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「……これ、いっちゃうか」
りばーが震える指で見せた画面には、漆黒の背景に怪しく光る『【一点物】全自動・人生双六パネルセット(※ただしマス目はリアルタイムで書き換わる)』の文字。価格は、五人全員の今月のお小遣いを合わせても足りないほどの額だった。
「高いわよ! 誰が払うのよ!」
ままむの正論パンチが飛ぶが、えんどーがニヤリとスマホを叩く。
「安心しろ。クッキークリッカーで鍛えた俺の『株・爆益シミュレーション』によれば、今持ってる銀貨を『あっち側』の相場で換金すれば余裕だ。……よし、共同落札!」
「ポチッ」と押した瞬間、校庭の真ん中に巨大なサイコロが空から降ってきた。ドォォォン! という衝撃と共に、銀色の砂が舞い上がり、足元の土が巨大な双六の盤面に変貌する。
「うわ、デカっ! これ、俺たちが駒になるパターン?」
あさまろがひょろりと長い手足でサイコロを撫でる。「ふわっとしてる。マシュマロみたい」
「一番手は俺だ! 走るのには自信あるからな!」
みやがわが勢いよくサイコロを放り投げた。出た目は『6』。
彼が猛ダッシュで進んだ先のマス目が、バキバキと音を立てて光りだす。
『マス目:初恋の記憶を3Dホログラムで上映する。恥ずかしさのあまり悶絶したら一回休み』
「うわあああ! やめろ! 中二の時のあれはノーカンだ!」
校庭のど真ん中に、みやがわの甘酸っぱすぎる過去が映し出され、彼は顔を真っ赤にしてのたうち回る。
「……数学的に言うと、この双六、プレイヤーの精神的ダメージをエネルギーにして動いてるわね」
ままむが冷徹に分析するが、彼女の足元も『全テストの点数が半分になる呪い』という最悪のマスに変わろうとしていた。
「おいおい、ジョジョの奇妙な冒険なら、ここは知略で切り抜ける場面だぜ」
えんどーが麻雀牌をジャラリと鳴らし、りばーを見た。
「りばー、お前の『考える力』で、この盤面のルールをハックしろ。散財の神に愛されたお前なら、この双六ごと『買い叩ける』はずだ」
りばーは眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせた。
「……わかった。ネットの海で培った『規約の隙間』を見つけてやる」
彼はスマホを操作し、あえて『追加課金アイテム:お邪魔虫の涙』を購入。それを盤面の中心に放り込んだ。
すると、理不尽なマス目が次々と書き換わり、5人の趣味が混ざり合った「カオスな楽園」へと姿を変えていく。
「さあ、みんな。ここからは俺たちのルールだ。……あさまろ、次のダイスは任せたよ」
「おっけー。ふわっと、世界をひっくり返してくるわ」
あさまろが、長い指先で巨大なサイコロを「ふわっ」と空中に放り投げた。
サイコロは重力を忘れたようにゆっくりと回転し、全員が息を呑んで見守る中、地面に静かに着地する。
出たのは、数字ではなかった。
サイコロの上面には、あさまろの顔を模したような、力が抜けるほどマヌケな**「笑顔のマーク」**が描かれていた。
「……まろ、これ何の数字?」
「わかんない。でも、なんか『いいよ』って言ってる気がする」
その瞬間、双六の盤面が激しく明滅し、校庭に設置された巨大なスピーカーから、あさまろの語彙をそのまま変換したような脱力系のアナウンスが流れた。
『おめでとうございます。レア出目【ふわっと解決】が選ばれました。現在の理不尽な状況を、すべて「まあ、いっか」で上書きします』
「はあ!? 数学的にありえないわよ、そんな処理!」
ままむが叫ぶが、その声もどこか楽しそうだ。
次の瞬間、みやがわの恥ずかしいホログラムは花火になって散り、ままむの「テスト点数半分」の呪いは、なぜか「全部のテストが選択式になる」という超絶イージーモードに書き換わった。
