日帝サイドです。だいぶご都合感強いですがご愛嬌。何よりも次に時間を使いたいものでして……
「……」
『こちラになりまス。どうゾごゆッくり』
この人形の声を聞いて分かった。日本語が怪しいのだ。
そういえば、挨拶の時も”す”の発音が少しおかしかった気がする。挨拶してからずっと話していなかったのは、違和感に気付かせないためか。
ならば、乗ってやろう、その芝居。
「…なあ、ひょっとしてお前は……空、なのか?」
『……よクわかッたね。そうダよ、ぼク、くうダよ』
虫唾が走った。その顔で、その声で、その姿で、偽物の癖に、その名を名乗るな!!
「やはり……体は大丈夫なのか、あの◇◇◇◇に何かされてはいまいか?怖かっただろう、すぐ助けてやる」
『………………』
返答がない。一体どうしたんだ?もしかして、俺の演技がわざとらしすぎたのだろうか。
『ごめン、よクきこえなかッタなぁ』
その言葉で腑に落ちた。こいつ、長文だと理解できないのだ。日本国民である俺たちの前に出してきたにしては驚くほど稚拙なつくりだ。
「いや、何でもない…」
『そウ?ならよかッタな』
「なあ、海は何処に居るんだ?」
『カイにいはネぇ、まタべつのばしョにいるんダヨ、あンないしテあげヨうか?』
「ああ、頼む」
『わかッタ!じゃあつイてきテ!』
空の後に続いて、果てしなく長い廊下を歩く。
窓から見えるのは豊かすぎる色彩のバラ園と背の高い針葉樹林のみ。ただ、まだ猶予はたっぷりありそうだというのは理解できた。
『あシもと、きヲつけテね』
言われて下を見ればそこにもまた、長い階段が続いていた。
そして、その先には……先程から見ている、生体反応があった。
(俺を捕らえる気か。此方としては好都合だが…どう出てくるか。)
果てしなく長い階段を降りた先には、想像を絶する光景が広がっていた。
『カイにいはコこにイるヨォ』
空そっくりの顔が醜悪に歪む。その視線の先にあったのは、新品だった軍服を赤い血と汚れで染めた弟達の姿だった。
「なっ……!!」
生きているのは分かるものの無事とは言えない二人を見せられ理性の糸がぷつりと切れる。
「この野郎……ッ!!!」
掴みかかろうとするも、抵抗虚しく二人の居る格子戸の中に押し込められ、その戸も高い音を響かせて閉じられる。
『アハッ、じゃア、どうゾごゆッくリ!!!』
偽物はスカートの裾を汚れないように綺麗にさばきながら階段を登って行った。
「っつ………海、空、大事はないか?」
受け身を取り損ねて痛む腕を抑えて問いかけるが、返事はない。
「……?」
すると、海が動き、指を噛んで血を出すと、その血で床に文字を書いた。
『いきを すうな どくがすだ』
その文字に驚き息を止めるがもう遅い。
身体全体を痺れのようなものが駆け巡りまともな思考を奪っていく。
(くそ……やはり一筋縄ではなかったか………!)
身体は毒に慣れているが、このガスは相当強いらしく全く歯が立たなかった。
意識が遠のきかけた、その時。
ちりん……
軽やかな鈴の音が、鳴り響いた。
その清廉な音が体中に澄み渡り、思考がはっきりしてくる。
「……?」
なんだかわからないが、助かった。息を大きく吸ってみるが特に体に不調はない。もうガスの効果は無くなったようだ。
「海、空!大丈夫か」
肩を叩いて呼び掛けると、空が大きく息を吸った。
「ぷはぁ……っ!やった、息が吸える~!!」
「こんなに新鮮な空気は何時振りだろうか!」
吸っても問題ないと分かるや否や急に饒舌になって喜び勇む二人を見て、いつもの様子だと安堵の息を吐いた。
「よくわかんないけど、ありがとう、陸兄ちゃん!」
「俺は何もしていないのだが……」
身体を伸ばすために立ち上がると、懐でちりんとあの鈴の音に似た音が鳴った。
「…?」
覗いてみると、にゃぽんから貰った鈴だった。鳴らしてみると、涼やかな音が鳴って辺りが浄化された様に思えた。
「その鈴のおかげか?」
「恐らくは……妹のものだ」
「妹が居るのか?」
「えぇっ、僕たちに妹がいるの?!弟は知ってるけど……」
「ああ、だから、早く帰って会おう。」
その言葉を言うと、弟たちは深く頷き、顔をあげる。顔つきが変わった。深い、信念を湛えた眼差しだった。
「ああ、そうだ、抜け出すならさ、あの人たちも呼ぼうよ!」
「そうだな、置き去りというのも良くないし」
「…?まだ居るのか?」
どうやら残りの二つの生体反応はこれだったらしい。案内されるがままに向かうと、壁に穴が空けられていて通路になっていた。
「これ、頑張って二人で掘ったんだよ!」
執念に驚きしかない。
「もう直に出られそうですよ、ソヴィエトさん、ナチスさん」
その名前に開いた口が塞がらなくなる。
通路の奥を覗けば、なるほど確かにソヴィエト連邦と先輩…ナチス・ドイツそのものだった。しかし、では、俺が今まで旧国街で見て来た二人は何なのだ?
