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30XX年、世界は滅んでいた。
人はほとんどいなくなり、代わりに現れた“化け物”が、音や匂いを頼りに人間を探し回っている。
そんな世界で、私たちは生きていた。
「ねーちゃん!待ってってば!」
廃墟の中を走り回る弟の声に、私は慌てて振り返る。
「ゆうま、静かにして。声出すと危ないって言ったでしょ」
「だってさー、ここ安全そうじゃん!」
「“そう”ってだけでしょ。絶対じゃない」
口ではそう言いながらも、少しだけ笑ってしまう。
こんな世界でも、ゆうまは変わらない。
元気で、わがままで、でも――大切な弟だった。
「まあまあ、あゆみ。大丈夫だよ」
後ろから、穏やかな声がする。
「ここはしばらく使われてないみたいだし、化け物の気配もない」
けんとさんは、いつも落ち着いている。
私たちより少し年上で、何でも知っていて、何でもできる人。
「ね!けんと兄ちゃんもこう言ってるじゃん!」
「……もう」
結局、私はため息をついて折れる。
こういう時、ゆうまはずるい。
けんとさんに味方されると、私は何も言えなくなる。
その日の夜。
小さなランタンの明かりの中で、私たちは缶詰を分け合っていた。
「これ、あゆみの分」
けんとさんが、私に少し多めに食料を渡してくる。
「え、いいですよ。ゆうまにあげてください」
「いいのいいの。あゆみはちゃんと食べないと」
「でも――」
「お姉ちゃんはいっぱい食べなきゃダメなんだよ!」
ゆうまが口を尖らせる。
「ほらね」
けんとさんは笑った。
その笑顔は、どこまでも優しくて――
少しだけ、居心地が悪かった。
「ねーちゃん」
ふと、ゆうまがぽつりと呟いた。
「ハンバーグ食べたいな」
その言葉に、手が止まる。
「……久しぶりに聞いたね、それ」
「だってさ、食べたいんだもん」
「こんな世界で何言ってるの」
そう言いながらも、少しだけ胸が締め付けられる。
「お母さんのやつ、めっちゃ美味しかったよね」
「……うん」
自然と、笑ってしまった。
「柔らかくて、ちょっと甘くてさ」
「上にかかってるソースがさ!」
「そうそう、それ!」
しばらく、三人でその話をした。
まるで、何も失っていないみたいに。
――その数日後。
ゆうまが、倒れた。
「ゆうま!?」
「……ねーちゃん……さむい……」
熱がある。
体が震えている。
呼吸も浅い。
「大丈夫だよ、すぐ良くなるから」
そう言いながら、手が震えていた。
大丈夫じゃない。
そんなこと、分かってる。
「病院、行こう」
けんとさんが静かに言った。
「まだ使える場所があるかもしれない」
「でも、そんなの――」
「このままだと、助からない」
その一言で、何も言えなくなった。
そこからの道のりは、地獄みたいだった。
音を立てないように歩き、化け物を避け、息を潜めて進む。
何度も、何度も死にかけた。
それでも――
「ゆうま、大丈夫だからね」
私は、手を離さなかった。
ようやく辿り着いた病院は、ほとんど壊れていた。
でも、まだ使える設備が残っているらしい。
「僕がやる」
けんとさんは迷いなく言った。
「大丈夫、こういうのは慣れてる」
「……本当に?」
「うん。信じて」
その言葉に、私は頷くしかなかった。
「ねーちゃん」
手術室に入る前、ゆうまが弱々しく笑った。
「治ったらさ」
「うん」
「ハンバーグ、食べに行こうね」
喉が詰まる。
「……うん。絶対行こう」
私は、お守りを握らせた。
青い、小さな布。
『おまもり』って書いてある、あの子のお気に入り。
「これ、持ってて」
「ありがと」
ゆうまは、それを握ったまま――
手術室に入っていった。
どれくらい時間が経ったのか分からない。
ただ、ずっと待っていた。
祈ることしかできなかった。
「……あゆみ」
扉が開いて、けんとさんが出てきた。
その顔を見た瞬間、分かってしまった。
「……助からなかった」
頭が、真っ白になる。
何も聞こえない。
何も考えられない。
ただ――
終わったんだ、とだけ思った。
その後のことは、よく覚えていない。
気がつくと、目の前に皿があった。
「食べなよ」
けんとさんが、優しく言う。
「ちゃんと食べないと、体がもたない」
皿の上には、ハンバーグがあった。
湯気が立っている。
いい匂いがする。
「……すごい」
思わず、呟いた。
「料理、できたんですね」
「まあね」
けんとさんは、少しだけ笑った。
「昔、やってたから」
一口、食べる。
柔らかい。
温かい。
少し甘い味。
「……おいしい」
思わず、そう言っていた。
涙が出ているのに、それでも。
「……お母さんのに、似てる」
自分でも、何を言っているのか分からない。
ただ、食べ続けた。
空っぽになった心を埋めるみたいに。
その時。
――コリ。
違和感。
何か、硬いものを噛んだ。
肉じゃない。
ゆっくりと、口から取り出す。
小さな、布。
青い色。
「……あ」
そこに書かれていた文字を見て、息が止まる。
『もり』あのおまもりの”もり”の部分
手が震える。
理解が、追いつかない。
いや、違う。
理解したくないだけだ。
どうして。
どうして、これがここにあるの。
どうして、ゆうまを見せてくれなかったの。
どうして――
「……けんと、さん」
声が、震える。
少しの沈黙。
それから。
くすり、と。
笑った。
「やっと」
ゆっくりと、こちらを見て。
「二人っきりになれたね」