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椅子に座っている蜷川、弦、洸。最後にお茶を持ってきて、ふと気づいた。……これ、椅子足らんな?
「……椅子」
そうや、2階の物置に小さい脚立があったような気がするな。
とりあえずお茶をテーブルに置いて、脚立を取りに移動しようとした拍子。
「「元宮さん、ここどうぞ」」
二人の声が重なり、同時にこちらを向く。
新はまだ空いている椅子を引いて「どうぞ」とエスコートするように導いてくれている。対して、蜷川は……お前、両手を広げて何してんねん。
「……え?」
「……俺のお膝でよかったら、空いてますけど?」
「アホか、俺のこといくつやと思てんねん!」
思わず吹き出しながら、顔に熱が昇るのがわかった。
ほんま、こいつは。ちょっと気を抜いたら、すぐこうやって俺のことを揶揄ってくるんやから。
赤くなった顔を隠すように「空いてる椅子、新座ってええよ。俺椅子取ってくるわ」と2階へ逃げるように立ち去った。
寝室のベランダに出て、夜の冷たい空気に一息吐く。熱くなった頬を手のひらで冷やしながら、さっきの光景を思い返した。
「くそ……めっちゃ可愛かったなぁ」
あいつと初めて会った時からそうや。
あの屈託のない笑顔と、どこか甘さを含んだ声で「元宮さん!」と名前を呼ばれるだけで、俺の心は簡単に動揺してしまう。
後輩として、可愛がっているつもりやし、あいつも懐いてくれてるだけ。それは分かってる。分かってるんやけど……たまに今日みたいに、あいつの思わせぶりな冗談に自分でも情けなくなるくらい振り回されてしまう。
下からは、相変わらず賑やかな笑い声が聞こえてくる。
「……俺は、お父さんなんやから。恋なんかしてる場合じゃない」
自分の不甲斐なさを振り払うように一回大きく深呼吸をして、俺は物置から脚立を引き出した。
今はただの頼りない先輩でいい。
子供たちのこの笑い声を、壊さないように守っていくだけや。
♢♢♢
「元宮さん、今日もご馳走様でした」
「新、今日もありがとうな。蜷川おるし、家の近くまで送ってくわ」
「……本当ですか? じゃあ、お言葉に甘えて」
「……おう」
予想外の返事に、少し戸惑いながら玄関のドアを閉めた。いつもの新なら、「いいですよ、お子さんたちとお家でゆっくりしてください」なんて、子供優先の遠慮をしそうなものやのに。いや勿論社交辞令でもなかったけど。
夜の静かな道を、二人でゆっくりと歩き出す。
「……あ、蜷川と仲良くやれてるみたいで、良かったわ」
「……ふふっ、元宮さん、すっかり蜷川さんの保護者ですね?」
新は後ろで手を組みながら、少し首を傾けて俺を覗き込んできた。
「でも、あいつやり手やからな。今日同僚とも話しててんけど、近いうちにあいつの部下になる日も遠くないなって」
「確かに。今日の様子を見ていたら、そう思いました」
「あれ? 俺のこと見下してる?」
「そんなことないですよぉ」
珍しく少し甘えたような声で返してくる。新ともだいぶ打ち解けてきたみたいで、それが素直に嬉しかった。
「あ、そうや。実は営業に異動することに決まって。今の部署より仕事早めに上がれるから、今みたいに迷惑かけることは少なくなると思う」
「……そうですか。良かったです。弦くんや洸くんと一緒にいれる時間が増えますね」
「うん。でも、今は新や蜷川がいてくれるから、俺がおらんでも全然寂しくなさそうやけどな」
冗談まじりにそう言うと、新の足がふっと止まった。
「……そんなことないですよ? 二人もそうですけど……俺は、元宮さんに会えない時間は寂しいです」
あ、また新、「俺」って言うたな。
それって、先生じゃない、新自身の言葉が出てきてしまったってことか? 俺に会えないのが寂しいって……それって……。
「あ、もうそろそろマンション着くので、ここまでで大丈夫です。お家で三兄弟が寂しがってると思うので、急いで帰ってあげてください」
「あ、うん。……おやすみ」
「はい、おやすみなさい。また……今度」
「うん、また、今度」
両手で可愛く手を振る新に、俺もぎこちなく手を振り返して、逃げるように家へ急いだ。
あんな顔で、あんな言葉を伝えられて。
俺は次、どんな顔して新と会えばいいんやろう。
「いや違う。意識してんのは俺や」
独り身になった寂しさから、俺が都合のええように解釈してるだけ。よく考えろ。子持ちで、将来の不安も抱えたこんなややこしいおっさんに、あんなキラキラした若者が恋なんてするわけないやろ。
「あほくさ、はよ帰ろ」
ほんで、帰って速攻弦と洸にぎゅうってハグしてもらおう。今はそれが一番の俺の幸せや。
るる太📱⚡🐼
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