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王妃が倒れた原因は、重度の過労と診断された。
寝る間も惜しんで連日祈りを捧げ、さらには問い合わせの対応にも追われて連日徹夜続きだったのだから無理もないと侍医が述べていたらしい。
いまは王城で手厚い看護を受けているという。
この一報を受け、神殿ではディオナの立場が危ういものとなっていった。
「聖女の力不足」
「だからリスター殿下に浮気されるのだ」
「聖女の選定をやり直したほうがいいんじゃないのか」
神殿内でも聞こえよがしにあれこれ言われるようになり、それは当然ディオナの耳にも届いた。
しかし味方になってくれるはずの王妃は、ここにいない。
これまで「聖女様、聖女様」と大事にされてきたのは、聖樹を支える存在だったからこそだとディオナにもわかっている。
だからこれまでも毎日懸命に祈りを捧げてきた。今も毎日そうしている。
一番忸怩たる思いを抱えているのは、ディアナ本人だった。
しかし神官たちには、責任感に押しつぶされそうになっている彼女に寄り添おうとはしてくれない。
むしろ、責任をすべて押し付けようとしているのではないかとさえ感じる。
「神官長様、聖樹の件で……」
「すみません、いま手がはなせないのです」
神官長さえも、ディオナが声をかけようとするだけでそそくさと逃げていくようになった。
「どうして……」
輝きと生命力を失い枯れゆく聖樹と神官たちの冷遇。
右手首に刻まれた聖女の証を見つめながら今なにをすべきなのかと考えても、ディオナにはなにひとつわからない。
「王妃様に頼りきっていたのがいけなかったの……?」
心に影が差し憔悴しきったディオナは、夜の眠りも浅くなってしまった。
ベッドに横になってもなかなか寝付けず寝返りを繰り返す。
聖樹のことを憂うと自然と涙がにじんでくる。
そんなディオナに寄り添うように、軽い足取りでベッドに飛び乗ってきたのは黒い毛並みの大型犬だ。
半年ほど前にふらりと聖樹の丘に姿を見せた時は、土埃で汚れてやせ細っていた。
神官たちは追い返そうとしたのだが、慈悲深い王妃がかわいそうだとそれを止めた。
きれいに洗い、もつれた毛を刈ってやると、伸び放題の毛で覆われていた顔から赤褐色のきれいな目が現れた。
「あら、あなた男前ね」
王妃のこのひとことが決め手となって神殿で面倒をみることになり、今に至る。
犬は毛色にちなんで「クロ」と名付けた。
艶やかな毛並みで立派な体をしているオスだ。
人間の言葉をよく理解しているようで行儀がよく、特にディオナになついている。
12歳で聖女に選定されてからというもの、ディオナの周囲には大人しかいない。
そんな環境で育ってきた彼女にとって、クロは瞬く間にかけがえのない話し相手となった。
ディオナがうれしかったり楽しかったりした時は、しっぽを振って一緒に喜んでくれる。
落ち込んでいる時は、クゥーンと鼻を鳴らして頭をすりよせ慰めてくれる。
そんなクロが、ディオナの頬をぺろりと舐めた。
「心配してくれてるの? ありがとう、クロ」
ディオナはクロを抱きしめた。
ふかふかな毛並みは温かくて心地よい。
そのぬくもりに誘われて急に眠気がやってきたディオナは、クロとともに眠りについたのだった。
一週間後。
急病の王妃の代わり、ディオナがクラリエ王国の聖女として国賓をもてなす夜会に参加した。
当初の予定では、夜会が終わり次第ディオナと王妃は地下の書庫に直行する算段だったのだが、延期を余儀なくされた。
まさかその夜会で唐突にリスターから婚約破棄と国外追放を言い渡されるなど、まったく予想していなかった。
「聖樹が枯れてきているではないか、この役立たずめ。おまえを聖女だと信じて崇めてきた国民を欺いたことは大罪に値する。よってディオナ・スピアーズ、おまえとの婚約を破棄して国外追放処分とする」
役立たずと言われたことは重く受け止めよう。聖樹があの状態なのだから、そう罵られても仕方がない。
ただ、浮気相手のロザリアと結婚したいがために婚約破棄するのに、まるで一方的にこちらに非があるような言い方をされて納得がいかないディオナだ。
王は聖女を妻としなければならない慣習がある。
(どうするつもりなの?)
それに、聖樹に祈りを捧げる聖女がいなくなってしまえば、聖樹の衰えが加速していくことが容易に想像できる。
「お待ちください。聖女がいなければ聖樹はますます弱ってしまいます!」
ディオナが食い下がると、リスターが勝ち誇った笑みを浮かべた。
「では、代わりの聖女がいると言ったら?」
――――!
ディオナにとって、それは初耳だった。
ディオナは毎日聖樹に祈りを捧げている。今日だって出発時間ぎりぎりまで祈ってから夜会に間に合うよう王都へやってきた。
だから聖女選定の儀が行われていないことは確実だ。
固唾を呑んで成り行きを見守っていた周囲の参加者たちも唖然としている。
「聖女様の代わりがいるのか?」
「初耳だわ」
ディオナが国王を見やれば、国王も初耳だと言わんばかりの顔で目を見開いている。
「どういうことか説明せよ」
一段高い位置から成り行きを見守っていた国王が、椅子から立ち上がる。
「ロザリアに聖女の証が顕現したのです!」
リスターが高らかな声で宣言し、誇らしげにロザリアの右腕を持ち上げた。
「新たな聖女の誕生です。ですから役立たずのディオナはもう不要です!」
顔を紅潮させ興奮気味に語るリスターの横で、ロザリアの口元は深い弧を描いている。
そしてその右手首にはたしかに、聖女の証である聖樹の葉の刻印が輝いているではないか。
「では、ロザリアなら聖樹が救えるとでも?」
ディオナが震える声で問う。
すると、ロザリアが一歩前に進み出た。
「納得がいかないとごねる方がいらっしゃるようなので、やってみせます!」
胸の前でギュッと両拳を握るあざといポースをとるロザリアを、リスターが目を細めて満足そうに微笑みながら見ている。
そんなはずはない――ディオナは言葉を失い、唇をかみしめてその場に立ち尽くしたのだった。
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