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ベランダに出て夜風にあたっていると、電話越しに彼が本当にこれで終わるのかと聞いてきた。
「さあ、それは僕と〝君たち〟次第なんじゃない?」
君は相変わらずだね。周りのことを考えながらも、周りの気持ちを理解していない。
「————はさ、本当に後悔していないの?」
「……」
あの日のことを、自分の決断をなにひとつ後悔していないのだろうか。
「すごく独りよがりな考えだと思わない?」
「後悔なんてしない」
「そう。それなら構わないよ」
もうゲームは始まっているから、どっちにしろ今更止めるつもりなんてないけどね。
間違っていると知りながら、正しいふりを続けている。
全てを知る者からしてみれば、それはなんて滑稽なんだろうね。
「ねぇ、ましろ」
翌朝、教室につくなり伊代が心配そうな表情で声をかけてきた。
「どうしたの?」
「あのさ、言いにくいんだけど……これ」
伊代から差し出されたのは小さな紙だった。
赤い字で殴り書いてあるのは、【シンデレラを降りろ】という言葉。
「なに、これ」
「実は、今朝教室に来たらコレがましろの机の上にあってさ……。ましろ、他になにかされたりしてない?」
「ううん、なにも……」
伊代は眉を寄せ、私の手を握ってきた。
「校内で結構噂になってるんだよ」
「噂?」
「ましろが……卑怯な手つかってシンデレラになったって」
言われることは想像がついていた。私が選ばれること自体、ほとんどの人がなんで?と思うだろう。
だけど、私だってなんで選ばれたのかわからない。
伊代は紙切れを丸めると、ゴミ箱に捨てた。
「なにかされたら、すぐに言いなよ? 私もできる限り守るから」
「伊代、ありがと」
女子から憧れの的の伊代が味方になってくれることは心強い。だけど、できるだけ巻き込みたくない。このくらいの嫌がらせなら耐え切れるし、エスカレートしないことを願うばかりだった。
***
放課後、家庭科室の中に入るとすでに人がいた。椅子を並べて寝そべり、深緑色のカーディガンを枕にして昼寝をしている。
金髪のウルフヘアの男子に見覚えがあった。あれは柏木くんだ。
「……なに」
機嫌の悪そうな低い声。鋭い眼差しが私を捉える。
「こ、こんにちは」
「……あんた、名前なんだっけ?……忘れた」
「水沢ましろ、です」
覚える気がなさそうな様子で欠伸をする柏木くんは、起き上がると眠たげに目を擦る。
「あー……そんな名前だったな」
「そんな名前って、そもそも覚える気すらなかったんじゃ」
「お前さ」
突然腕を掴まれて、私は目を見開く。
「王子役、まだ決めてねぇの?」
「……まだだけど」
力が強くて逃げられそうにない。柏木くんはなにかを考えるように視線を一度下げると、小声で呟くように言った。
「こういうの得意じゃねぇんだけど」
「え?」
「俺を王子役に選んでくれない?」
甘く囁くような低音の声。だけど目が合うと、心がこもっていないのが丸わかりだった。
「ごめんなさい」
「……なんで」
「だって本心でやりたそうには見えないから、選べません」
掴んでいた腕をぱっと手を離される。興味を失ったように柏木くんは「まあいいけど」と言って机に肘をついた。
「あれ。ふたりとも早いねー!……って、なにしてるの?」
潤が向かい合っている私たちを不思議そうに見ている。
「あ、ううん。なんでもない!」
誤魔化すように笑みを浮かべると、すぐに歩くんと武蔵先輩が家庭科室に入ってきた。
「……実里の姿がないな」
武蔵先輩が辺りを見回して呟くと、伏し目がちに潤が微笑む。その笑みはどこか悲しそうだった。
「来ないかもね」
私にはまだ知らないことがたくさんある。
一つは、彼らの関係。
仲が良いわけではなさそうだけれど、お互いのことをよく知っている様子だ。
でも、それを聞くとまた歩くん達は不機嫌になるだろうか。
「ここ、これから使っていいって泉が言ってたよ」
潤はにこやかに言うと、大きな紙袋からティーセットを取り出して机の上に並べていく。
「使うってなににだよ?」
歩くんがティーカップやお菓子を眺めながら、首を捻る。
「んー、交流のためのたまり場?」
「は? 交流って、そんなん必要なのか?」
「だって俺たちましろんとこれから積極的に関わっていかないとでしょ? だったらこういう場所があったほうがいいじゃん?」
潤はさらっと私のあだ名をましろんにしていて驚いた。ちょっとくすぐったいけれど、あだ名を初めてつけてもらえて少し嬉しい。
「……聞いているのか! ましろん!」
突然の大きな声に思わず肩が跳ねる。考え込んでいてなにも聞いていなかった。
「聞いているのか! ましろん!」
「……武蔵先輩、ちょっとボリューム下げてください」
気づいたら武蔵先輩にもましろんって呼ばれている。この人は相変わらずテンションが高い。
「俺の名前は武蔵だ!」
「……知っています」
二度目の自己紹介に苦笑しつつも、武蔵先輩はひとりで趣味はとかについて語り始める。みんな反応していないのにひとりで話し続けている武蔵先輩はマイペースのようだ。
「じゃ、次は俺」
いつのまにか自己紹介タイムになっていたようで、潤が私の前に立って手を差し出してきた。
「もう自己紹介したけど、改めて。潤って呼んでね。学年は同じ二年生。よろしく」
「うん! よろしく」
軽く握手をして、微笑む。潤の雰囲気は柔らかくて親しみやすい。
「日下部歩。俺も二年生。よろしく!」
歩くんは明るい声で言うと無邪気な笑顔を見せた。
「よろしくね、歩くん」
太陽みたいに眩しくて、可愛らしい笑顔。昨日も実里くんや武蔵先輩に困っていたら助けてくれたので、優しい人って印象だ。
背後から大きなため息が聞こえた。振り返ると気怠そうにしている柏木くんの姿。
「柏木和葉」
無愛想に淡々とした口調で言った。きっとこういうのが苦手なのかもしれない。
「柏木くん、よろしくね」
「和葉でいい。あと俺も二年」
そして、ここにいない実里くんは〝せんぱい〟と私を呼んでいて、後輩だったはずだ。
これで全員と向かい合って話をしたけれど、やっぱりすぐには決められない。
みんなが王子役に選んでほしいと言っていた。演劇に参加は強制でどうしても女装が嫌だからという理由ならわかるけれど、だけど実里くんは〝勝負〟と言っていた。
私の知らないなにかが隠されているような気がする。
「あの……聞いてもいい?」
やっぱり事情を知らずにいるのは嫌だ。
「王子をやりたい本当の理由は何? それにこの演劇の人選ってどうやって決まったの?」
みんなの顔色が変わる。先程までの和やかな雰囲気じゃない。
「ましろんが見ているものが全て正しいとは限らないよ」
潤は短く息を吐くと、横目で私を見た。