「え、これ俺の『クッキークリッカー』の生産量も勝手に増えてんだけど。バグじゃねえ、これは『慈愛』だ……」
えんどーがスマホを見つめて震えている。
盤面の最後、ゴール地点には、いつの間にか小さな駄菓子屋のような屋台が出現していた。
「あそこがゴールだね」
りばーが歩き出す。5人が屋台に辿り着くと、そこには「あっち側」の住人が落としたらしい、古びた**「ガチャガチャの本体」**が置かれていた。
「これ、最後の報酬?」
「まろ、回してみてよ」
あさまろが長い腕を伸ばし、ハンドルを回す。ガコン、という重厚な音と共に転がり出てきたのは、透明なカプセル。
中には、5人の集合写真が入った**「動くアクリルスタンド」**が入っていた。
「なんだ、ただのグッズか……って、あれ?」
りばーがそれを手に取ると、アクスタの中の5人が、今の自分たちと全く同じ動きで笑い、喋り始めた。
「これ、僕たちの『可能性』を保存するストレージなんだ。ここでの非日常を、現世に持ち帰るための……」
「難しいことはいいからさ! 腹減ったし、これ持ってラーメン食いに行こうぜ!」
みやがわがアクスタをひったくり、夕焼けの校門へと走り出す。
「ちょっと! それ私のカバンに入れなさいよ、壊れたらどうすんの!」
ままむが追いかけ、えんどーが「豆知識だけど、今の動きは時速30キロを超えてるぜ」と解説しながら続く。
あさまろは最後に、まだ少しだけ浮いている砂を名残惜しそうに踏みしめ、「またね」と空に手を振った。
りばーは最後にスマホの画面を消した。
そこには、新しい通知が届いている。
『【予約受付中】次回の非日常体験ツアー:5センチ浮いた校庭の、さらに5センチ上へ』
「散財は計画的に……なんて、僕らには無理かな」
5人の影が、現世の舗装道路に長く伸びていく。
カプセルの中で動く彼らの分身は、明日もまた、新しい非日常を買い漁る計画を立てているようだった。
その夜、5人のグループチャットは、えんどーが投下した一枚のスクリーンショットで爆発した。
『【限定出品】放課後の時間を5分間だけ「3倍」に延ばす、魔法のストップウォッチ(※電池別売り)』
「これだ……!」とりばーはベッドから飛び起きた。
漫画を読み耽る時間も、ネットを徘徊する時間も、常に足りない。この散財こそが、全オタクの悲願を叶える聖杯だ。
「電池別売りってのが怪しいわね」と、ままむが即座にレスを返す。「数学的に考えて、3倍に延びた時間の代償は、どこかの時間を『3分の1』に削ってるはずよ。睡眠時間とか、授業時間とか」
「授業時間が削れるなら最高じゃん!」とみやがわがスタンプを連打する。「それ買って、部活のタイム計測に使おうぜ。音速超えちゃうかも!」
「まろはどう思う?」とりばーが振ると、少し遅れてあさまろからふわっとした返信が来た。
「いいんじゃない? 電池は、僕の『やる気』とかでも代用できそうだし。ほら、爪楊枝って電気通すんでしょ?(笑)」
結局、えんどーの株の利益とりばーの貯金を全投入し、ストップウォッチを落札。
翌日の放課後。5人は校舎の屋上に集まった。
届いたのは、プラスチック製のチープな時計。だが、りばーが「開始ボタン」を押し込んだ瞬間、世界の彩度が急激に上がった。
風に舞う桜の花びらが空中で静止し、校庭から聞こえる野球部の声が、ベースの効いた超低音へと変わる。
「……動けるのは、僕たちだけか」
えんどーが麻雀牌を宙に放り投げた。牌はゆっくりと、まるで水中を漂うように落ちていく。
「よっしゃ! これで漫画読み放題!」
りばーがカバンから新刊を取り出す横で、みやがわは「このスピードなら、校庭を100周しても疲れないかも」と走り出し、ままむは「……この静寂、だらけるのに最高じゃない」と屋上の床に寝転んだ。
あさまろだけは、静止した世界を不思議そうに眺めていた。
