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#ローファンタジー
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29-1◆スパイの収穫、そして変わる視線◆
俺の新しいゲームが始まった。その日から三日間。
俺は全ての授業で同じ行動を繰り返した。 教師が中間試験の話を切り出したその瞬間。
俺は静かに手を挙げる。
そしてクラス中の視線が、集まる中でただ一つの質問をするのだ。
「先生。試験範囲を教えていただけますか?」
その俺の行動に、最初に教室がざわついたのは、国語の授業だった。
今まで、空気のように存在していた俺が自ら発言した。
ただそれだけのことでクラスメイトたちは囁き合う。
「おい、マジかよ、音無が質問とか」
「あいつ、轟木一派とつるんでからキャラ変しすぎだろ」
彼らの視線には、もはや以前のような侮蔑の色はない。
そこにあるのは、得体の知れない存在への畏怖と好奇心だけだ。
俺はその全ての視線を無視し、国語の鈴木が答えるその瞬間 【思考残響観測】を起動する。
脳に鋭い痛みが走る。
そして俺の眼に映る。
【思考残響:夏目漱石『こころ』、登場人物の、心情変化について】
【『徒然草』(兼好法師)からの章段】 【 品詞分解・文法問題】
数学の田中が答える。
「問題集のP30からP80だ。計算ミスには気をつけろよ」 俺は再び能力を使う。
【思考残響:問3、三角関数、図形応用問題】
【- 数列(初項・公差・漸化式)】
【- 指数・対数関数】
歴史の佐藤が答える。
「範囲は明治維新。特に重要人物は覚えておけ」 俺は三度目の能力を使う。
【思考残響:大久保利通、その、功罪について】
英語の野口が答える。 「範囲は教科書P55からP96だ」 俺は四度目の能力を使う。
【- 仮定法・関係詞・分詞構文・比較構文】
【- - 同義語・イディオム選択/語彙力問題】
その繰り返し。 一日に数度の能力行使。
その代償として、俺の頭は、常に鈍い痛みに支配されていた。
だがその痛みと引き換えに、俺の手元には情報が集まっていく。
俺の脳内ノートには、生徒の誰もが得られない貴重な出題範囲が書き込まれていく。
そして三日後の放課後。
自宅で、俺はその脳内ノートをパソコンのデータに完全に落とし込んだ。
それは、もはやただのデータではない。 全ての教師の脳内から盗み出した試験問題そのもの。
限りなく100%に近い出題率の「中間試験予想問題集」だ。
俺の脳内にミラーの声が響く。
ミラー:「集まったようだな。全ての教師の頭の中身が」
奏:「ああ。完璧なデータだ」
ミラー:「で?この神の予想問題集をどう使う?まさか自分の成績を上げるためだけじゃないんだろうな?」
奏:「自分のためにも使えるな」
その問いに俺は答えなかった。 ただ目の前の設計図を、眺めながら冷たく笑みを浮かべる。
29-2◆元エースの傷痕、そして悪魔の共感◆
翌朝の教室。一限目の授業が始まって数10分後。
教室の後方のドアが勢いよく開く。
柴田隼人がやってきた。完全に遅刻だ。
「すみません、先生!昨日、海外ドラマ、観すぎて、身体がまだロサンゼルス時間です!」
彼のその堂々とした遅刻の言い訳に、クラスからくすくすと笑いが起きる。
すかさず、隣の席の斎藤律が冷静にツッコミを入れた。
「お前は、どこに住んどんねん」
その一言で、教室は爆笑に包まれた。
柴田隼人。このクラスのムードメーカー。
Elysionの大幹部。太陽王の側近で親友。
そしてこいつが俺の次のターゲットだ。
俺の脳内にミラーの声が響く。
