テラーノベル
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――リディアは人間の国に生まれた。親は国王と王妃であり、正統な血筋だった。しかし彼女には双子の妹がおり、妹が光の力を持つ反面――リディアが持っていたのは、闇の力だった。
「……1年ぶりに見たが、やせ細っているではないか。これで8歳なのだろう? しっかり食べておるのか?」
「いえ、姫様は食欲がずっと無いようで……」
久し振りに部屋にやってきた国王とメイドの話を聞きながら、リディアはどうしていいのか分からなかった。会う機会がそもそも少なく、何かを言ったところで、何かが変わることも無い。さらに言えば、メイドが話していることも嘘であり――ろくな食事も与えられていなかった。
国王はそのまま部屋から出て行き、メイドは溜息をつきながら最低限の仕事を続ける。その間も、彼女の愚痴は止まることがない。
「はぁ……。何で私、こんな姫様に仕えてるんでしょう? 得意なのは、刺繍くらいじゃないですか」
誰も彼もが、国王が溺愛している妹に仕えたかった。光の力を扱う可憐な王女――とても魅力的な存在だ。それに対してリディアは、闇の力を振るう忌々しい王女――そんな存在の元には、ろくな人物が当てられるはずもない。
メイドは舌打ちをして、部屋から出て行った。リディアはひとり取り残され、窓際に置かれた椅子に黙って座る。そんな中、ふと窓から音が聞こえた。リディアの部屋は1階にあり、急いで外を覗くと、そこにはあどけない少年の姿があった。
「……シオン、来てくれたの?」
「はい、リディア様。お元気でしたか?」
薄紫色の短い髪に、赤色の瞳の少年。彼は王城の使用人であり、冷遇されるリディアにとって、唯一の味方でもあった。
「うん……、とっても元気だよ」
ただ、そうは言っても……リディアは痩せこけ、目には涙の跡が残っている。シオンは複雑な感情を抱きながら、リディアに明るく提案した。
「リディア様、庭に出てみませんか? ずっと部屋にいらっしゃるでしょう?」
「でも……そんなことしたら、怒られちゃうから……」
「ここの草は柔らかいですよ。僕はハンカチを持っていますし、汚れたら綺麗にすることもできます!」
必死にアピールするシオンを見て、リディアは嬉しくなった。自分をこんなにも気にしてくれる存在――だからこそ、リディアはシオンの提案に応じた。
庭で楽しく遊ぶふたりは、少しばかり時間を忘れてしまった。しかしメイドが部屋に戻り、リディアが庭に出ていることを知ると、大声でふたりを怒鳴りつけた。
「ちょっと、何をしているんですか!! 勝手に庭に出るなんてッ!!」
リディアとシオンは、ふたりとも子供だ。そんな彼らが、突然大人から怒鳴られれば――身体が硬直するのも無理はない。しかしそれを無視と勘違いしたメイドは、部屋の置物をシオンに投げ付けた。
「――うぐっ!?」
置物はシオンの頭に当たり、彼はその場に崩れ落ちた。赤い血がドクドクと流れ出し、リディアからは血の気が引いていく。
「シオン、大丈夫!? ……すぐにお医者様を呼んできて!!」
リディアにしては、大きな声。メイドは一瞬怯んだが、しばらくすると、窓から包帯をひとつ投げて寄越した。
「使用人にお医者様を呼ぶだなんて、できるわけが無いじゃないですか。ほら、その包帯で何とかしてくださいよ」
リディアは地面を転がる包帯を慌てて拾うが、ひとりではどうしようもない。適当に巻こうと思えば巻けるだろう。しかし、きっと正しく巻くことはできない。今は何より、自分に唯一、優しく接してくれた――シオンをただ、助けたいだけだった。
「――いいから、言うことを聞きなさい!!」
その瞬間、リディアの身体から闇の力が迸った。不定形であるはずの闇は触手のような形を生み出し、メイドの首を絞め上げる。メイドは動けず、ただただ恐怖に怯えるだけだった。
他の使用人が駆けつけると、リディアはメイドを人質のように扱った。このあと、どんな怒りを買っても仕方がない……。今は何より、シオンを助けなくてはいけない――