「ねえ、空に『タグ』がついてるよ」
あさまろの指差す先。止まった雲の端に、通販サイトの『返品不可』という赤いタグがぶら下がっていた。
「……これ、誰かの『買い物の中』に、僕たち自身が入っちゃったんじゃない?」
その言葉に、全員の背筋が凍る。
ストップウォッチの裏側を見ると、そこには小さな文字でこう書かれていた。
『この商品は、上位存在が「鑑賞」するためのスローモーション・キットです』
「僕たちは、買っていたんじゃなくて……買われていたの?」
りばーが震える手で「停止ボタン」を連打するが、反応はない。
5人の時間が止まり、鑑賞される「非日常の展示品」になりかけたその時。
あさまろが、その「返品不可」のタグをひょいっと引っ張った。
「大雑把に言えば、これ、タグを切っちゃえば『未購入』ってことでしょ?」
パリィィィン! と、世界が割れる音がした。
次の瞬間、5人はいつもの騒がしい放課後に突き落とされた。時間は一秒も経過していない。
「……あぶなっ」
えんどーが冷や汗を拭う。ストップウォッチは、ただのガラクタになって転がっていた。
「もう! 命に関わる散財はやめなさいよ!」
ままむが叫び、みやがわを追いかけ回す。
だが、りばーのスマホには新しい通知が。
『【補償品】タグを切ったお客様へ。お詫びに「絶対に終わらない週末」を差し上げます』
「ねえ、みんな」
りばーがニヤリと笑い、4人に画面を見せた。
「……今度の買い物は、ちょっと長くなりそうだよ」
「……『絶対に終わらない週末』か。数学的には金曜日の23時59分59秒が永遠にループする確率が高いわね。覚悟しなさいよ、アンタら」
ままむの不穏な予言をよそに、5人が踏み出したのは、いつも通りの駅前……のはずだった。だが、そこには見たこともない「空中商店街」が、夕焼けの空に幾重もの階層となって浮かんでいた。
「うわ、すご……! 野球場が浮いてる階がある! あそこならホームラン打ち放題じゃん!」
みやがわが興奮して身を乗り出す。
「いや、見ろよ。あっちの階、全部『ゲーセン』と『漫画喫茶』だ。しかも全部無料(タダ)……じゃないな、これ」
えんどーが鋭く目を細める。各店舗の入り口には、レジの代わりに「思い出回収ボックス」が置かれていた。
「なるほどね。週末を無限に楽しむ代わりに、月曜日から金曜日までの『平日の記憶』を代価として支払うシステムか」
りばーは顎をさすり、考える。
「平日の退屈な授業や、部活のきつい練習の記憶を売って、この最高の週末を買い続ける……。悪くない、いや、合理的すぎる散財だ」
「……でもさ、それって平日の僕たちが『空っぽ』になっちゃわない?」
あさまろが、ふわっとした足取りで商店街の縁に立った。
「まろ、珍しくいいこと言うじゃん。……でも、背に腹は代えられないわ。私はこの『無限にだらけられる高級ソファ階』に行かせてもらうわよ!」
ままむが欲望に忠実に走り出し、つられて全員が空中商店街へと飛び込んだ。
釣り、麻雀、バレー、そして無限に続く新作漫画の山。
彼らは数え切れないほどの「週末」をそこで過ごした。
みやがわは空飛ぶベースを一周し、えんどーは異次元のレートで麻雀に打ち込み、あさまろは雲の上で昼寝を極めた。
だが、ふとした瞬間にりばーが気づく。
「……あれ、僕たち、平日に何の教科を勉強してたっけ? 担任の顔は?」
記憶の断片が、砂のように指の間からこぼれ落ちていく。
商店街の空に浮かぶ巨大な時計は、ずっと「土曜日の午前10時」を指したまま動かない。
「おい、これマズいぜ」
えんどーが顔色を変えた。
「『クッキークリッカー』の数字は増えてるのに、それを自慢したいクラスメイトの名前が思い出せねえ。……この週末、出口がねえぞ」
その時、あさまろがカバンから、いつの間にか紛れ込んでいた「あの銀貨」を取り出した。
