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さらに歳月は流れ、ディオナの20歳の誕生日が迫ってきた晩秋のこと。
「結婚……ですか?」
神殿長からの呼び出しを受けたと思ったら、結婚の話をされて視線をさまよわせるディオナがいた。
相手は当然リスターだ。
ディオナが20歳でリスターが21歳。そろそろ結婚をという話が持ち上がっても不思議ではない年齢になったのはまちがいない。
ふたりの仲はまったく進展せず、友人にすらなれていないけれど。
不自然な間の後に、ディオナは頭を下げた。
「承知いたしました。段取りはすべてお任せします」
神殿長室を出てからも、ディオナの気は晴れなかった。
ディオナが戸惑っている理由は、リスターとの仲が進展していないことだけではない。
『リスター殿下は、どうやら浮気しているらしい』
『王都では有名な話だ。お相手はロザリア・レックス男爵令嬢だろ?』
先日ディオナは、神官たちのヒソヒソ話を偶然耳にしたばかりだ。
もともとディオナとリスターの間に愛情は存在しないのだから、彼が思いを寄せる女性がいるのだとして、それを「浮気」と表現していいのか。それすらディオナには判断できない。
しかしそんな彼女も、浮気相手の名前を聞いた時には心がひどくざわついた。
お相手は、ロザリア・レックス男爵令嬢。
艶やかなハニーブロンドの髪に大きなエメラルドの目が印象的な美人で、男性が好みそうなメリハリのあるプロポーションをしている。
実は、ロザリアはディオナの幼馴染だ。
年齢が同じで親同士の仲が良いこともあって、子どもの頃にはよく一緒に遊んだ仲だ。
ロザリアは幼い頃から人形のようにかわいらしい子どもだった。
聖女選定の時、ディオナとロザリアは肩を並べて立っていた。
そのあと聖女に認定されて生活環境が一変したディオナは、ロザリアがどう過ごしているのか知る由もなかったのだが……。
再会は昨年の夜会でのこと。
「ディオナ!」
どういうわけか、リスターとともに入場したディオナに声をかけてきたのがロザリアだった。
実の両親でさえ公の場でディオナの名前を呼ぶことを許されていないのは周知の事実。
それなのに、ロザリアは実に気安くディオナの名を口にした。
ディオナが注意すべきか迷ってリスターに視線を向けると、彼も眉を顰め、得体のしれないものでも見るような目でロザリアを見ていた。
あの時にディオナがきちんと咎めなかったのもいけなかったのかもしれない。
それ以降もロザリアは、夜会でディオナと会うたびに気安く声をかけてくる。
それだけではない。
「リスター様、わたしとダンスしてくださいまし!」
ディオナの目の前で堂々とリスターをダンスに誘うこともあった。
ロザリアは美しいレディーに成長していて、多くの男性が彼女に目を奪われている。
華やかな雰囲気のふたりはとてもお似合いで、まるで本物の恋人同士のようだと囁かれていることは、ディオナの耳にも入っていた。
そういった経緯はあるものの、聖女はディオナでリスターの婚約者である事実は揺るがない。
多少の火遊びは仕方ないにしても、神殿にまで噂が届くほどにふたりは親密な関係になっているんだろうか――王都から離れて聖樹の丘で暮らすディオナにはよくわからない。
「ちょっとした気の迷いは男性なら誰でもあるわ」
王妃が先日ディオナの顔をうかがいながら言っていたのは、一般論ではなくリスターのことだったのだろうとディオナはようやく気付いた。
「なんでロザリアなの……?」
ディオナは肩を落として神殿の廊下を歩いた。
まったく面識のない相手だったら、こんなにも心がざわつかなかったはずだ。
よく知るふたりであるからこそ、いろいろと生々しく想像できてしまう。
クラリエ王国の王室は、一夫多妻制ではない。
王の妻となるのは聖女のみ。
「結婚してからも、ロザリアと浮気を続けるつもり?」
前途多難な将来を想像しただけで気持ちが沈んでいく。
そんなディオナの負の感情が、聖樹にも伝わってしまったのかもしれない。
聖樹が枯れはじめたのだ。
聖樹が枯れはじめた――。
最初のうちは、キラキラした輝きがいつもよりかすんでいるように見える程度だった。
対話もできていたし、祈りを捧げれば輝きを取り戻す。
もしかすると自分の目が悪くなったのかもしれないと思っていたディオナだ。
「人間も聖樹も、調子がいい時もあれば悪い時もあるわ」
王妃もそう言っていたけれど、その判断は楽観的だったのだろうか。
ところどころ葉が茶色く枯れ始め、色とりどりの鳥にかわって不吉な漆黒のカラスが聖樹の周りを飛び交うようになるまでに、たいした日数はかからなかった。
輝きを失った聖樹の幹に手を当てても祈っても、苦しそうな息遣いしか聞こえない。
ついには、その息遣いすらも聞こえなくなってしまった。
「王妃様、どうすれば……!」
「祈りましょう。わたくしたちには、それしか手立てがありません」
ディオナは聖樹の衰えを、ただ指をくわえて見ていたわけではない。
王妃とディオナは必死に祈り続けたし、神官たちは原因を探し続けた。
それでも食い止められなかったのだ。
聖樹が生命力を失いつつあることが遠目にもはっきりわかるようになると、国中からどうなっているのかと問い合わせが殺到した。
今年の小麦の収穫高が激減しているとの報告も入ってきているらしい。
神殿も王宮の文官たちも、その対応に苦慮している。
「過去にもこういうことがあったのかしら……」
やつれた表情の王妃に問われた神官長は首をひねる。
「神殿に伝わる記録には残っておりません。基本的に聖樹に関する古書は、王城の地下書庫に収蔵されております」
「それだわ! なにか手掛かりが掴めるかもしれないわね」
王妃が両手をポンと合わせた。
王城の地下には、様々な理由で禁書となった書物を集めた書庫がある。
普段その扉は厳重に施錠され、たとえ王族であっても気安く立ち入ることができない。
国王・王妃・神官長・宰相の許可を必要とし、持ち出しは厳禁、閲覧の際には立会人を二名つける規則がある。
「では陛下と宰相に許可をもらって、ディオナには立会人として一緒に書庫へ入ってもらうわ。聖樹に関する大昔の記録を探しましょう」
王妃が久しぶりに笑顔を見せる。
きっとこれでどうにかなるはずだ――ディオナも王妃につられて安堵の笑みを浮かべた。
しかしその矢先、一足先に王都へ向かった王妃が倒れたとの一報が入った。