .. !!