「これさ、さっきのガチャガチャのアクスタにはめ込んでみない? ほら、ここ、ちょうど銀貨と同じサイズだし」
りばーが震える手で、5人の姿が映るアクスタの台座に銀貨を叩き込む。
すると、アクスタが強烈な光を放ち、空中商店街の華やかな景色をバリバリと引き裂き始めた。
「月曜日が……来るわ!」
ままむが叫ぶ。
光が収まったとき、5人はいつもの駅前のマクドナルドの前に立っていた。
時計の針は、日曜日の午後9時を回っている。
「……あー、明日学校か。最悪だ」
みやがわが力なく呟く。
「でもさ、思い出せないよりはマシかもね」
あさまろが、少しだけ寂しそうに笑った。
りばーはスマホを確認した。
ネット通販の履歴から、「絶対に終わらない週末」の項目が消え、代わりに新しい一通のメールが届いている。
『ご購入ありがとうございました。おまけとして、「月曜日の憂鬱を10%だけ軽減する、謎のガム」を配送しました。ポストをご確認ください』
「……みんな、明日、教室でこのガム噛んでみる?」
りばーの言葉に、4人は顔を見合わせ、この週末で一番の笑顔を見せた。
非日常は、日常の隙間にこそ潜んでいる。
月曜日の朝。5人は教室の隅に集まり、りばーがポストから回収してきた「謎のガム」を囲んでいた。
パッケージには、何層にも重なった虹色の包み紙。
「10%だけ憂鬱を軽減、ね。数学的に言えば、8時間授業のうちの約48分間だけハッピーになれる計算よ」
ままむが相変わらずの分析を披露するが、その顔には「月曜日」特有の隠しきれないダルさが張り付いている。
「いいから食ってみようぜ! ほら、まろも!」
みやがわの号令で、5人は同時にガムを口に放り込んだ。
噛んだ瞬間、味はしなかった。
しかし、脳内で「カチッ」とスイッチが切り替わる音がした。
「……あれ? 教室の風景、なんか変わってない?」
あさまろが、長い首を傾げて窓の外を見た。
軽減されたのは「憂鬱」だけではなかった。月曜日の重苦しい「空気の密度」そのものが、5人の周りだけ10%分、別の何かに置き換わっていた。
一時間目の数学。
いつもならままむ以外の全員が白目を剥く時間だが、今日の彼らには、黒板の数式が「テトリスのブロック」のように見えた。
「あ、これここにハメれば消えるじゃん」とみやがわが呟き、えんどーは「この数列、期待値の変動グラフと同じだな」と鼻歌交じりにノートを埋めていく。
「すごい……脳が10%だけ『遊びモード』に強制上書きされてる」
りばーは感動した。考えることが苦痛ではなく、最高に贅沢なエンターテインメントに変わっている。
だが、異変は休み時間に起きた。
「ねえ、りばー。あのガム、噛み続けてたら……先生の頭の上に『価格(プライス)』が出てきたんだけど」
あさまろが、ふわっとした顔で廊下を指差した。
見れば、廊下を歩く担任の頭上に【中古:150円(送料込み)】というホログラムが浮かんでいる。
「おいおい、俺たちの『散財眼』がバグり始めてるぞ!」
えんどーが爆笑しながらスマホを構える。
ガムの効果は、ただの精神安定剤ではなかった。
5人の視界は「現世」を「巨大なフリマアプリ」として再構築し始めていたのだ。
道端の石ころには【伝説の武器の破片:30,000円】、学校の古い校舎には【ヴィンテージ風秘密基地:要相談】というタグがつく。
「ちょっと、これなら学校中の備品を買い叩いて、私たちの理想の国が作れるんじゃない?」
ままむの瞳に怪しい光が宿る。短気な彼女も、この万能感には抗えない。
「……やばいな。ガムの味がなくなってきた」
りばーが呟いた瞬間、視界のタグが点滅し始めた。
10%の非日常が、現世の重力に負けて剥がれ落ちようとしている。
「待って、最後にあれだけ買わせて!」
みやがわが指差したのは、校庭の真ん中にそびえ立つ、大きな銀杏の木だった。
そこには、ガムの最後の残響が映し出した、とんでもないタグが。
