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📘《秋霧の乱》
第七章 嵐、告げられる
総裁選の告示日。
私は、立候補届を出さなかった。
いや――出せなかった。
党内の推薦人20人は、前夜までに集まっていた。
だが、提出直前になって3人が名を引いた。
理由は言わない。
だが、誰が“止めた”のかは分かっていた。
官僚か、青山か、あるいは――古本か。
「紘一さん、もういいじゃないですか。」
控室で、山谷が言った。
私と目を合わせず、コーヒーをかき混ぜながら。
「誰かが、あなたの分までやる。」
「誰か」とは、小泉純一郎のことだった。
◆ 街がざわつき始めた
午後、泉が総裁選に正式に立候補した。
記者団の前で、あの男はこう言った。
「自民党を、ぶっ壊す。」
一言で、風が変わった。
拍手が起きた。
メディアが沸いた。
世論調査が跳ねた。
泉は、“言ってはいけないこと”を平然と口にした。
だが、国民はそれを待っていたのだ。
◆ 議員会館・私邸
その夜、一人で昔の演説ビデオを見返していた。
十年前の私が、街頭でこう叫んでいた。
「対話と信頼こそが、政治の基本です!」
……顔が、若い。
だが、何も変わっていない。
私は、ずっと“信じる”政治しか知らないのだ。
山谷からメッセージが届いた。
『ごめん。俺は泉を推す。もう、止まらない。』
読んだ瞬間、不思議と怒りはなかった。
むしろ、“よかった”と思った自分がいた。
あの男が、何かを壊して、何かを生むなら――
私は、それを外から見届ける役でいいのかもしれない。
◆ 加山紘一・最終会見
翌朝、私は総裁選出馬を断念すると発表した。
記者からの質問は容赦がなかった。
「信じた政治では、風は起こせなかったのでは?」
私は、少し笑った。
「風はね……私のやり方じゃ、吹かせられなかった。でも、いつか誰かが、信じる政治に追いついてくれると、今でも思ってます。」
会場は静まり返った。
だが、私はもう、何も怖くなかった。
嵐が吹くとき、人は自分の旗を降ろすか、掲げ続けるかを選ぶ。
私は、旗を掲げたまま――
風の中に立ち尽くしていた。