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昨日、課長に抱かれました

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昨日、課長に抱かれました

1 - 【本編・ちょっと鈍感な彼女SIDE】朝、目が覚めたら知らない部屋のベッドのうえでした

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2024年10月31日

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時刻は現在十八時三分。うちの課は、決して残業をしない部署ではないが、みな、金曜だけは定時で帰る。妙齢の派遣さん三人は三人だけで飲みに行った。以外の先輩五名は元々仲がよく、毎週金曜は必ず飲みに行ってるくらいだ。

桐島ちゃんも終わったらたまにはおいでと中野さんに声をかけられたものの。


彼女は、五人の中では紅一点だが、毎度二次会で始まる(らしい)猥談についていけるのがすごい。


ちなみに既婚者。


なお、わたしは新歓のときにツブされた黒歴史があるので、以来あまりお誘いに乗らないようにしている……。


わたしの所属する経営企画課は通称なんでも屋。総務が別フロアにあって皆そこまで行くのがめんどくさいというのか遠くの親戚より近くの他人とでもいうべきか。かんけーない部署の来客応対やお茶出しに始まり電話対応、パソコンに疎い営業のおじさんのヘルプデスク的サポート。出張費の入力。フロア全体のコピー用紙補充に果てにはシュレッダーのごみ捨てなどなど。フロア全体の雑務がごみの日の朝みたいにどんどん経営企画課(なんでもや)に集積していく。


というかわたしに。


今日は、営業の道中さんに来週頭に提出の見積書の作成を依頼された。しかも金曜の定時十分前に。え、そんなの営業事務の仕事じゃんという不満の声が喉元から出かかったが彼の営業事務である日野さんは現在ハネムーン中。……羨ましい。


わたしなんて資料作成がなくってもどのみちひとり帰ってもひとり咳をしても一人。


さびしいさびしい週末を過ごすのみです。


よし。ペシミスティックモードオフ!


ぺちん、と両のほっぺを叩いてわたしは仕事に集中した。



あまりに集中しすぎて、三田(みた)課長が戻ってきた姿が黒い蜃気楼に見えちゃったくらいだ。


「課長、どしたんすか、忘れものですか」


「まーそんなとこ」と課長。彼は自分のデスクに向かうと、がちゃがちゃと音を立ててなにか開け閉めしだした。仕事ぶりがパーペキな課長だけれど、意外に抜けてるとこあんだな。


手を止めてふうと息を吐く。


実を言うと、わたしは、課長が苦手だ。取り付く島がないっていうか、とっつきにくいっていうか……。


彼が、わたしの同期ではなく中途入社でたぶん年上のアラサーってせいもあるけど、飲み会には必要最低限。季節ごとの飲み会と歓送迎会だけ出席。


中途だろうが新卒入社だろうがその若さで異例といえる課長職への抜擢。当然やっかみや妬みの標的となったろうがわたしは男ではないのでその辺の心境は分からない。まあ課長職ということもあって、意識して周囲と壁を作ってる空気はひしひしと伝わる。うえに立つ人間って威厳が必要なんだろうし。思えばこの課長が笑っているのをほとんど見たことがない。


長身なだけあってサイボーグっぽい印象。眼鏡かけてるのがまたインテリぽくて鼻につくんだよね。社内の腐眼鏡女子からの視線はアツいみたいだけど。


課長はとっとと用事を済ませると部屋を出てくだろうと思いわたしはディスプレイから目を離さずにいたのだが、


「あと何分で終わる」


どうやらこの課長はわたしに話しかけている。


「十五分ですかね。このマクロ流し終わってチェックだけ終わったらさっさと帰ります」


視線をマクロから譲らずわたしが答える。と、


「分かった」ぼす、とバッグを椅子に置く音がする。「桐島さん。それ終わったら寿司食いに行こう」


それを聞いてわたしの頭はフリーズした。


寿司? え? わたしと課長が? なんで? 藪から棒に。


「……わたしと課長、サシ飲みなんかする間柄でしたっけ……」動揺を押し隠し、そっけない感じでわたしが答えると、課長は、


「カウンターの寿司屋。超うめえぞ」


ごきゅりと喉が鳴る。


カウンターの寿司屋なんて人生一度たりとも連れてかれたことない……。


アイムソーハングリー。アンドベリータイアード。帰ってもひとり自炊。てか閉店間近たたき売りのスーパーの弁当。それよりか……


寿司が、食べたい……。


ごく、と生唾を飲み込んだ。


「おれのおごりだ。言っておくが恩に着せるつもりはない。ひとりじゃ入りにきーからついでに連れてくだけだ」


最後の台詞が、決定打だった。



「頑張ったご褒美だ。好きなもんを好きなだけ食え」


* * *



「……まじで、いいんですか」


入ってすぐにカウンターの店なんてラーメン屋以外で初めて。


カウンター内にずらっと板さんが並んでる。一人はにこにことこちらの注文を待っている。きびきびと握ってる職人さんもおり……


スライド式の戸が開くたびへいらっしゃい!