ミラー:「最初の標的は、あのムードメーカーか。いい選択だ。彼の弱点は分かりやすい」
その日の放課後。
俺はサッカー部のグラウンドへと向かった。
フェンスの外から練習を眺めている男がいる。
柴田隼人だ。
自分がいるべきだったその場所を、彼はどんな思いで見ているのか。
俺は静かに彼にカーストスカウターの焦点を合わせた。
機能C:思考残響観測メモリー・リーディングを起動する。
俺の脳内に、彼の記憶の断片が流れ込んできた。
中学時代のエースだった頃の輝かしいゴールシーン。
そして高校入学後、素行不良で、監督と衝突し「もうお前は来なくていい」と告げられた日の雨の風景。
【感情:栄光(過去)、そして深い後悔(現在)】
(なるほどな。これがお前の本質か)
俺は情報を得ると、静かに彼に近づき声をかけた。
「やっぱり好きなんだな。サッカー」
俺のその唐突な一言に柴田は驚いて振り返る。
「音無?お前がなんでここに」
その声には以前のような侮蔑はない。
轟木一派に呼び出され、無傷で帰ってきた俺に対する畏怖と好奇心。
それが彼の態度を、明らかに変化させていた。
「別に。ただの散歩だ。お前こそ、何してるんだ?もう部外者だろ」
俺のそのストレートな言葉に柴田は一瞬、顔を歪める。
そして自嘲気味に笑った。
「うるせえよ。関係ねえ。分かってるよ、そんなこと」
俺は続ける。
「お前ほどの才能があれば、今頃、ピッチの中心にいたはずだ。悔しいだろ」
「だから、関係ねえって言ってんだろ!」
柴田が、声を荒らげる。
だがその瞳には、明確な痛みの色が浮かんでいた。
彼は必死に話題を変えようとする。
「いや。やっぱ、お前、すげえよ、音無」
「俺なら、あんなことできねえ。教師とか亜里沙とか、
全員、敵に回して。マジで尊敬するぜ。轟木さんとのこともよくわからねえが、驚いたし」
その言葉に、嘘はなかった。
彼のスカウターには【本心からの尊敬】というタグが浮かんでいる。
俺はその言葉を、静かに受け流す。
「お前の方がすごいだろ。お前がいるだけで、クラスの空気が明るくなる。それは誰にも真似できない才能だ」
俺のその言葉に、柴田は一瞬、虚を突かれたように目を見開いた。
そして照れくさそうに頭を掻く。
その時、彼のその明るい仮面の裏に、隠された本当の「悩み」が顔を出した。
彼はついに自らの弱点を俺の前に晒した。
「それより問題は中間試験なんだよ!サッカーとか漫才どころじゃねえんだよ!」
その言葉に、柴田はハッとしたように顔を上げた。
そして堰を切ったように話し始めた。
「亜里沙に言われたんだよ。Elysionは学力でも、トップじゃなきゃダメだって。次の試験で赤点取ったらどうなるか、分かってるんだろうなって」
彼は悔しそうに地面を蹴った。
俺は待ってました、とばかりに口を開く。
その声には、最大限の同情とそして彼への「理解」を込めて。
「馬鹿げてるな」
「は?」
「お前は、芸人になるんだろ?未来のお笑いスターに赤点の一つや、二つ何の関係がある。久条さんは何も分かっていない」
俺のその言葉に、柴田は再び目を見開いた。
彼は初めて、自分の夢を肯定されたのだ。
俺は彼に数10枚のレポート用紙を差し出す。
「なら、これ使うか?俺が趣味で作った、ただのヤマ勘の予想問題集だが」
「お前が勉強なんかに、無駄な時間を使っているのを見るのは、俺も気分が悪い」
柴田は呆然とそれを受け取った。
「音無。お前」
「もしこの予想問題集が役に立てば、俺も嬉しいよ」
「なんで?」
「未来のお笑いスターに、貸しを作っときたくてな」
「まあ。ただの気まぐれだ。じゃあな」
俺はそれだけを言うと、彼に背を向け立ち去った。