テラーノベル
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夜、宿の食堂には香ばしい磯の香りと、ご馳走の湯気が立ちこめていた。テーブルいっぱいに並ぶ魚料理や貝、鮮やかな野菜の天ぷらに子どもたちの目が輝く。
席に着こうとしたとき、みことが小さな声で呟いた。
「……すち兄ちゃんと、いるまくんの隣がいい……」
その声は小さかったが、すちといるまにははっきり届いた。
すちは微笑んで「もちろん」と答え、椅子を引いてみことを迎える。
いるまも「しゃーねぇな」と言いつつ、少し誇らしげな顔をして、反対側の椅子を軽く叩いて合図した。
結果、左からすち、みこと、いるま、ひまなつが並んで座り、向かいには父と母、こさめとらんが並ぶ形になった。
母は「ほんと、仲良しでいいわね」と目を細める。
こさめは「こさも隣が良かったー!」と口を尖らせたが、らんに頭を撫でられて落ち着いた。
みことはすちといるまの間にちょこんと座り、落ち着いたように箸を手にした。
その小さな仕草に、父母は胸を撫で下ろし、笑い声とともに食卓は温かい雰囲気に包まれていった。
食事を終えると、大皿に鮮やかなフルーツの盛り合わせが運ばれてきた。瑞々しい香りが広がり、子どもたちは自然と目を輝かせる。
「お、みこと。これ好きだろ」
いるまが真っ赤な苺を指でつまみ、ためらいもなくみことの口へ放り込んだ。
「……」
みことは驚いたように目を瞬かせたが、苺の甘酸っぱさが広がると、ふっと頬を緩める。その小さな変化にいるまは思わず口角を上げた。
食べ終わると、みことはそのままいるまの方へ顔を向け、無言で口を小さく開ける。
「お前……小鳥かよ」
呆れたように笑いながらも、いるまは結局もう一つ苺を取って口へ運んでやる。みことは素直に受け取り、また少しだけ表情を和らげた。
「こさもー!」
隣で真似をするように大きな口を開けるこさめ。
「はいはい」
らんがオレンジを手に取り、こさめの口へと優しく入れてやる。こさめは嬉しそうに「おいしー!」と声をあげ、らんも思わず笑みを浮かべた。
そんな光景を見ていた父母は、穏やかな眼差しで6人を見守っていた。
「なーんか甘やかしすぎじゃね?」
ひまなつが口を尖らせているま達を眺めながら言った。
「じゃあ、ひまちゃんもやってもらえば?」とすちがさらりと返す。
「んじゃあ――すち、あーん」
ひまなつはにやにやしながら口を開けてすちに顔を寄せる。
「……子どもかよ」
苦笑しつつも、すちはフォークに刺したキウイを差し出す。ひまなつはわざとらしく目を細めて、「ん~、おいしっ」と言いながら食べてみせた。
「はい、今度は俺の番」
ひまなつはフルーツの皿からブドウを摘み、すちの口元へ。すちは一瞬ためらったが、周りの視線もあって観念したように口を開ける。
「ん。……甘い」
落ち着いた口調で感想を漏らすすちに、ひまなつは「だろ?」と満足げに笑った。
「なつ兄ちゃんずるーい!」
こさめが声を上げると、すかさずらんが「お前はもう食ったろ」と笑って頭を撫でた。
そのやりとりに母は頬を緩ませ、「ほんとに賑やかね」と。父も腕を組みながら「まあ、こうやって仲良くしてくれるなら何よりだ」と嬉しそうに頷いた。
光景を見ていたみことは、何も言わずにすちの方へ顔を向け、口を小さく開けて待った。
「……ほんと、甘えん坊だな」
すちはくすっと笑いながら、フォークに刺したパイナップルをそっとみことの口へ運ぶ。
「ん……」
みことは幸せそうに頬を緩めると、今度は自分の手で葡萄をふた粒摘み、ひとつをすちに、もうひとつをいるまに差し出した。
「お、俺にもかよ……」
いるまは少し照れたように眉をしかめつつも、結局口を開けて受け入れる。
「……ありがと」
小さく呟く声に、みことは嬉しそうに目を細めた。
その様子をじっと見ていたひまなつが、不意にいるまへ向かってにまにまと笑う。
「なぁいるま、俺には入れてくんねーの?」
「……はぁ? 調子乗んな」
吐き捨てながらも、結局は手元のオレンジをひょいと取ってひまなつの口へ押し込む。
「んぐっ……! ……ぷはっ、うま」
オレンジをもぐもぐしながら笑うひまなつに、いるまは「ほんっとめんどくせーやつ」と頭を軽く小突いた。
その光景に、こさめが「いいなー!らん兄ちゃんもう1回!」と声を上げ、らんが呆れつつもブドウを差し出す。
「お前ら、ほんとガキだな……」と言いながらも、口元は優しく緩んでいた。
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