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「アン」
心臓が凍りついた。
振り返ると、イェンが立っていた。
「…イェン…」
―どうして、ここにいるの?
―どうして眠っていないの?
―ワインに入れた睡眠薬は効いているはずよ。
―イェンのグラスも空だったのに。
「どうして…」
呟いた私に、イェンは眉を潜めた。
「アン。何をしているの?」
「………」
―何を言えばわかってもらえる?
「どうして、眠っていないの?」
イェンは少し考えて言った。
「……ワインに何か入れていたのね。わたし、ワインはあまり飲んでいないの。ジェンがわたしの分も飲んでくれたの。」
―ジェンが全て飲んだの?ジェンは大丈夫かしら?
「そう…。」
「アン。何をしているの?」
イェンは私を真っ直ぐに見つめた。
その姿に、いつもの控えめさはない。
―分かってくれるわ。
「ジェンを守りたいの。」
イェンは首を傾げた。
「どういうこと?」
「わかるでしょう?イェン。ジェンが結婚したら、私たちはジェンと会えなくなるの。そんなの、あなたもつらいでしょう?もし、結婚後に暴力を受けたら?Gloriaみたいなジェンにふさわしいお店に連れて行ってもらえるの?ジェンは本当に幸せになれるの?」
まくしたてる私の言葉を、イェンはじっと聞いてくれた。
―分かってくれる。イェンは、分かってくれる。
イェンは、優しく微笑んで、静かに言葉を紡いだ。
「アン。ジェンのことを、大切に想ってくれて、大事にしてくれて、本当にありがとう。」
イェンは、私の手を優しく握った。
「あなたがジェンの友人で本当に嬉しい。だからね、アン。あなたにはこれからもジェンの大事な友人でいてほしい。」
イェンは優しく微笑んで私を見つめ続けた。
その声は優しく澄んでいたけれど、とても力強かった。
「あなたがここで間違いを犯せば、それが叶わなくなる。あなたが逮捕されてしまったら、もしジェンに何かあったとき、ジェンを助けてくれる人がいなくなってしまう。わかるわね?」
私は、頷くしかなかった。
涙が次々とあふれ出した。
「わかってる。わかってるけど…」
涙を流す私を、イェンは優しく抱きしめてくれた。
「うん」
「わかってるけど…怖いの。ジェンが私を忘れてしまうんじゃないかって。叔母様のパーティーで初めてジェンを見たとき、私は天使を見たと思ったの。やっと会えたのに。やっと、ジェンに頼りにしてもらえるようになったのに、失うのは嫌よ!!」
「うん。怖いよね」
私の背中を撫でる手は、どこまでも温かかった。
「でもね、アン。大丈夫よ。ジェンは、あなたと遊びに行った日は、いつもとてもご機嫌で、楽しそうにあなたとのことを話してくれるの。」
―ジェンが?
「ジェンは、あなたのことが大好きよ。だから、結婚なんかであなたと疎遠になったりしないわ」
イェンの優しい瞳が私を捕らえた。
「ね?」
「本当に?」
イェンはくすくすと笑った。
―ジェンとそっくり。
暗闇の中で、黄金の髪が波打つ。
「えぇ。本当」
「…そうね。私どうかしてたのね。」
涙を拭う私の背中を、イェンが優しく撫でてくれた。
もう、溢れてはこない。
「誰だってそんなときがあるわ」
イェンの明るい声が、私の闇を振り払っていく。
「アン、ジェンとはパーティーで会ったの?」
「えぇ。叔母様の事業成功パーティー。この家で開催したの。」
イェンは、少し驚いたように目を見張った。
「……そう。それで?その時に友達になったの?」
「いいえ。パーティーでは話せなかった。パーティーの後、偶然通りがかった大学でジェンを見つけたの。そこで、話しかけて…」
「そう。……」
イェンは、少し考えるように首を傾げた。
「イェン?」
「うん。ありがとう。ジェンに話しかけてくれて。」
イェンはニッコリと笑った。
私は、イェンを抱きしめた。
「イェン、ありがとう。あなたがいてくれて良かった」
イェンは笑って私を抱きしめ返してくれた。
「さぁ、ジェンが目を覚まさないうちに、下に連れて行きましょう。この部屋のことが知られるとまずいわ」
イェンは悪戯を企むように、楽しそうに笑った。
私は、イェンと二人でジェンを一階のソファに運んだ。
「このドレスは?」
イェンがジェンの服を指す。
「…ジェンに似合うと思ったの」
「そうなのね。これはこのままにして、プレゼントにしましょうよ?正直、もうくたくたよ」
イェンが笑ってソファに座った。
「そうね。そうするわ。ありがとう、イェン」
「どういたしまして」
イェンと私は、くすくすと笑い合った。