テラーノベル
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「お父さん、お母さん、ちょっといいかな?」
晩ご飯と後片付けが終わったあと、リビングにいたお父さんとお母さんに声をかけた。
私はラグの上に正座する。
ソファに座っていたお父さんとお母さん。
「何だ?」
「どうしたの?何かあった?」
2人がニコニコしながらそう聞いてくる。
私が話をしたら、この笑顔も消えるんだろう……。
怖い……。
でも話さなきゃいけない。
「2人に話があるの……」
私の言葉に、さっきまでニコニコしていたお父さんとお母さんの顔から笑顔が消えた。
「話って?」
「何?」
2人とも不思議そうな顔で私を見る。
「うん……えっと……あのね……」
私はそう言うと、2人の顔を見た。
「これから話すことを、何も言わずに最後まで聞いて欲しいの……」
「えっ?」
と、お父さん。
「ちょっと何?」
と、お母さん。
私は2人の顔を見て、深呼吸をした。
そして……。
「あのね、えっと……私ね……今、妊娠してるの……」
「えっ?」
私の突然の告白に、お父さんは時が止まったかのようにそう言ったまま目を見開いて固まってしまった。
「妊娠?ちょ、ちょっと!雪乃?嘘でしょ?」
「今日、病院に行って来た。11週だって」
最後まで黙って話を聞いて欲しいなんて、無理なお願いだとわかっていた。
「11週って、まさか……」
お母さんは妊娠経験者だけあって、11週が妊娠何ヶ月かわかり、それが誰の子かもかわったみたいだった。
だから私はコクンと頷いた。
だんだんと目を見開いていくお母さん。
「い、いやぁぁぁぁ!!!」
発狂したようにそう叫び、頭を左右に振っている。
お父さんがお母さんを落ち着かせるためにギュッと抱きしめる。
「何で?ねぇ、何で?何でよぉぉぉ!!!」
泣き叫ぶようにそう言うお母さん。
「ゴメン、なさい……」
「雪乃?それは、つまり……」
お父さんはそこまで言って言葉を切った。
聖夜さんが無理矢理、そういう関係に持っていったと思ったんだろう。
「違う……私は彼を……」
私はお父さんとお母さんに全て話をした。
聖夜さんを好きになってしまったこと。
私から望んで、そういう関係を持ったことを……。
「雪乃?嘘よね?本当は無理矢理ヤられたんでしょ?そうでしょ?ねぇ、雪乃?」
お母さんはお父さんから離れると、私の側に来て両腕を掴みそう言いながら私の体を前後に揺すった。
「嘘じゃないし、無理矢理ヤられてもない」
「お母さん、落ち着け!」
お父さんはそう言って、お母さんから私を離す。
「落ち着けるわけないでしょ!」
お父さんにそう叫ぶように言ったお母さん。
「雪乃、明日、病院に行きましょう。ねっ?」
「いや……」
お母さんは堕胎させるために病院に行こうって言っ出るんだ。
そんなこと絶対にいや。
私はお腹の子を産むって決めたんだ。
「雪乃?雪乃はどうしたいんだ?」
お母さんとは対照的にお父さんは冷静で、静かな口調で私にそう聞いてきた。
「産みたい……」
お父さんは私の答えはわかっていたと思う。
だけど私の口からそう聞いて、お父さんの口から溜息が漏れた。
「なぁ、雪乃?人を産み育てることは簡単なことではないんだ……」
「わかってるよ……そんなこと……。でも私は産みたいの!」
「雪乃?ストックホルム症候群って知ってるか?」
ストックホルム症候群?
