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「菊!」
其処にいたのは、来週に軍への入隊を控えたヨンスさん。すっかり短く刈り上げられ、 丸坊主になったその髪型に、私は目を見開いた。
「何か…………すっきりしましたね」
「軍人は坊主が基本なんだぜ」
「私には……高校野球の選手にも見えます」
「それが球児じゃないんだぜ。ネクセン・ヒーローズは好きだけど」
寧ろ俺はテコンドーの人なんだぜ、と、足を高く上げて技を披露するヨンスさん。坊主になっても、彼はやっぱり格好良い。
「決まりとはいえ、その髪型も充分似合ってますよ」
「そうか?というか、こんなに短くしたのは初めてなんだぜ。チンチャ、スースーするんだぜ」
折角だから触ってみるか?と私の手を取るヨンスさん。試しに頭に触れると、少しばかり硬い毛先がチクチクと刺さる。まるでたわしだ。
「これだけ刈ったら、頭を洗う時大分楽でしょうね」
「それは俺も思うんだぜ。拭くだけですぐ乾くし。でも、つまんないんだぜ」
「つまらない?何故です?」
「これでも髪のセットとか楽しんでたからな。それに……」
ヨンスさんは、そのまま私の体を抱き寄せた。
「好きだったからさ……ふとした時に、お前に髪を触られるのが」
「ヨンスさん…………」
二人きりでいる際、私は時折、ヨンスさんの髪を撫でることがあった。清潔なシャンプーの香りがして、しなやかで艶やかで、綺麗なそれ。そしてキスをする度に、 私の頬をくすぐるそれ。
それを撫でる行為は、直接愛の言葉を伝えることが苦手だった私にとって、まだ素直に出来たヨンスさんへの愛情表現でもあった。彼のことが好きだから。それ故に彼の髪も、好きだったから。
「…………菊」
「ヨンス、さ…………んん」
ヨンスさんが顔を近付け、私に口付ける。髪が頬に触れないのが少々寂しかったが、 それ以上の甘やかな空気が、私の心をやんわりと包み込み、愛しい気持ちをくすぐった。
私はうっとりと目を閉じながら、もう一度刈り上げた彼の頭に触れた。さっきと同じチクチクした感触に、ふわりとあのシャンプーの香りが鼻を掠めた。
貴方が兵役に行ってしまえば────この先暫くは、味わうことの出来ない感触。貴方が貴方であるという、感触。
行かないで、なんて、そんな我儘は言えなかった。全ては決まっていることだから。
漸く唇が離れ、目を開く。刹那、頬を一筋の涙が伝うのを感じた。ヨンスさんはそんな私の目を優しく拭い、こう言った。
「除隊して戻って来たら……お前のためにまた伸ばすんだぜ、髪」
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