コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
――なんて風の吹く日だ。地面が湿気ている。酷い雨の予感だ。おい。花火は取り止めだからと、草原から引き潮のごとく群れが捌けていらっしゃる。暇な人だ。やあ、暫し止まってくれないか。おまえは新月の出る空こそ美しいことを知らないんだろう。おまえは真の闇を拝んだことがないんだろう。奇麗だなどと伽藍洞の心で宣うな。おまえたちが尊んでいる岩石なんか、所詮太陽様の鏡じゃないか。概念の名を覚えただけの新参者が狂っているんだ。簡単に愛を謳うな。感嘆と恋を詠うな。おとぎ話を求め続け、光だけ浴びやがる虚構主義者め。夏は鈍器だ。冬は鋭利だ。喩えをわからないからと睨むなよ。俺だって包丁を持てるのだから、構えるのはよせ。俺はなあ、おまえたちに怒っているんだ。憤りが湧き止まず困ってしまうくらいだ。熱に囚われ無力感に苛まれている最中に、あっ! 降り出してしまったじゃあないか。非常にまずいぞ。呆れた連中だ。わからないのか。全て神のお導きなのだ。天国で宴が行われているのさ。盃に酒を煽り、慈愛と侮蔑を放ちながら俺たちをみていることだろう。……なんだ。驚くほど静かだな。皆、俺の事が気になるのか。ならば物語ってやろう。
俺の婚約者は逃げた。逢引だよ。一昨日、倉庫爆発の騒ぎに紛れ、慕う男と共に消えていった。健やかに生き延びるだろうなあ。俺が好きな類の女でなかったから。咎めるな。何かと虐めてくるやつだったんだ。同級の友人と寄ってたかって俺を揶揄した。だが、正直、性悪者はうまくいかないのが常だ。俺が完璧に善というわけではないが、欲に塗れたおまえたちよりましではないか。言葉の綾だよ。
俺は火事の犯人を知っている。公にするつもりはない。俺の仲間だ。恩師だ。唯の友だ。世の為に、また俺の演説のために、協力してくださったのだ。おまえたちは、家が燃え、蓄えも失い、さぞ怒り悲しみに暮れたことだろう。だが、何より怖ろしいのが人だということを、俺は伝えたい。自らの惨さを省みろ。第四次戦争も暫く続いている。絶望の果てに巡り来るのは何だ。無だ。白く朽ちてゆく。
人は恐い。いつだって正常な子は寝たふりをする。いつまでも自然を享受しない。華やかさの皮だけ数グラム剥いで、怯えている。散る勇気がないんだ、弾けるものに惹かれるわけだ。世間には無駄なものばかり溢れている。おまえが身に着けているアクセサリイだの、おまえが残している武器のプラモデルだの、全く意味などない。輝かしい富に喜ぶとは随分と落ちぶれたものだ。本当の信仰なんてあったもんじゃない。憤るなら聖書を捲れ。訓えに従い慎ましく在れ。俺は嘆いているんだ。ひとはひとでなくなった。人間は本来の美しさを忘れてしまった。おまえの傍に、鳥の骸が落ちてきたな。本格的に終わり始めている。わかるだろう。皆の衆、そら、空を仰げ。森が震えている。海が轟いている。今に、天地の境が溶けるはずだ。全てが交わり、恥のなかった楽園時代へ巻き戻る。神は地球を捨てる。人類は滅亡する。黒に染め、全てを造り替えてくださるおつもりだ。円縁眼鏡のおまえ、死ぬのが怖いか。よし。逝っちまえ。生を望む恐ろしさから楽になれるだろうから。陳腐さを惜しんで苦しめ。崩れろ。壊れろ。ほら、祈れ。無神教者よ、│冀《こいねが》え。
……まさか、俺を初めに選ぶとは。育ちの良い賢い花から摘み取られるのは誠なのだ。アゝ、あなた様はやはり理解っている。俺は、本当に幸せ者だ。」
渦を巻く雲の中から、暗く虚ろな穴が現れる。
光を遺さず掻き集めたような雷が射し、ただ一人敬虔な信者の体を貫いた。
嵐が止み、静けさが辺りを包み込む。