テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
放課後の図書室は、陽の光が静かに差し込んでいて、紙の擦れる音とページをめくる小さな気配だけが満ちていた。
棚の向こう側に、誰かの姿が見えた。
少し長い髪、横顔のライン、
そして、まぶしすぎない光の中にいる、どこか夢に似た空気。
(……あの子に、似てる人だ)
そう思っただけだったのに、
口から自然に、言葉がこぼれた。
「……すみれ?」
その子が本を閉じて、顔を上げた。
視線が合った。
一瞬の沈黙。
でもその目は、驚くでもなく、不思議そうでもなく、
ただ、やさしく見返してきた。
そして、ふわりと笑った。
「……私のこと?」
戸惑って、何も言えなかった。
だけど、否定する気にもなれなかった。
その子は少しだけ首をかしげ、
窓の方を見やって、光の中でこう言った。
「いいね、その名前。気に入ったかも」
小さな声だった。
でも確かに届いた。
まるで、その名前で呼ばれるのをずっと待っていたかのように。
私は黙ってうなずいた。
その瞬間、胸の奥で何かが――
夢と現実をつなぐ細い糸のようなものが、そっと結ばれた気がした。