聞いたことない名前に私は首を左右に振った。
「監禁事件や誘拐事件で被害者が犯人と長時間過ごすことで、犯人に同情や好意を抱くこと……。雪乃はそれなんだよ……」
「違う……違う……」
私は激しく首を左右に振った。
お父さんの言ってることは当たってるかもしれない。
だけど、それを認めたくない自分がいた。
「それに、雪乃のお腹にいる子は普通の子じゃないんだよ」
「えっ?」
「犯罪者の子だ」
お父さんにそう言われて、胸がドクンと鳴った。
「その子が大きくなって自分の父親のことを聞かれた時に何て答えるんだ?堂々と答えられるのか?」
「それは……」
私はお父さんから目を逸らした。
「今はインターネットが普及して、何でも調べられる時代だ。今回の事件も一生残る。もしその子がインターネットで調べて、自分の出生の秘密を知る日が来るかもしれない。自分で調べなくても周りが調べて、その子に教えるかもしれない。そうなったら、その子は生き辛さを感じるようになるかもしれない。なぁ、雪乃?一時の感情で物事を決めるのは良くない。産んだあとに後悔しても遅いんだぞ」
「それでも産みたいの!産まなかったことを後悔するよりいい!」
「雪乃……」
お父さんは溜息交じりに私の名前を言った。
「雪乃、まだ遅くないから。ねっ?だから病院に……」
お母さんは泣きながらそう言ってきた。
「私は産みたいの!中絶するなんて考えてない!」
「雪乃!いい加減にして!あなた、わかってるの?お腹の中にいる子は犯罪者の子なのよ!」
「わかってる!それでも産みたいの!彼との子供が出来たことは後悔していない。私がこの子を守る!絶対に!」
そう言った私の目に涙が溜まり、それがポロポロと落ちていく。
口をギュッと結び、声を出して泣きたいのをグッと我慢していた。
「私は、お父さんとお母さんに絶縁される覚悟で話をしたの。だから何を言われても私の気持ちは変わらない。私と親子の縁を切るって言うなら、それでも構わない。出て行けと言われたら出て行く」
私はお父さんとお母さんの目を見てそう言った。
「…………わかった」
しばらくの沈黙のあと、お父さんがポツリと呟くようにそう言った。
「産みなさい……」
「あなた!?」
お父さんの言葉にお母さんが叫ぶようにそう言った。
「お父さん、ありがとう!」
お父さんは産むことを許してくれた。
でも……。
「私は許さないから!産むことには絶対に反対よ!」
お母さんはそう言って、泣きながらリビングを出て行ってしまった。
リビングのドアを見つめる。
お母さん、ゴメンね……。
お母さんが反対する気持ちもわかる。
だけど、私は聖夜さんとの子を産みたいの。
「雪乃は何も気にしなくていい」
「お父さん……」
「お父さんがお母さんを説得するから」
「ゴメンなさい……」
「もう休みなさい」
お父さんはそう言ってリビングを出て行こうとした。
「お父さん!」
リビングを出て行こうとしたお父さんを呼び止める。
「ん?」
振り向いたお父さん。
「私、この家を出て行くね……」
「えっ?」
目を見開き私を見るお父さんは、しばらくして我に返り、私の側に来た。
「お前、出て行くって、どこに?」
「友達のとこ」
「友達?友達って、学校のか?」
「ううん」
私はお父さんにレイナさんのことを話した。
どういった経緯で知り合ったのかも。
全て包み隠さずに。
「その友達がね、言ってくれたの……」
「何て?」
「親に絶縁される覚悟で全て話せって」
「そっか……」
「お父さんとお母さんに許してもらえるなんて思ってなかった」
「うん……」
「だけど、お父さんだけ産むことを許してもらえて嬉しかったよ……」
「うん……」
お父さんの目に涙が溜まっていた。
お父さんが泣くところなんて初めて見た。
「お父、さん?」
「ゴメンな……何か、雪乃が強くなったなぁと思ったら泣けてきちゃってな……」
そう言って手で涙を拭うお父さん。
「私は強くなんかないよ……」
私の目からも涙がポロポロと落ちていく。
全然、強くなんかない。
「いや、お前は強いよ……。どんなに反対されても産みたいって気持ちを曲げなかった」