「お、日帝か……なんだってここに?」
「海と空を助けに。とある情報筋から、海と空がここにいると聞きつけたもので。…ですが、先輩とソ連がいるとは思いませんでした」
「だろーなぁ……向こうには、俺達そっくりの偽物が闊歩してやがる。本当に驚くほど似通ってるぜ」
「ああ…常にウォッカを飲んでいるあたりも俺と一緒だ。」
「お前は飲めなくて残念だったなぁ」
「帰ったら飲むからいいんだ」
「全部俺が飲んでやるよ」
「やってみろ、下戸が」
「こんな時に喧嘩は止めて下さいよ、まったく……」
海が大きくため息を吐くと二人はバツが悪そうに口をつぐんだ。
「で、陸、どうやって出るつもりなの?」
「ああ、この屋敷から出られればあとは国連が手配した人が案内してくれるらしいのだが……」
地下に監禁されているというのはまあ想定通りなのだが、問題はここが正門近くだという点だ。門番に気が付かれる可能性が高い。
無論、それも考えて、移動用の巻物を3つ携帯してきた。しかし……
「二人、ここに残らなければなりません……」
「ああ、それなら俺たちはここで構わないぜ。」
「ナチスお前?!」
「こんないなくても困らない俺らより、家族の待っている兄弟二人と日帝を優先した方がいいに決まってんだろ」
「だが……」
渋るソ連をナチスがどうにか説得する。
「言っておくが、これはお前たちを信頼しての言葉だからな。そのまま放置とかすんなよ」
先輩、その顔は完璧に放置してもいいという顔ですよ……
「当然、また助けに来ます。」
「ああ、助かる。」
巻物の紐を解こうとしたところで、ふと、思い至る。
「そうだ、先輩、これを」
懐の鈴を取り出し、先輩の手に渡す。
「…これは?」
「先程、毒ガスに対して効果を発揮してくれたものです。これ単体で使えるかはわかりませんが、少しは力になるかと」
ここまで来て、希望を持たせてしまった以上、救わないわけにはいかない。
「…Danke」
先輩は今日一番の顔で微笑んだ。
それを見て、俺たちも巻物を開く。
鈴の音に見送られて、視界が真白く染まっていった。
『……どうも、こんにちは、国際連合より遣わされました、に……っ、失礼、Nと申します。僅かな間では御座いますが、お見知り置きを。』
移動した先に居たのは、狐の面を目深に被り、スーツに身を包んだ人物だった。
声すらも術か何かで変えているらしく、顔も見えないので当然に何者かは分からない。
『では、ご案内致します』
しばし、無言の時間が続く。
最初に口を開いたのは、空だった。
「ねえ、僕たちが捕まってたところにナチスとソ連もいたんだけど……」
『ええ、それに関しては聞き及んでおります。後程、保護に向かいますのでご心配なく』
「それは、私も行こう」
鈴まで渡したのに、肝心な救出を他人に任せてどうするというのだ。
『……承知致しました。ただ、おお……失礼、大日本帝国殿はあまり時間が残されておりません故、向かうなら今からがよろしいかと。これに備えて、巻物を人数分ご用意して御座います』
渡されたのは二つの巻物。先程使ったものと変わった点は無いように思えるが、片方は少し分厚い気がした。
「これだけで足りるのか?」
『はい。先日、大容量化に成功しまして、これ一つで最大5人の移動が可能で御座います。薄い方の巻物はここから先程の場所まで戻るのにお使いください。』
「随分、用意周到だな。都合が良すぎるだろう、あまりにも」
『それは、他ならぬおと……江戸殿の頼みですから。』
それにしてもこの人物はよく噛むな。若干不自然に思いながらも、巻物を解いた。
先程と同じように、一瞬で辿り着く。
「なっ、早いな、日帝……」
「思ったより簡単に巻物が入手できたもので。さあ、行きましょう」
「ああ、そうだな。ソ連?」
「……ぐが~……」
「…寝てやがる、この大事な時に……まあいい、巻き込んで連れていくぞ」
「ええ。」
『無事、対象計四名の救出及び保護が完了致しました。』
ジジジ…と、時折雑音を立てながら手元のトランシーバーが話す。
[了解した。それにしても巻き込んでしまって誠に申し訳ない。]
『いえ、大した問題ではありません。それに何より、私も兄たちと話してみたかったものなので。』
[そちらが良いなら問題はないが……残る仕事はあと一つ。引き継ぐこともできるが、どうするつもりだ?]
『勿論、やり遂げますよ。島国だからと舐めないでください、連盟殿』
[それは上々。では、掛かろうか。]
『ええ』
狐の面を一度外し、大きく息を吸う。
「日本国の名に懸けて、必ず」
[健闘を祈る]
面を被り直すと、真っ直ぐ屋敷に向かって歩を進めた。
Next…♥700
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