……しかし、誰も何もしてくれなかった。リディアは結局、メイドをそれ以上痛めつけることはできなかったのだ。シオンが動かなくなるのを見届けてから、その場に力無く崩れる。そこにようやく、国王がやって来た。
「王族たる者が、こんなバカげた騒ぎを起こすとは。お前は離れの塔に幽閉する。すぐに出られると思うな」
「お、お父様――」
「……今後、そう呼ぶことも禁じる。ただ、最後の情けだ。思う存分、その子供に別れを告げるがいい」
国王が去り、使用人たちも去っていく。何人かは残っているが、それはシオンの遺体を処理するためだ。リディアはシオンの亡骸を抱きしめながら、謝罪の言葉を口にする。
「……ごめん、ごめんね、シオン……。わたしが、ちゃんとできていなかったから……。わたしが、何もできなかったから……」
ただ、このままシオンを離したくない。……リディアは気が付いた。自分が持つのは闇の力。闇の力には、死者を扱う技術がある。シオンにそんな扱いはしたくないが、いつか、もしかしたら――
「……わたしの勝手、かもしれないけど……シオンを、未来に連れて行くね。ごめんね……、もしまた会えたら……もっと、もっと大切にするから……」
リディアは闇の力に祈り、そっと……シオンの身体から、消えかけていた魂を抜き取った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――2年ほどが経った頃、リディアはまだ離れの塔に幽閉されていた。最低限の食事は与えられている。暇つぶしにとせがんだ結果、錬金術の学術書だけが与えられていた。内容は難解であり、文字を完全に覚えていないリディアにとっては難しかった。ただ……挿絵や図面が多く、そういった意味ではとっつきやすかった。誰かがリディアを憐れんで、少しだけでも気を利かせてくれたのかもしれない。
そんな中、城の兵士が数人、突然入ってきた。
「……何事ですか?」
「姫様、申し訳ございません。先ほどエレナ神から神託が下りました」
エレナ神とは……人間を守護する女神であり、その運命を共にする存在だ。エルフにはエルフの神が、ドワーフにはドワーフの神がおり、繁栄している種族に対してはそれぞれに神が存在する――というのが、この世界の理だった。
「私に関することですか?」
「はい。姫様を、東の果てに追放するように……と」
「……何故、そんなところに?」
「神託の意味は、私どもには分かりかねます。ただ、国王は――闇の力はこの国を滅ぼす、とお考えのようです」
そう言う兵士の言葉に、他の兵士も少しだけ笑う。既にリディアは形だけの王女であり、権力も影響力も無い存在なのだ。
「――わかりました。女神に忌まれる者など、この国には不要でしょう」
「くくっ。ご理解頂き、感謝いたします」
兵士たちの笑い声を聞きながら、リディアは遠くの空を眺めてから――その塔を後にした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
リディアはひとり、東の果てに追放された。使用人は付けられず、ただ、その場所にあった丸太小屋に置いて行かれた。しかし中に入ってみると、そこには立派な錬金術の工房があり――様々な本や、幾ばくかの食料も用意されていた。
「食べ物も、これだけでは足りないけど……助かるわ。……これもまた、人生……か」
リディアは外に出て、大きく伸びをした。追放されたとはいえ、ここには自由がある。人間の国からすれば東の果てではあるが、この大陸はさらに東へと続き、人間ではない種族がたくさん暮らしているのだという。だからこそ、いざとなれば――
……その瞬間、安寧など許さない。そう警告するように――稲妻が彼女を襲った。天空から撃ち落とされた、白い輝き。リディアは地面に倒れた状態で目を覚ますと、すぐに身体の無事を確認した。身体に怪我はない……ただ、何かがおかしい。目を凝らしてあちこちを見ていると、ふと、足に違和感を覚えた。
「これは……鎖?」
手で触れようとしても触れられず、重さも感じられず、近くの地面から生えるように伸びている。いろいろと試した結果、東の果て――そう呼ばれるこの森の外へは、出て行くことができなかった。出て行こうとすれば、途端に鎖が重くなる。戻ろうとしなければ、どこまでも重くなる。
