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「そういえば、お前のあの不思議な嫁はどうなった?
まだ結婚してんのか?」
会社近くのカフェで貴弘は信也とランチを食べていた。
たまたま仕事先で出会ったのだが、ちょうど昼だったので、なんとなく一緒に食べることになったのだ。
いつもは頼まないアボガド海老どんぶり。
のどかが好きそうだな、と思っているうちに、なんとなく頼んでしまっていた。
アボガド、俺は、そんなに好きじゃないんだが。
意外に美味いな、と思いながら、貴弘は言った。
「まだ結婚してんのかってなんだ。
この間したばかりなのに、いきなり離婚するわけないだろう」
「いや、だって、なにかの弾みでしたんだろ?
いきなりだったし。
お前まだ、親族の誰にも、あの可愛いんだが、ちょっとぼーっとした嫁を紹介してないだろ」
と季節の野菜がたっぷり入ったパスタを食べながら、信也は言ってくる。
……のどかだったら、庭の野菜を大量にぶち込みそうだな、と思いながら、貴弘はそのパスタを見ていた。
そのとき、
「あれっ? 成瀬社長じゃないですか」
という声とともに、誰かが笑った。
振り向くと、飯塚が立っていた。
「今、違う店で、のどかさんとも会ったんですよ」
と言って笑う。
飯塚は此処には珈琲豆を買いに寄ったようだった。
飯塚は工期の話をしたあとで、
「全体的に工事するので、その間住めませんけど。
のどかさんは、成瀬社長の家があるから、大丈夫ですよね?
……ていうか、なんで普段は、ご夫婦で、別々に住んでるんですか?
あんな仲良しなのに」
と笑顔で言ってくる。
……のどかが。
俺に家に?
「じゃあ、失礼しますー」
自分はあまり感情が顔に出ないタチなので、飯塚は、自分のこの戸惑いに気づかなかったらしく、笑顔で去っていった。
のどかが……
俺の家に住む?
最短でも、二週間……。
「どうした? 貴弘。
……貴弘ー?」
と信也に叫ばれる。
「いや……、のどかがうちに住むかもしれないんだ。
どうしたらいいかと思って」
と思わず言って。
「いや……。
だから、あれ、お前の嫁なんだよな?」
と確かめるように信也が訊いてくる。
「俺、珈琲頼もう。
お前は?」
と問われ、貴弘は考えていた。
のどかが話していたタンポポ珈琲のことを。
「貴弘っ」
「ああ、もらおうか」
と言ったあとで、アボガド海老どんぶりを見、パスタを見、すみません、と珈琲を頼んでいる信也を見ながら、貴弘は思っていた。
……気のせいだろうか。
さっきから、なにを見ても、のどかのことを思い出している気がする。
まあ、のどかの言動が常に得体が知れなくて、妙なインパクトがあるからだろうな……。
とりあえず、そう思うことにした。
「さっき、偶然、成瀬社長に会ったので、言っときましたよ、工期の話」
家に帰り、猫と化した泰親と庭で遊んでいた、のどかの許に飯塚からそんな電話がかかってきた。
「あ、ありがとうございます」
のどかが、ねこじゃらしで遊んでくれなくなったので、泰親は人に戻り、縁側に腰かけて、お茶をすすり始める。
「先程は、お友だちがたくさんいらっしゃったので、事情を知らない方もいらっしゃるかと思って言わなかったんですが。
のどかさんは、成瀬社長の許にお住まいになられるでしょうから、大丈夫でしょうが。
問題は八神さんですよね。
何処かアテがあるのかどうか、ちょっと訊いてみていただけますか?」
私、八神さんの番号は知らないので、と飯塚が言う。
あ、はい、と言うと、飯塚は、もし、ないようだったら、手配するので言ってくださいと言って、電話を切った。
『のどかさんは、成瀬社長の許にお住まいになられるでしょうから、大丈夫でしょうが』
という飯塚の言葉を思い出しながら、
……いやいや、なにも大丈夫ではありませんよ、飯塚さん、とのどかは思っていた。
酔って、みんなで此処で雑魚寝するとかとは訳が違うし、社員寮に住むのとも違う。
第一、私なんかが行ったらお邪魔だろうしなーと思いながら、ふと見ると、お茶を飲んで、ふう、と息を吐きながら、庭を眺めている泰親の耳が横に寝ていた。
「さては、リラックスしてますね、泰親さん」
とのどかが笑うと、
「いやいや、これは今、『満足』な感じの猫耳だ」
とおのれの頭の上の耳を指差し、泰親は言う。
……難しいな、猫耳。
なにも感情読み取りやすくない、と思いながら、自分も座ってお茶を飲もうとして、縁側に置かれた猫じゃらしを見る。
「そういえば、猫じゃらしって、食べられるらしいですよ」
六月が近づき、ようやく穂の部分が育ってきた猫じゃらしを見て、のどかは言った。
「ほう」
「この形、穀物っぽいなと思ったら、やっぱり、イネ科みたいなんで。
粟の原種らしいですよ。
秋になって、実ったら、ちょっと食べてみましょうか。
メニューに加えられるかもしれないし。
煎ると、ポップコーンっぽい味になるそうですよ」
猫じゃらしの本当の名前は、エノコログサ。
犬のシッポっぽいふさふさのせいで、イヌコログサ、と言われていたのが、エノコログサになったそうだ。
でも、犬より、猫の方が喜んでいるようだが……と思いながら、泰親を見て言った。
「泰親さんの時代に食べたりはしてなかったんですか?」
「さあ、私は食べなかったが」
と言いながら、泰親は猫じゃらしの穂先を何度も指で弾いて遊んでいた。
……人間の状態でも楽しいんだな、猫じゃらし。