「そういえば、チタニーはあの時どうして泣いたのかな?」
私はチタニーに尋ねた。
ドルリアンと話した時の彼女の泣き顔が、未だ脳裏に焼き付いていた。
涙は心を洗った証とも呼ばれるが、まさかそういう意味で泣いたようには見えなかった。
「なに、チタニー泣かされたの?リエンに?」
「ううん、私は勝手に泣いちゃったの」
「どうして?」
彼女は小さな拳を足に乗せていた。何か我慢しているような様子だった。
「辛いことでもあったのかな」
「そうだ、ドルリアン来ないわね。それと関係していたりする?」
「え、ドルと?」
ティニに言われ、私は思い出した。そういえば、ドルと話す前、チタニーは不思議なことを言っていた。
「ドルの嘘はなんだったのか…」
「なんの話しか分からないんだけど」
私はティニに、ドルと私たちで話をした内容を説明した。
「へえ、嘘ね」
「やはり話を振り返ってみても、思い当たる所なんてないかな」
チタニーはさっきから黙っている。まるで、その会話を避けているような、話したくないような。
涙をまた思い出させるような話かもしれないが、ここで知るのを辞めてしまったら心を離すことになると思った。彼女が、区別をせず、真実を求めたように私もまた、誠実に話すべきだと思った。
「何も思わなかったの?ほんとうに」
チタニーは私を見つめがらに言った。その心を見通すような目で。
「ドルに対してってことかな」
彼女は頷いて、言葉を重ねた。
「ドルリアンは妹が無事なのに、一人きりだったよ」
「それは、何か一緒に戻れなかった理由があるんじゃないかな」
けれど、チタニーは頷かなかった。
「ドルリアンは嘘をついている。あんな村に妹を置いていくのと思う?」
「置いていく?」
私は、覆面集団の写真を思い出した。
「そう言われれば確かに。彼があんな危なそうな集団を無視するはずはないかな」
「私達の知っているドルなら、もう既に手を打っていそうなものね」
ティニは余裕そうな顔で言った。
「それもそうだね」
私とティニは頷きあったが、チタニーは張り詰めた表情を崩さなかった。
「いいえ。それにコリエンヌだって告げたでしょう」
チタニーが私の手を取り、真っ直ぐに見つめる。彼女の真剣な瞳に、意識が吸い込まれるような感覚を覚える。その瞬間、まるで触れた場所から何かが流れ込むような感覚がくる。この感じは一体…。
「ちょっと大丈夫なの?」
ティニが顔を除き込んでいた。
「え、何が?」
心配そうに見つめるティニの表情が目に入る。
「なんか、気を奪われているような気がしたわ…リエンの…」
「どういうことかな」
彼女の言っている意味が分からなかった。ただ、分かるような気もした。それすらもよく分からないけれど。
「コリエンヌは思わなかった…?」
意識を引き戻すように、幼い声が耳に届く。その瞬間、それは言葉になっていた。
「妹さんが、死んでいないなんて嘘なんじゃないかなって」
「え?何言ってるの?」
ティニの不機嫌そうな声でハッとした。
「今、私は何を言って…」
「そうだよ、コリエンヌ。やっと言葉に出来たね」
彼女の声に視界を戻すと、 チタニーは場違いなほど、笑っていた。私はそれを怖いと思った。その気持ちが出たのか、私は彼女から遠ざかっていた。
「どうしてあそこに引っ掛かりを覚えたのか分からないんだ。まるで何かが憑依したみたいでおかしいとは思ったんだ」
気付けば思う事を全て口走っていた。まさかな。ドルとの会話中、私は彼の言葉を怪しいなんて思わなかった。死んでいない。その言葉は深層心理なのか、不意に知らずに感じていた事が口に出たような爽快さはあった。
「ドルリアンは、妹を見れればいいとも言っていたよね。でも、その写真を唯一と表現した。なぜだと思う」
チタニーは私の手を掴んでいた手を垂れさげ、無表情で言った。それはとても、人間とは思えないような不気味な姿だった。
「けれど、妹の生死に嘘をついても…」
ティニは彼女の言葉を聞けていたようで、驚きながらも考えを言葉にしていた。
「唯一って表現に食らいつく意味はないのではないかしら。ただの言葉の綾じゃないの?」
けれど、彼女は長い髪が乱れるほど首を振った。彼女の顔は漆黒の闇に閉ざされたようで見えなくなる。底から湧き上がってくる恐怖感に、私は立ち尽くすしかなかった。
途端、チタニーの目が不気味と青く光った気がした。群青の瞳の深淵が顔を出したようだった。
「人のエゴだよ」
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