お父さんはそう言って、泣き笑いの顔で私を見た。
その日の夜にレイナさんちに行くことにした。
簡単に荷物をまとめ、お父さんに車でレイナさんの家まで送ってもらうことにした。
ボストンバッグを持って、部屋を出た。
お父さんとお母さんの寝室の前。
中からお母さんの啜り泣く声が聞こえてきた。
「お母さん?」
ドア越しに声をかけるけど、返事はない。
「お母さん、ゴメンね……」
そう言って、寝室の前を通り過ぎた。
ーーいつかわかってくれる日が来るよ。
お父さんはそう言っていた。
階段を下りる前、もう一度、寝室の方を見た。
お母さん、ゴメンね……。
私は心の中で、もう一度、そう言って階段を下りた。
レイナさんが住むマンションの前に着いた。
「雪乃、これ……」
お父さんは私に封筒を差し出してきた。
「何、これ?」
「生活費。また足りなくなったら言ってくれたら渡すから……」
「えっ?いいよ……貯金もあるし……」
「貯金は何かのために取っておきなさい」
お父さんはそう言って、現金の入った封筒を無理矢理、私のカバンに入れて来た。
「ありがとう……」
私はお父さんに頭を下げた。
「じゃあ、行くね……」
シートベルトを外して、車のドアを開ける。
「待って!お父さんも一緒に行く」
「えっ?」
「雪乃が世話になるんだから……。親として挨拶しとかないとな」
「うん……」
お父さんは車のエンジンを止めた。
私とお父さんは車から出た時、レイナさんがマンションのエントランスから出て来るのが見えた。
レイナさんちに行く前に連絡したから、多分、迎えに出て来てくれたんだと思う。
私とお父さんを見て、驚いた顔をしていた。
私1人で来ると思っていたから、隣に知らない中年のオジさんがいる事に驚いたんだろう。
「レイナさん、私のお父さん……。ここまで送って来てくれたの……」
私がそう言ったらレイナさんの顔に笑顔が戻った。
「雪乃の父です。あなたのことは雪乃から聞きました。娘が大変お世話になったみたいで……」
「とんでもないです!雪乃ちゃんは私の大切な友達から……だから当然のことをしたまでで……」
「雪乃のこと、しばらくの間、お願いしてもいいでしょうか?」
「はい!それは大丈夫ですよ!」
「ありがとうございます」
お父さんはレイナさんに頭を深々と下げた。
「何かあったら連絡して頂ければと思います」
お父さんはそう言って、レイナさんに名刺を渡した。
それを受け取るレイナさん。
「では、わたしはこれで……失礼します……」
お父さんが再び頭を下げて、車に戻ろうとした。
「お父さん!」
私はお父さんの側に駆け寄る。
「お父さん、ありがとう……」
「いや……。困ったことがあったら、いつでも連絡して来い」
「うん」
「じゃあな……」
「うん」
お父さんは私の頭をポンポンとすると、車に乗り込んだ。
笑顔で手を振り、車を出したお父さん。
お父さんの車が見えなくなるまで、その場に立ってお父さんを見送った。
レイナさんの部屋に入り、私はレイナさんに家であったことを話した。
それを黙って聞いていたレイナさん。
「お父さんは最後は折れてくれたけど、お母さんは最後まで許してくれませんでした。お父さんがお母さんを説得すると言ってましたが……」
そう話したあと、レイナさんは私の側に来て、私をギュッと抱きしめた。
「よく頑張ったね」
そう言って、私の体を少し離すと、頭を優しく撫でてくれた。
レイナさんの優しさが嬉しくて涙がポロポロとこぼれ落ちた。
「雪乃ちゃん、私がいるから大丈夫だよ。それから雪乃ちゃんのお父さんも。雪乃ちゃんのお母さんもわかってくれる日が必ず来るから……」
「……はい」
「雪乃ちゃんはお腹の子のことだけ考えてね」
「はい。レイナさん、しばらくお世話になります……」
私はレイナさんに頭を下げた。
「しばらくだなんて。ずーっといてくれていいんだからね!私ね、雪乃ちゃんと赤ちゃんを育てるのを今から楽しみにしてるんだ!」
レイナさんはそう言ってニッコリと微笑むと、私のお腹にそっと手を当てた。
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