テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
406
92
俺たちは、人よりもずっと生きることが下手くそだ。
春なのに、まだうっすら肌寒い日が続く。教室は毎日若くて幼い思想がぶつかり合って、面白くもないのに無理して笑う笑い声や、下品な自慢話、クラスの中心にいるというだけでスターを取ったマリオみたいに、こわいものなしって感じで横柄に進んでくリーダー格の大きな声がごちゃごちゃと響いていた。教室の端で漫画やアニメの話をして小さく盛り上がるヤツらも、教壇や黒板を我が物顔で陣取ってるヤツらも、家に帰ってしまえばただの学生で、それ以上でも以下でもない。もちろんそれには俺も含まれる。けれど俺は教室で、どこにも居場所がないし欲しいとも思わなかった。
俺は放課後になると、階段を上がって屋上へ行く。屋上の扉の鍵が実は壊れていて、立ち入り禁止なのだが入ることが出来るのを知るやつは少ない。というか俺以外にいないと思っていた。
その日は珍しいことに、先客がいたのだ。
「あっ」
無造作な黒髪に、四角い黒縁メガネ。第一ボタンもしっかり止めているくせに、俺と鉢あって慌てたのかポケットからやんちゃにもタバコが落ちてきたのだ。
わたわたと拾うのを見て、ははんこいつ実は吸い慣れてねぇな?と思った。普段はきっと真面目なヤツで、ちょっと羽目を外して悪いオトナの真似事をしようとしたみたいなかわいらしさまでもあった。俺は名前も知らないこの男のことが気になりだしていた。
「…1本くれよ、俺にも」
そいつは目を丸くさせ、タバコを1本取り出し俺に寄越した。
「…これ、誰にも言わないでくれますか」
「んなこと言ってもつまんないだろ。」
眼鏡の奥の目を細めて、ちげぇねぇですね、と笑った。それが、俺とそいつの出会いだった。
「えーと、なんて呼べばいいですか」
うっかりタバコの眼鏡くんと暫し話してたが、互いの名前も知らないことを今更思い出した。
「椎名。普通に椎名林檎の椎名だよ。下の名前は康平(こうへい)。呼びたいように呼べよ」
「椎名さん、聞かないんですか」
「なにがようっかり眼鏡くん」
「…なんでこんなとこでタバコなんか吸ってるんだーとか」
「…聞いて欲しかったのか?」
「…いや全然」
「じゃー逆に聞いてやろっかな。」
「椎名さん、あなた友達いないでしょ」
「初対面のくせに言うじゃねぇか…つか名前なんて言うんだ?」
「俺なんて名乗るほどでもないし、「うっかり眼鏡くん」でいいですよ」
あ、はぐらかした。俺に名前を知られたくないのか。まぁ立ち入り禁止の屋上で出会った得体の知れない人間に普通は名乗らないだろう。ん?普通に名乗った俺はなんなんだ?
「ま、タバコはわりと匂いとか布に付きやすいからせめて制服で吸うのはやめとけよ。バレたらうるさいだろ?親とか」
「親、今家にいません。最近はもうほぼ俺の一人暮らしみたいなもんです」
あー、地雷踏んだ?と思ってたのもつかの間、名前も知らない眼鏡男は気にもしないように俺に言った。
「だから彼女とか居ればエロいことしまくってたんですけどね」
こいつ、案外俺が思っているよりもバカかもしれない。
「椎名さんはかっこいいですよね。タバコも様になってる。俺なんかこう、高校生がまだ無理してる感があるでしょ。背も低いし」
「高校生がまだ、つうか下手すりゃ中学生にも見えるな。どう見てもアウトだろ。よく買えたよ」
「買ってないんですコレ」
「…」
「親が二人とも吸う人だったから」
「あ、そゆことね。万引きでもしたかと思った」
「椎名さん、あなたの場所おじゃましてごめんなさいでした。実は、前から話したいなって思ってたんですよ。やりたくもない部活やってると、屋上で黄昏てる椎名さんが目に入って。妙に気になっちゃって。」
「…かわいいなおまえ」
「え、椎名さんってそういう…」
「は!?いやおまえに言われたかねーよ!ストーキングしてた上に凸って来たのおまえだろうが!」
「人聞き悪いなぁ、俺はただ前から知ってたってだけで実際屋上へ来たのはこれが初めてですし、なんならタバコも今日初めてっ…」
「そういや、おまえなーんでタバコなんか吸ってたんだよ、日々の憂さ晴らしってだけじゃないみたいだな?」
「…な、なんでもいーでしょーよ!!」
眼鏡くんの顔が真っ赤になる。
…嘘だろ。
「…見た目ワルっぽい俺に近づきたくてとか?」
「あーーー!!!!なんにもきこえなーーい!!!」
「るっせぇよ!屋上に居ることバレるだろーが!立ち入り禁止なんだぞここ一応!」
それから、しばらく俺と眼鏡くんはたびたび屋上で他愛もない話をするのが日課になった。
だがそれもそう長くは続かなかった。屋上の鍵が修理されて、入れないようになってしまったからだ。
最後のその日まであいつの名前を知ることは無かった。