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アンは汗をかいて、服が汚れてしまったから、シャワーを浴びに行った。
「ゆっくりしてきて。」
そう言うと、アンはありがとう、と言い残して浴室に行った。
わたしは、テーブルの片付けをしながら、横目でソファで眠るジェンが目を覚ますのを待ち続けた。
ジェンが身じろぎ、ゆっくりと目を開ける。
「…イェン?」
「ジェン、起きたのね。」
「ここは?」
「アンの家よ。あなた、パーティーの途中で眠ったのよ、覚えてない?」
「さっぱり。ね、お水もらえる?」
「持ってくるわ」
覚えていないことに安堵する。
―アンとの関係が悪くならなくてよかった。
わたしは、迷うことなく台所に向かう。
ここに来たのは、初めてじゃないから。
水を渡しながら、ジェンの様子を伺う。
ジェンは、少しぼんやりしているけど、しっかりと話はできる。
「ジェン。…アンから聞いたの。あなた、パーティーでアンに会ったの?この家で行われた、パーティーで…」
ジェンの表情が強張った。
「あのパーティー、あなたは来ていないわよね?」
ジェンが目を逸らした。
「…嘘、ついたの?アンに」
ジェンが目を逸らし、顔を伏せた。
少し間をおいて、ジェンが顔をあげる。
その顔に罪悪感は…ない。
「アンが、勝手に勘違いしたのよ。…でも、関係ある?アンがあたしに話しかけて、あたしはただ話を合わせただけ!それに、今はとても良好よ!イェンとも仲良くやってるじゃない!」
「そういう問題じゃない!」
自分の声が耳に響いた。
目を閉じて、一呼吸置く。
「アンは…わたしを探してたのよ…」
声に落ち着きが戻った。
「だから?結局友達になれたんだからいいじゃない!」
「ジェン、そういう問題じゃないでしょう?アンは…」
「うるさい!」
わたしの言葉を遮って、ジェンがわたしを睨みつけた。
「イェンと間違えて声をかけてきた奴ら全員に、『いいえ、あたしはイェンじゃないのよ』って言えって?冗談でしょう?間違えられる回数がどれだけ多いと思ってるの?」
「ジェン」
「結果的に、全員、あたしで満足してる!ケイジだって!」
「え?」
ジェンがハッとして口を噤んだ。
思わぬ名前だった。
「どうして、ケイジくんが出てくるの?…まさか…ケイジくんも、わたしとジェンを間違えて、ジェンに声をかけたの?」
ジェンは、下唇を少し噛んだ。
―しくじったと感じた時にジェンのするクセ。
ジェンは、一度きつく目を閉じたあと、わたしを見据えた。
「そうよ。」
静かに告げられた肯定に、絶句する。
―ジェン、あなた、わたしがケイジくんのこと、好きだと知っていたはずよね?
「ケイジも、あなたとあたしを間違えた。だから、あなたのふりをして、遊んであげたの。まぁまぁ楽しかったわ。もうそろそろ別れようかなって思ってたら、彼、あたしにプロポーズするのよ!」
ジェンの声は、だんだん大きくなり、引きつった笑い声を上げた。
―耳障りだわ。
「あなたとあたしの見分けもつかないバカな男が、プロポーズするのよ!…でも、受けてあげたの。イェンが、ケイジのことが好きだから。」
「どうして…」
「イェンはいつもいつも、いい目ばかり見てる!おじさんにパーティーの同伴を頼まれるのもいつもあなた!おじさんが高級なものをプレゼントするのもいつもあなた!そのワンピースだって、おじさんが買ってくれた、ブランドものじゃない!おじさんは、あたしにはそんなの一つもくれないのよ!一つくらい、あたしがもらったっていいじゃない!」
「ジェン!」
わたしの声に、ジェンが黙った。
「あなたのしたことは、ケイジくんにも、アンにも、わたしにも、不誠実よ!」
「だから何?不誠実だったらなんなのよ!」
ジェンが勝ち誇ったようにわたしを見た。
「結局、アンもケイジも、あたしを選んだの!!」
―違う!―違う!!アンも、ケイジくんも、わたしを探してくれていた!
「あんたは、にこにこお姫様みたいに笑って、家の中に引っ込んでればいいのよ!」
ジェンの引きつった笑い声が聞こえる。
目の前が真っ黒に染まり、頭が真っ白になった。
肩で息をしながら、怒りをやり過ごす。深呼吸する。
―大丈夫。大丈夫よ。
目を開けると、頭から血を流したジェンが倒れていた。
「……ジェン?」
呼びかけたのに、ジェンはピクリとも動かなかった。
わたしは、ジェンに近づこうとした。
右手が重くて、見ると、陶器のお皿を握っていた。
―ポタ…
陶器のお皿から血が落ちていった。
「……ぃ…いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
絶叫が家中に響き渡った。