【未来の放課後への片道切符:0円(ただし、5人揃っている時のみ有効)】
5人が同時にその木に触れた瞬間、ガムの味が完全に消えた。
視界はいつもの、少しだけ埃っぽい、普通の月曜日の教室に戻っていた。
「……消えちゃったね」
あさまろが、口の中に残ったただのゴムの塊を紙に包んだ。
「でも、0円で『未来の片道切符』は手に入れただろ?」
えんどーが麻雀牌をポケットで鳴らす。
りばーはスマホを開いた。
ガムの購入履歴の横に、新しい未読メッセージが。
『ご利用ありがとうございます。次は、「火曜日の退屈を20%だけ爆発させる、謎の火薬(観賞用)」はいかがですか?』
「……明日も、楽しくなりそうだな」
りばーが不敵に笑うと、チャットルームには既に「購入」を催促するスタンプが溢れかえっていた。
「理科室の備品、全部『弾薬』に見えてきたわ」
ままむがフラスコを天秤にかけながら、鋭い目付きで呟いた。火曜日の放課後。りばーが落札した『退屈を20%爆発させる火薬(観賞用)』が、理科室の薬品棚の奥から「召喚」される形で届いたのだ。
「いいか、これはただの爆発じゃない。俺たちの『退屈』を物理的な熱量に変換して打ち上げる、最高にクールな花火大会なんだぜ」
えんどーは株のチャートを見るような真剣さで、火薬の配合比率を計算している。その横で、みやがわは「導火線」代わりに使うための、陸上部の古い縄跳びを何本も繋ぎ合わせていた。
「これさ、どこに仕掛けるの? 先生に見つかったら、僕たちマジで爆発四散だよ」
あさまろが、長い手足で人体模型とハイタッチしながら、ふわっとした不安を口にする。
「大丈夫だよ、まろ。この火薬は『観賞用』なんだ。つまり、退屈している人にしか見えないし、被害も出ない。……ただ、学校中の『退屈』を吸い込みすぎると、ちょっとした地殻変動が起きるかもしれないけど」
りばーはそう言って、理科室の換気扇の隙間に火薬の詰まったカプセルをセットした。
「ターゲットは、今この瞬間、補習を受けている隣のクラスの連中と……居眠りしてる教頭先生だ!」
りばーがスイッチを押した瞬間、理科室から音もなく「虹色の衝撃波」が放たれた。
ドォォォン! という振動は、耳ではなく「心」に響いた。
校舎の窓から、巨大な「退屈の塊」が灰色の煙となって吸い出され、空中で次々とカラフルな大輪の花火となって弾ける。
「うわ、見て! 数学の教科書が鳥になって飛んでる!」
みやがわが窓から身を乗り出して叫ぶ。
空には、数式や歴史の年号が幾何学的な模様を描き、退屈していた生徒たちの脳内に「強制的なワクワク」を流し込んでいく。
「数学的に言って、この爆発のエネルギー効率は1000%を超えてるわ。……あ、教頭先生が急にキレキレのダンスを踊り始めた!」
ままむが指差す先、校庭では居眠りしていたはずの教頭が、見たこともないステップで銀杏の木の周りを回っていた。
「やれやれだぜ。これが『20%』の威力かよ。100%だったら、この街ごと宇宙まで飛んでいっちまってたな」
えんどーが満足げに麻雀牌を弾く。
だが、あさまろが空の一点を見つめて、不思議そうに呟いた。
「ねえ……あの花火の影に、何か『大きいもの』が隠れてない? 魚みたいな、飛行船みたいな……」
5人が見上げた先。
爆発した火薬の煙が晴れた後に残ったのは、夕焼け空に浮かぶ巨大な「空飛ぶクジラの姿をした、移動式ショッピングモール」だった。
クジラの腹部には、金文字でこう書かれている。
『本日の散財、お疲れ様。VIP会員の皆様を、これより「水曜日の水没都市」へご招待します』
「……りばー、アンタまた何か変なボタン押した?」
ままむの問いに、りばーは冷や汗を流しながらも、スマホの「会員証」がゴールドに輝いているのを見て確信した。
「……どうやら、僕たちは『ただの客』から『上得意様』に昇格しちゃったみたいだ」
