テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
こよい
85
110
177
第8話:恐怖の家庭訪問〜リングライトは就労意欲の輝き〜
「ピンポーン」
平日の午後二時。
四畳半のボロアパートに響き渡ったその無機質な電子音は、俺にとって死神の足音に等しかった。
「……ヒッ」
万年床で昼寝(という名の現実逃避)をしていた俺は、バネ仕掛けのおもちゃのように跳ね起きた。
心臓が早鐘を打ち、全身の毛穴から嫌な汗が噴き出す。居留守を使おうかとも思ったが、ドアの向こうから聞こえた凛とした声が、その儚い希望を打ち砕いた。
「市役所の鈴木です。定期の家庭訪問に伺いました。いらっしゃいますか?」
終わった。
ケースワーカー(CW)の家庭訪問。それは生活保護受給者にとって、己の生活実態を丸裸にされる恐怖のイベントである。
しかも今の俺の部屋は、リスナーどもが送りつけてきた「Amazonのダンボール」で半分が埋め尽くされている状態なのだ。
「は、はい! 今開けます!!」
俺は慌てて見られたくないゴミ(酒の空き缶など)を押し入れに蹴り込み、引きつった笑顔を顔面に貼り付けてドアを開けた。
「お邪魔します。……少し、荷物が多いようですが」
パリッとしたスーツ姿の鈴木さんは、部屋に足を踏み入れるなり、鋭い三白眼で四畳半を一瞥した。
「あ、あはは……! こ、これはその、この前申告した支援物資の米とか、特売のみそラーメンとかでして! すぐに整理しようと思ってたところで……」
「そうですか。……そして、これが例の申告にあった『三万円のゲーミングチェア』ですね」
鈴木さんの視線が、部屋の中央で異様な存在感を放つ黒と赤の立派な椅子に突き刺さる。
「はい……。あの、これは決して贅沢品とかじゃなくてですね、その、パソコンで履歴書を書く時に、腰への負担を減らすための、いわば『健康器具』的な……」
「なるほど。長時間の就職活動にも耐えうる、素晴らしい心がけですね」
鈴木さんは手元のバインダーに何かを書き込んだ。肯定されているはずなのに、なぜか胃液が逆流しそうになる。
そして、悲劇は起きた。
鈴木さんの視線が、ゲーミングチェアの先――ちゃぶ台の上に置かれたポンコツPC周りに向かったのだ。
「……パソコンの横にある、この黒い機材はなんですか?」
鈴木さんが指差したのは、千円の安物マイク。
そして、PCのモニターにガムテープで強引に括り付けられた、百均の『スマホ用リングライト(丸いLED照明)』だった。
(ヤバい……ッ!!)
俺の脳内で警報が鳴り響いた。
生活保護受給者が「配信活動」のような趣味にうつつを抜かしているとバレれば、間違いなく「そんな暇があるならハローワークに行け」と指導が入る。もし収益化を疑われれば、最悪の場合は口座の調査まで発展しかねない。
「あ、えっと、これはですね……その……」
「マイクと、照明機材……ですよね。履歴書を作成するのに、これらが必要なのですか?」
鈴木さんのメガネが、ギラリと光った。
思考回路をフル回転させろ。言い訳をひねり出せ。四十年の人生で培った、怒られないための悪知恵のすべてをここに注ぎ込むんだ!
「ウェブ面接です!!」
俺は裏返った声で叫んだ。
「ウェブ面接?」
「は、はい! 最近の企業はですね、一次面接をオンラインで行うことが多いんです! そこで、このマイクを使ってクリアな音声を面接官に届け、さらにこのリングライトで!」
俺は百均のリングライトのスイッチをバチッと入れた。
安っぽい白い光が、四十代の脂ぎった顔面を無駄に明るく照らし出す。
「顔を明るく照らすことで、健康的でフレッシュな印象を面接官にアピールするんです! ほら、暗い顔をしていると採用されにくいじゃないですか! すべては……就労意欲の証明です!!」
ぜえ、ぜえ、と肩で息をしながら、俺は渾身のドヤ顔(リングライト照射済み)を鈴木さんに向けた。
どうだ。完璧なロジックだろう。これなら「配信用の機材」だなんて微塵も疑われないはずだ。
鈴木さんは、まじまじとリングライトに照らされる俺の顔を見つめ……やがて、深く、深く頷いた。
「……素晴らしいです」
「えっ?」
「正直に申し上げますと、あなたのような長期の空白期間がある方は、現代のIT化された就職活動についていけないのではないかと危惧しておりました。しかし、自らオンライン面接の環境を構築し、見栄えにまで気を配るとは。私の認識が甘かったです」
鈴木さんの声には、いつになく熱がこもっていた。
よし、勝った! 完全に誤魔化し切ったぞ!
俺が内心でガッツポーズをした、その直後だった。
「そこまで環境が整っているのなら、話は早いです」
鈴木さんはバインダーから、数枚のプリントアウトされた紙を取り出し、ちゃぶ台の上に並べた。
「実を言うと、本日お持ちしたのは『完全リモート面接可能』な企業の求人票です。データ入力やコールセンターなど、未経験の四十代でも応募可能なものをピックアップしてきました」
「…………は?」
「マイクも照明もありますし、そこに立派なスーツ(支援物資)も掛かっていますね。今すぐ、この場で私と一緒にWeb応募の登録を済ませてしまいましょう。なんなら、来週にはオンライン面接を受けられるよう手配します」
「………………」
「さあ、パソコンの前に座ってください。リングライトの出番ですよ」
俺は、絶望のあまり声も出なかった。
完璧な言い訳だと思った「ウェブ面接」という嘘が、そのまま俺の首に巻きつく縄となってしまったのだ。
「あ、いや……今日はちょっと、喉の調子が……ゲホッ、ゴホッ!」
「大丈夫ですよ。面接は来週ですから、それまでに治していただければ。さあ、ゲーミングチェアに座って」
逃げ場は、なかった。
俺は泣きそうな顔で、リスナーが買ってくれた3万円の椅子に座り、百均のリングライトに照らされながら、ケースワーカーの監視下で求人サイトの登録フォームに「40歳・無職」と打ち込む羽目になったのである。
……お前ら、今日の配信、絶対に許さねえからな。
コメント
1件
第8話、めちゃくちゃ笑いました😂「Web面接です!」の切り返しには思わず拍手したくなるくらい鮮やかだったのに、まさかそれが自分の首を絞める展開になるとは…!リングライトに照らされる主人公の顔面が目に浮かんで、笑いと切なさが同時に来ました。ケースワーカー鈴木さんの真面目な熱量が逆に怖い。最後の「お前ら、絶対許さねえ」も、この語り口だからこそ沁みますね。次回も楽しみにしてます!