カウンターの後ろに札がいっぱいかかってるけど値段書いてない……。


いったい客単いくらなんだ。


超高そう。


「おれが食いたいからおまえを付き合わせてるだけだ。おれの手取りをいくらだと思ってる。だから気にすんな」


「はい……」殊勝に頷くものの。


なんか課長、外だと言葉遣い結構悪いな。また新たな一面を垣間見た気がする。


「なにから食う?」とお手拭きで手を拭き拭きしながら課長。


わたしもそれに習いつつ、


「……白身から頼むのがセオリーでしたっけ。トロからとかナシですよね」


「構わん」白い歯を見せて課長が笑う。笑うんだ課長。不覚にも胸にきゅんと来た。「自分が食いたいもんから食え。それとも、おまかせにするか? 好みをある程度伝えれば先方が勝手に決めてくれるが……」


「あ、そうしようかな……」課長の口調につられわたしのそれも砕けた感じになる。アリだろうかこれ。「トロとウニとマグロが好きなんですけど。あと……日本酒も……」


「ははは。最初からポン酒行くか。トロとマグロって被ってんぞ」


「……えっとそのポン酒は組み合わせの妙ってやつで……マグロが好きすぎるんです」


「りょーかいりょーかい。おーいシゲさん。いまの聞いてた? このお嬢さんに、赤身とトロ中心でなんか頼む。おれも適当に合わせてくれ、あと、お任せの、冷酒も」


「か、っしこまりましたアアアッ」威勢のいい声が返ってきて、びくっとわたしの肩が揺れる。


隣の課長をちらと見る。お手拭きを丁寧に折りたたんでいる。


慣れてんな。


わたしなんか座ってるだけで場違い感満載でびくびくしてんのに。行きつけの店ってやつか。課長は確か独身、てか指輪はしていない。課長職にもなると、こういう高そうな店に、ひとりでも来れたりするのかな……


「ん。どうした」


まともに見つめられ、思わず視線を外してわたしは答える。「やー課長、なんか今日いろいろとくるくるミラクルです……」


「どーゆー意味?」


「えっと課長とわたしあんま喋ったことないじゃないですか」


「仕事んとき喋ってるじゃないか」


「なんか課長キャラ違いすぎてぶっちゃけどう接していいか困ってるんです……」


「外じゃおれいつもこんな感じよ? つかあのキャラ、疲れっし」


キャラなのかよ!?


……と叫んで突っ込みたかったが自重した。「いろいろ大変なんすね、課長職ともなると」


「まーほかのやつらと同じよーにわいわいやれねーのは辛いな。仕方ねーけど。……桐島こそなんかキャラちげーぞ。猫被ってるだろおまえ」


「……猫ってか、一度酔いつぶれて限界を見てそれ以降限界値以下で動くよう心がけてんです……」


てか課長なんでわたしを呼び捨て。


まあいいや、と思ってたら、顔を覗き込まれる。


近くで見ると整っていて本当に心臓に悪い。「酒、つええの、桐島?」


わたしは下を向いて頭を振り、


「話聞いてました? 得意ではないです、でも嫌いになれないんです」


「恋みたいだな。……まー帰りのタクシー代出してやんから気にすんな。とにかく飲め」


気になる台詞を吐かれたものの。


ここで、カウンターにグラスが二つ置かれ――シャンパングラスみたいな縦に長いやつ、それにクラッシュされた氷が入ってる、そこに。


「えっ」


なみなみと日本酒が注がれる。て、えええ!? 日本酒に氷!?


びっくりしてわたしが課長を見ると、「これがうめえんだよなあ」と満足気につぶやく。


飲んだことあるんだ。


そりゃそうね、わたし初めてでめっちゃびっくりしてます。


いったいどんな味がするんだろ。


「わ! うまっ!」


くくく、と課長が喉の奥で笑う。度数が強いゆえ飲んだあと喉がかっと熱くなる。課長。飲んでもないのにけらけら笑ってる。なにがそんなに可笑しいのだろう。空気だけで酔うってありうるのだろうか……エアーアルコホール。


「課長。飲まないんですか」と流し目をよこせば、


「ああ、わりーわりー。……なんかおまえ見てっと動物園に連れてかれたチンパンジーみてえで……」


軽い衝撃とともにお酒を口に含む。


べっつに自分の顔が浜田雅功に似ているとは思わないが……。


「お、こるなよ……」睨みきかせてるはずなのにお腹押さえてヒーヒー言ってる。いい加減にして欲しい。年頃の女性に猿はないでしょう課長。


「挙動不審なのがおもしろかっただけだって……」ようやく笑いを止め、一口。「あー、うめー……」しみじみと息を吐く。


すかさずわたしは突っ込んだ。「おっさんみたいですよ課長」


「……ぐさっとくんなあそれ。復讐のつもり?」苦笑いしつつまた一口。なんかこう、とっつきにくいはずの課長とずいぶんと喋れてるような、そしてそれが結構心地いいような……