「水没都市……って、本当に街が全部沈んでるじゃん!」
クジラのタラップを降りた先は、エメラルドグリーンの海水に満たされた駅前だった。不思議なことに、水の中なのに息ができるし、服も濡れない。まるで巨大なアクアリウムの中を歩いている気分だ。
「見て、あそこの看板!『全品90%オフ・水濡れ一点物セール』だって!」
みやがわが指差した先、かつてのデパートの屋上付近に、サンゴ礁に彩られたワゴンが並んでいた。5人が近づくと、そこには現世の常識を軽く超えたガラクタ——いや、お宝が山積みにされていた。
「これ……『バレーボール専用の重力操作サポーター』? 膝につけるだけで滞空時間が3秒延びるって。まろ、これあんたにぴったりじゃない!」
ままむがワゴンから引き抜いたのは、透き通ったクラゲのような質感のサポーターだった。
「わ、ふわふわしてる。これがあれば、僕、空中で寝られるかも」
あさまろがそれを手に取ると、彼の体は「ふわっ」と水中に浮かび上がり、爪楊枝のような細い体で優雅に平泳ぎを始めた。
「こっちには『負けをなかったことにする点棒』があるぜ。麻雀で振り込んでも、この点棒を投げれば記憶ごと消去できる……。えげつねえな、おい」
えんどーがニヤリと笑い、株の配当金で購入手続きを進める。
りばーは、ワゴンの隅に置かれた、小さな「ガラスの瓶」に目を留めた。
ラベルにはこう書かれている。
『【限定】水曜日の静寂。瓶を開けると、周囲1キロの音がすべて消え、深海の底のような落ち着きが手に入る』
「……これだ。僕が求めていた究極の『考える時間』は」
りばーがその瓶を手に取ろうとした瞬間。
水底から巨大な影が、猛スピードでこちらに向かって浮上してきた。
「ちょっと! 何か来るわよ! 散財の邪魔をするヤツはカイリキーの刑よ!」
ままむが拳を固めるが、現れたのは敵ではなかった。
それは、背中に「巨大なレジ」を背負った、深海魚のような姿の店員だった。
店員は、泡を吐き出しながら5人に告げる。
『お客様、その商品のお支払いは「お金」ではありません。——皆様の「今日一日の、一番面白かった冗談」を一つずつ、このレジに入力してください』
「ギャグでいいのかよ! それなら俺の出番じゃん!」
えんどーが前に出る。だが、店員は首を横に振った。
『ただし、あちらの「観客席」にいる深海魚たちが笑わなければ、皆様はこの水没都市の「沈没した在庫」になっていただきます』
見上げれば、ビルの窓という窓から、無数の深海魚たちが無表情にこちらを凝視していた。
「……え、これ、滑ったら詰むやつ?」
りばーが冷や汗を流す中、あさまろがふわっと前に出た。
「いいよ、僕がやるよ。……ねえ、みんな、この水没都市で一番『浮いてる』もの、なーんだ?」
あさまろは、深海魚たちの冷ややかな視線を一身に浴びながら、長い手足をゆらりと揺らした。
「答えはね……『僕たちの、お財布の中身』だよ。……だって、みんなで散財しすぎて、中身が空っぽ(からっぽ)で、ぷかぷか浮いちゃってるもん」
一瞬、水底に凍りつくような沈黙が流れた。
えんどーが「うわ、まろのやつ、この状況で一番寒いギャグを……」と顔を覆い、ままむが「カイリキーの刑、確定ね」と拳を震わせる。
だがその直後。
ビルの窓からこちらを見ていた深海魚たちが、一斉に「プクプクプクッ!」と激しい泡を吹き出した。
『合格……合格です! 自虐の効いた、実に乾いたジョ笑(じょわらい)でした!』
レジ魚がそう叫ぶと同時に、深海魚たちの爆笑の振動で水が激しく渦巻き始めた。5人の体は泡に包まれ、一気に水面へと押し上げられていく。
「うわあああ! 助かったけど、これどこに行くのー!?」
みやがわの叫び声が、水流にかき消される。
次に目を開けたとき、5人は理科室の床に転がっていた。
外はすっかり暗くなり、夜の校舎が静まり返っている。