「エレナは私を、ここに追放した。そして私は、雷に打たれて……縛られた。それはつまり――」
この鎖――封印は、エレナによるものだ。去り際、兵士たちが自分のことを『エレナの忌み子』と呼んでいた。自分は本当に、神から捨てられたのだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その後、リディアは錬金術と死霊術を学びながら暮らしていた。学びの果てにはひとつの目的があり、未だ道半ば……というところでもあった。
「はぁ……城の生活が懐かしいわ。もっとも、絶対に戻りたくはないけど……」
リディアは畑仕事をしながら呟いた。しかし死霊術も徐々に理解が進み、もう少しすれば、畑仕事なら手伝わせることができそうだった。
ふと、彼方の――西の森に違和感を覚えた。それは突然のことであり、こんなことは初めてだった。彼女は珍しく、森の様子を見に行くことにした。
「……あら、人影が? もしかして、誰か来たのかしら」
人間の国から誰かが来た――というのであれば、リディアにとっても興味がある。自分を知る人物が来たのか、まったく知らない人物が来たのか……不安もあるが、期待もあった。期待は……何を期待しているのか、自分でもよく分からなかった。
「た、助けてくれ……!!」
助けを求める男の声が聞こえ、その姿も見えてくる。しかし、男との距離はまだ遠く――森の影から、また別の男が見えてきた。後ろから迫る男は、助けを求めていた男を剣で貫き、絶命させた。
「な、何てことを……! あなたは一体……!?」
ただ、リディアはすぐに気が付いた。剣を持つ男の額には――黒目に紫の瞳の、縦に走った第三の目がある。
「ネブラの瞳……!?」
リディアはその存在を、工房の本棚にあった本で知っていた。何でそんな本があったのか、誰が残したものかは分からないが……ネブラという寄生種が、他の生物に寄生したときに現れるものだった。
剣を持つ人間の――いや、ネブラの男の後ろから、さらに人影が見えてきた。なるほど、人間の国を襲って、そしてここまで来たのか。リディアはそう理解した。理解してから、胸元のペンダントに手を掛けた。
「――……君に、会いたいよ……。その目的を果たすために……ここは、負けられないよね……?」
リディアは死霊術を使い、地面からスケルトンを呼び出した。まだ動きはぎこちないが、それでも今を乗り越えなければいけない。もしも乗り越えることができたら――……誰も来られないように、この一帯には大きな結界を張ろう。
……そうか、自分は今まで希望を抱いていたのか。
もしかしたら、自分の元に誰かが来て、一緒に暮らしてくれるかも、なんて――
……リディアは蔑むように口元を緩ませると、ネブラたちに襲い掛かっていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――時は巡り。大人になったリディアの前では、少年のままのシオンが眠っている。暗い部屋の中、リディアは慈しむように……シオンの手を握った。
「ふふっ、可愛い寝顔ね……」
シオンの手を優しく撫でると、彼は少しだけ寝顔を緩ませた。リディアはそれだけで、幸せな気持ちになってしまう。
この笑顔を守らなくてはいけない。自分はもう、手放すことはしたくない。だから――
「……しばらく大変だけど、一緒にまた……乗り越えようね」
リディアはシオンの額にそっとキスをして、自分の部屋に戻っていった。
コメント
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うわあ……リディアの過去がこんなに辛いものだったなんて。シオンだけが唯一の味方で、あの理不尽な事故で彼を失うシーンは胸が締め付けられました。でも「未来に連れて行く」と魂を預かる決断をしたリディアの強さに感動。今のシオンとの関係が、この過去の選択の上に成り立っていると思うと、二人の絆が一層深く感じられます。孤高の魔女のルーツがよくわかる、とても丁寧なバックストーリーでした。
しめさば
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