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ピンポーン
24時。決まってチャイムの音が鳴る。
犯人が誰かは分かっていた。しかし、何が目的なのかは知らない。
レンズを覗くと、高校生か大学生ぐらいの男が1人立っている。
男からは僕の姿が見えないはずなのに、目が会った気がした。
こんな時間じゃなかったら、僕は躊躇いなくドアを開けていただろう。
だが、24時に来るだけでなく、片手にはいつも何かを持っている。
昨日は、銀色に光るナイフを持っていた。今日はロープのようなものを持っている。
「別に何もしないから、開けてよ」
男はレンズに向かって笑みを零す。
関わってはいけないと、幼いながらも僕は男の危険さを感じ取っていた。
「……」
僕が警察を呼ぶと言っても、男は動じない。
実際、僕は誰にも助けを求める事は出来なかった。
これ以上、母に心配を掛けたくなかったからだ。
この男は、こうやって毎晩やって来るだけで周りの誰かに害を出す訳ではない。
なら、簡単な事だ。僕が我慢すればいい。
そのせいで寝不足になることが多かったが、僕はできるだけそれを隠すようにしていた。
家に帰りたくない。
気づけばそう思うようになっていた。
だから、受け入れくれたハルの家に僕は入り浸るようになった。
「確かゆきはハルって呼んでたっけ?俺の邪魔をしてくれた分、苦しんでもらおうと思ったんだ」
閑な部屋の中、結月はあの頃と同じ笑みを浮べ頬ずえをついていた。
「だからって……!」
あんな事していいはずが無い。
僕はシロの事も忘れ、立ち上がった。
「まだ分かんない?全部、ゆきのせいだよ」
結月が、まっすぐに僕の瞳を捉えた。
「は、」
僕の、せい?
「確かに俺はハルの家に火をつけた。別に殺意があった訳でもない。死のうが生きようが俺には関係ないし」
「じゃあ、何で」
「ゆきが変わったから」
結月は間髪入れずにそう言った。
僕が変わったから何だと言うのだ。そんなのが、人を殺していい理由になるはずがない。
「君は、誰かに助けを求めていたら、とかは思わないの?」
僕はその言葉にハッとした。もし、結月の事を警察に突き出していたら。もし、僕がハルの家に入り浸ったりしなければ。
「俺とゆきは共犯だ」
そう言った結月は僕に笑いかけた。
違う。違う。そう思っても、結月の真っ黒な瞳が僕を覆っていく。
何も言い返せず、僕は黙って唇を噛んだ。
結月は、人の命を何とも思っていない最低な人間だ。人を殺しても、心が痛まないのだろうか。本当にそういう人がいるのだろうか。
「…なんで、なんで僕を殺さなかったの」
「そんなの忘れた」
何の感情も含まれていない声。それは結月の本心だろう。
「それなら、僕が死ぬと言ったどうする?」
僕がそう言うと、結月は眉間に皺を寄せた。考えた事が無かったのだろう。
「……分からない」
初めて、結月が揺らいだ気がした。
「…でも、君が死んだらつまらなくなるだろうな。……なあゆき、俺のとこまで落ちて来ない?」
落ちる、それは全てを捨てるという事だろう。
全てを捨てれば楽になると、考えた事は何度もあった。…だけど。
……やっと分かった。結月が抱えているものは、絶望だ。何がそうさせたのはかは分からない。
それでも、僕は結月を恨まなければいけない。
気づけば、僕は家の前に着いていた。
辺りは暗くなっており、街灯の明かりだけが頼りだった。
「じゃあ。…その前に」
結月の手が僕の肩に触れる。その近さに、僕はとっさに目を瞑った。
「いっ、た…」
突然、首に痛みが走ったと思うと、結月の体がサッと僕から離れた。
「首輪」
そう言った結月は僕に手を振ると、暗闇に溶け込むように居なくなった。
……噛まれた。
僕は1人、呆然と立ち尽くしていた。
家の中に入るなり、僕はその場に経たり混んだ。
目頭が熱くなり、視界がぼやけていく。
「ゆき?」
母さん。父さんもいる。2人は心配そうに僕を見ていた。
「……っごめん、なさい」
僕は2人の手を振り払い、逃げるように自室へ向かった。ドアを閉め、鍵をかける。
心臓が早鐘のようになっていた。
「っ……」
何が悲しいのか。悲しいんじゃない。許せないんだ。結月を恨むことすら出来ない僕が。
(「俺とゆきは共犯者だ」)結月の言葉が蘇る。この言葉は、一生僕の首を絞めるだろう。
部屋の隅に目をやると、1枚の写真が目についた。僕と京介とハルとの3人で撮った写真だ。
僕はそっとその写真を手に取った。
あの事を京介が知ったらどう思うかな。
そんな事を考えながら、僕は2人の間で楽しそうに笑う僕を破り捨てた。
もうあの頃には戻れない。
破り捨てた写真には水滴の跡がついた。