「……はあ、マジで沈没在庫になるところだったわよ。あんた、次あんな寒いギャグ言ったら、数学の公式100個暗記させるからね」
ままむが髪を整えながらあさまろを睨むが、あさまろは「でも、浮いたでしょ?」とどこ吹く風だ。
「おい、見てくれ」
えんどーが指差した先。りばーの机の上には、あの水没都市で手に取ったはずの「ガラスの瓶」が置かれていた。
りばーがそっとその瓶の蓋を開ける。
すると、理科室の喧騒が嘘のように消え去り、深海の底のような、耳の奥がツンとするほど深い静寂が部屋を支配した。
「……これ、最高だ。何も聞こえない。自分の思考の音だけが響いてる」
りばーがその静寂を味わっていると、瓶の底に小さな紙切れが沈んでいるのに気づいた。
ピンセットで取り出してみると、そこには達筆な文字でこう書かれていた。
『【木曜日の予告】明日は、学校全体が「巨大なバザー会場」に変わります。出品されるのは「誰かの隠し事」と「ありえなかった初恋」。お買い求めは、お早めに』
「……学校全体がバザー?」
「誰かの隠し事が出品されるって……それ、私のテストの点数とかバレるんじゃないの!?」
ままむが悲鳴を上げる。えんどーは「隠し事の売買か……。株より変動が激しそうだな」と不敵な笑みを浮かべ、みやがわは「初恋の買い戻しとかできんのかな!」とワクワクし始めた。
あさまろは一人、瓶から溢れ出す「静寂」を耳に当てて、ふわっと笑った。
「ねえ、明日、僕たちの『仲良しの秘訣』も出品されちゃったりして」
りばーはスマホのフリマアプリを立ち上げた。
そこには、明日開催される「木曜裏バザー」の特設会場へのリンクが、赤く点滅しながら表示されていた。
木曜日の朝、校門をくぐった瞬間、5人は息を呑んだ。
いつも通りの校舎の廊下には、無数の「商品棚」が並び、クラスメイトたちが自分の机に不思議なものを並べていた。
「これ、マジで全部『隠し事』じゃん……」
えんどーが指差した棚には、『田中くんが密かに飼っているカブトムシの名前(30円)』や、『学級委員の佐藤さんが夜中に書いているポエム(500円)』といったタグが並んでいる。
生徒たちは、自分の秘密が売られるのを防ぐために買い戻したり、逆に誰かの弱みを買い漁ったりして、教室内は異様な熱気に包まれていた。
「ちょっと! 変なもの出品されてないでしょうね!」
ままむが殺気立って自分たちのクラスのブースへ向かう。
すると、そこには一際大きな人だかりができていた。
人混みをかき分けて最前列に躍り出たりばーが見たのは、黄金の額縁に入れられた、見たこともない「5人の肖像画」だった。
『出品物:【非売品】5人の「絶対に壊れない友情」の保証書』
『価格:0円(ただし、誰か一人が裏切った瞬間に爆発します)』
「……はあ!? 0円って何よ! しかも爆発って、これ呪いのアイテムじゃない!」
ままむが叫ぶ。えんどーも「友情の保証書か。そんなの市場に出回るはずがねえ代物だぜ」と、珍しく冷や汗を流している。
「これ、誰が出品したんだ?」
りばーが周囲を見渡すが、出品者の名前は『匿名希望の神様』となっていた。
すると、その肖像画の中の5人が、昨日アクスタで見た時のように動き出し、あさまろを指差した。
「ねえ、まろ。……君、何か隠してない?」
みやがわが、少しだけ真面目な顔で聞いた。
あさまろは、長い手足を「ふわっと」させて、いつものマヌケな笑顔を浮かべていたが、その瞳は少しだけ揺れていた。
「あー……バレちゃった? 実はさ、昨日の水没都市で僕が拾ったの、ダジャレのヒントだけじゃないんだよね」
あさまろがポケットから取り出したのは、虹色に輝く「古いカセットテープ」だった。
ラベルには、『金曜日のチャイムが鳴る前に、これを放送室で流せ』と書かれている。
「これ、僕たちの『未来の音声』が入ってる気がするんだ。……聴くのが怖くて、ずっと隠してたんだけど」