ああやだ。勘違いしそう。


チンパンジー扱いされてる女が女扱いされるなんてありえないから。


勘違いを振り払うように、ぐ、と飲み干す。


「おお。結構行くねえ桐島ちゃん」


「もう一杯、いいですか」


「どーぞどーぞ」課長は頬杖をついて視線をわたしにくれる。ふんと鼻を鳴らし、「おれ、金と美貌と人望だけは持ってんから」


「……人が全部欲しいものじゃないですかそれ、しかも人望ありませんよ課長、ついでに人徳も」


「きっついねー」酷いことを言われても笑顔で応じる課長。その表情も、職場では見たことのない種のもので、破壊力抜群。


集中して仕事しているときは気づかなかったけど、課長って顔がすごく綺麗なんだ……。


異性と、互いの肘がくっつきそうな近さで二人きりで食事する経験なんて勿論わたしは初めてで。しかも、こんないいお店で。わたしが心臓をあたふたさせている一方で、板さんたちは職務をきちんとこなす。ここでお刺身が出された。課長がつまんだのを目で確認してからわたしは頂く。


「うっま!」なんて魚だろうこの白身魚。でもどうせ聞いても明日には忘れている。


「……だって」ほらよく聞こえない。


というか、わたし、酔ってる……?


やばいやばい。新歓の二の舞だけは勘弁だ。しかも課長と二人きりでって課長に超迷惑がかかる。


ふかーく、深呼吸を開始。


「……ん? どったの桐島ちゃん」


「酸素補給です」肺をたっぷり膨らませ、意識して長く吐く。ふー。「……相当、血中アルコール濃度があがってきました」


「お茶か水頼む?」


「欲しいです……」するとすぐに板さんがお冷やをくれた。


おいしいお水で、喉が、潤う……。


冷たいグラスを熱い頬に当てる。あー、気持ちいい……。


課長と目が合った。がなんだろ。


今度は課長からふいっと逸らされる。

「……桐島って埼玉の出身だっけ」と、課長が新しい話題を提供する。


お刺身をつまむ彼の手が妙に白く見える。


その手がゆらゆらかげろうのように揺れ……


「……です」自分のレスポンス能力が低下しているのを自覚し、お水をもう一口含む。「……わたし、一人っ子でえ、一人娘でえ、親元でぬっくぬく育ったんです、だからぁ、……大学卒業して一人暮らし始めたんです」


「桐島結構キてんなおまえ。とにかく水飲め」


「はぁい。……で。どこまで話しましたっけわたし。えっへへ……。えーと親元離れてみると結構寂しいなぁって……それで、なんか仕事に打ち込むしかないっつうか、でも会社でそんな大したことしてないっつうか、なんなんだろこの崩壊アイデンティティってゆうか、ただいま絶賛モラトリアム期間中なんですぅ……」


「酔っぱらいになに言っても馬の耳に念仏だろうけど働いてんだからモラトリアム違うぞ。それと、自分の仕事を大したこと無いなんて言うな。きみは、よくやってくれている」


「えー? ……ちょ、褒めてもなんもでませんよぉ課長」


「べつにきみに見返りなんか求めちゃない。……きみの仕事は実に的確でスピーディで、繊細だ。段取りがいいうえに漏れがない。しかもいつもにこやかで絶対に断らないと来たもんだ。だからみんながきみに頼む。……自分が会社で重宝されていることを、知らないのか」


「あっはは! 変なの! かっちょおがわたし褒めてる!」


「……まったくやれやれだぜ。他部署からきみを引き抜きたいと持ちかけられても、断固としておれが断っている。まあここだけの話だがな。その理由は――


ちょっとここじゃ、言えないな……」


* * *



起きろ。起きろって……


「起きてますって。あー喉乾いた」



おれおまえのマンション知らないんだけど。どこだっけ。


「さあ? どこでしょー」



これ服着ろ。服、服……!


「だいじょーぶですこの程度じゃー風邪引いたりしません」


あーうるさいなお母さん。


起こさないでくれるかなーもー……。



「あー……」



猛烈な喉の乾きとともに目を覚ます。


水。……水が欲しい……。


驚いたことにベッドサイドテーブルにお水が置いてあった。うはっ美味しい。



――ベッドサイドテーブル?



そんなもん、うちのマンションに無い。



寝そべったまま水を飲んでいたわたしは、そのグラスを慌ててテーブルに戻し、自分の姿を確かめる。



確かめた瞬間、ほんとに叫びそうになった。



けどガチのまじで驚くと人間急に声なんて出せないもんだと悟った。



わたしは昨日着ていた服ではなく。



ぶっかぶかの見るからに男物のTシャツ。



ホームステイ先で散々見させられたアメリカのテレビキャラクター、ホーマー・シンプソンがTシャツの中心で、笑っていた。



昨日、課長に抱かれました

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