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「柚木! おい柚木!!」
雨が降り続ける屋上で、まるで幽霊のように身体が冷たくなっている柚木を背中を、ただ揺らしながらその名前を呼んでいた。
今はもう、授業もとっくに終わった時間帯。傘を刺して下校している生徒もいれば、室内でコックリサンとかいう怪異絡みのあぶねェ遊びをしているバカな生徒もいる。
それのどれにも当てはまらずに、アスファルトの上に寝転がって寝ている柚木の頬には大量の水が伝っていて、果たしてそれが雨粒なのか涙なのか、それは怪異であるオレにはわからなかった。
そのまま柚木の身体を揺らし続けていると、ゆっくりと目の前の子供は瞼を持ち上げ、月のように丸い瞳をオレへと向けてくる。だが、どこか怯えた色をその瞳に含んでおり、意識があったという安心と同時に、尋常ではない柚木の様子に不安がたまっていく。
「……せん、せ……?」
「心配させやがって!!」
──死んだかと思ったじゃねえか。
そう言いかけて、唇を血が滲むのでないかと錯覚するくらいに、強く、強く噛み締めた何だかそれを言ってしまったら、本当にいけないような気がして。
柚木は辺りをキョロキョロと見渡したあと、何かを思いだしたかのように表情を変えると、怖がるようにオレから距離を取った。
「あっ! ごめ、んなさい!! もう心配なんてかけませんっ!! だからっ……」
「お、落ち着け。取り敢えず中に入れ。ここじゃ寒いだろォが」
柚木の震える背中をさすると、段々と強ばっていた表情が緩んでいく。震える背中の理由は雨による寒さか、はたまたオレなのか。
落ち着いたのか、柚木はブンブンと頭を振ると、いつもと変わらない、ガキのくせにどこか大人びたような、達観したような笑みを浮かべた。
「……うん、うんごめんね土籠先生。俺は大丈夫。ありがと」
「……」
「……え……?」
オレが突然黙ったことに違和感を覚えたのか、柚木は折角取り戻した笑顔を崩しまた先程の年相応の表情を浮かべる。いや、年相応ではないな。中学一年生が、こんな不安そうな表情を浮かべる環境をつくっていいはずがない。
それでもオレは耐えきれなかった。かなり頑張った方だと思う。
「……がはははは!!」
「え? 何頭大丈夫……?」
「相変わらず失礼な奴だなァ!! ……お前が礼を言うだけで珍しいってのに、おまけに謝罪もついてるのか!? がはは!!」
「うっわせんせヒド! 最低!! 変態!!」
変態は余計だと思う。そもそもオレは変態じゃねェよ。
耐えきれずに笑い続けるオレをポカポカと殴り続けながら、柚木は頬を風船のように膨らませた。が、自分の言ったことを考え直してみたのか、段々とオレを殴る回数は減っていき、顔を真っ赤に染め上げていった。なんだかりんご飴みたいだな。コイツはこんな表情もできるのか。
「……先生。今言ったことは忘れて……」
「えぇっと……あったあった日記帳だ。『今日は柚木が初めてオレに謝罪と感謝の言葉を伝えた』と……」
「やめて!? 日記とらないで!? っていうか何でその日記帳防水されてんの!?」
茶番をしながら屋上から唯一校舎へと続く階段を、一段一段コツコツとおりていき、ふと思いだしたことを柚木に問いかける。
別に特段興味があるわけでもなかったが、話が長く続くわけでもないので、雑談として投げてみたのだ。……ひょっとしたら、柚木の弟の方が、何か関係あるのだろうか。
「……何でお前、雨が降り続けてる屋上で寝てたんだよ。」
「あーそれね。普通に授業サボってたら、生徒指導の先生に見つかって。で、逃げてたら屋上に着いたってワケ。変に戻るとまた捕まっちゃうし……」
「普通に授業サボるなよ……」
「で、先生。俺は一体何処に向かってるの?」
「勿論……」
オレはガラリと教室の扉を開け、向かい合わせにし、くっつけていた机を指差した。机の上には白い救急箱がおかれており、中からはちらほらと包帯やら絆創膏やらが飛び出ている。
柚木はオレが何をしようとしているのか勘づいたのか、喉から小さくゲッと声を漏らした。
「『手当て』だよ……」
と、いうことで、俺は現在進行形で、本日二度目の『手当て』を先生から受けている。ま、一回目の『手当て』は先生からではなく、夢の中の先生からだけれど。
冷静に考えてみればそうだった。先生は俺のことが大好きなんだから、あんなヒドイコトを俺に言うはずがない。俺のことを先生が殴るはずがない。……だよね……? 先生……?
ふつふつとわき出てくる疑問符を頭から消し去りたくて、がむしゃらに頭をかきむしった。何で先生のこと信じきれてないんだろう。あぁダメだ。これもきっと雨のせいなんだ。
「……で、この傷は誰につけられたんだ?」
夢の中の先生と同じ言葉を、俺に投げかけてくる。夢の中の先生より数倍優しくて温かみがある、体温があるその言葉にすがり付きたかった。
言いたい言いたい。『助けて』って。
俺にそんなこと言う権利なんてないだろ?
先生に心配かけたくもない。
先生とあのコどっちが大切なんだよ?
そんなの決められないよ。
嘘つけ。そもそも先生のために助けを求めようとしているわけではないだろ? 結局は自分のため。俺は生まれてこの方そういう奴なんだよ。
違うそうじゃなくて、本当に決められないだけで。
兄のくせに先生も大事っていうのか? そんなんだから我慢できない無能なんだよ。
でも本当にもう限界で。俺、頑張って我慢してたよ。
足りないんだよ。で? 決めれたか?? 優柔不断なダメ兄貴。
……今は……今だけは俺と時間をずっと共にしてた、たった一人しかいない、大切な片割れが……。
じゃあ先生を突き飛ばしてさっさと帰れよ。できるだろ?
できるわけないよ、そんなこと。
嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき。結局先生が大事なんじゃん。
だから先生もあのコもどっちも大切で……。
頭が問いと答えでいっぱいになった。頭がおかしくなりそうだった。
「……またダンマリかァ……」
違う、違う先生違う。ごめんなさい先生。ずっと黙ってて、ごめんなさい。
あ、違う、この先生は夢の中の先生じゃなくて、本物の先生で。
本物の先生だったら迷惑かけなくていいっていうの? 結局は殴られたくないから俺は謝ってるだけなのかな?
違う違う……そうじゃなくて……。
お腹が痛かった。いつも傷が入ってて痛いけれど、そうじゃなくて、お腹の中が痛かった。
あ、無理だこれ。吐く。
「……う、ぅえぇ……っ!」
必死に吐き気を抑え込み、口を手で覆って。なんとか口の中まで上ってきたそれを必死になって飲み込んだ。気持ち悪い。吐きたい。
急いで心配そうに立ち上がった先生とはもう話なんかしたくなくて、鞄を手に取り教室から走り去った。
後ろから俺のことを呼ぶ声が聞こえたけれど、もう構ってなんていられなかった。
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