その瞬間、肖像画が真っ赤に発光し、警告音が鳴り響いた。
『隠し事が発覚しました。友情保証書、爆破プロセス開始。残り時間、24時間』
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! まろが隠してたのは悪気があってじゃないでしょ!」
ままむが肖像画を掴んで揺さぶるが、タイマーは止まらない。
「友情が爆発……? 面白いじゃん。なら、その前にそのテープ、俺たちの手で『放送』してやろうぜ」
えんどーがニヤリと笑い、麻雀牌をパチンと鳴らした。
「どうせ明日が金曜日なら、最高のBGMが必要だろ?」
りばーは考える。
あさまろが隠していた未来の音声。友情の爆発。そして、匿名希望の神様の正体。
すべての非日常が、このテープの一本に収束しようとしていた。
「よし、行こう。……放送室をジャックして、この学校中に僕たちの『未来』を散財してやるんだ!」
金曜日の朝、静寂を切り裂いて放送室のスピーカーが震えた。
「テステス。あー、みんな聞こえる?……未来の僕だよ」
流れてきたのは、今より少しだけ声が低くなった、けれど間違いなくりばーの声だった。
校内中に響き渡るその音声に、全校生徒が足を止める。放送室に立てこもったりばー本人は、スピーカーの前に座り込み、自分の未来の声に耳を傾けていた。
『えーと、今の僕たちに伝えておくよ。友情の保証書が爆発するまで、あと数時間だよね。でも大丈夫。あの保証書の「爆発」っていうのは、物理的にドカンとなるわけじゃないんだ』
ままむがコンソールを操作しながら、「どういうことよ、未来のりばー!」とマイクに向かって叫ぶ。すると、録音された音声がまるで今の叫びに答えるように続いた。
『爆発するのは「友情」そのものじゃなくて、僕たちが自分を縛っている「恥じらい」とか「遠慮」のフィルターなんだ。それが吹き飛んだとき、僕たちは本当の意味で、この世界を遊び尽くせるようになる』
その瞬間、廊下に展示されていた黄金の肖像画がまばゆい光を放ち、粉々に弾け飛んだ。破片はキラキラと光る紙吹雪になり、学校中の生徒たちの頭上に降り注ぐ。
「……あ、なんか体が軽い。ふわっとしてる」
あさまろが放送室の窓から身を乗り出すと、背中にバレーの羽が生えたような錯覚に陥った。
「おい、見ろよ! テープの続きだ!」
えんどーが指差した先、テープからは5人の笑い声と、さらに「新しい登場人物」の声が混ざり始めた。
『さあ、準備はいい? これから「土曜日」が始まる。でも、これはただの土曜日じゃない。……僕たちが、この現世そのものを「非日常のテーマパーク」に書き換える記念日だ』
音声が切れると同時に、放送室のドアが勢いよく開いた。
入ってきたのは、いつもは厳しい担任の先生でも、ましてや『神様』でもなかった。
そこに立っていたのは、「未来の5人」が共同経営しているという、謎の通販サイトの配達員だった。
「注文された商品をお届けに上がりました。……商品名は『現世を書き換える、特大のクラッカー』です」
配達員が手渡したのは、金色の巨大なクラッカー。
りばーはそれを受け取り、仲間たちと顔を見合わせた。
「みんな、準備はいい? これを引いたら、もう『普通の高校生』には戻れないよ」
「当たり前じゃん! 最初から普通じゃないわよ、私たち!」
ままむが笑い、みやがわが叫び、えんどーがダイスを振る。
あさまろが「ふわっといこうよ」と手を添えた。
りばーが思い切り紐を引く。
パーーーーン!
校舎全体が巨大なギフトボックスのように解体され、青空の下に、5人がこれまで散財し、夢見てきた「最高の非日常」が現実となって溢れ出した。
放課後は、ここからが本番だ。
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パラにて