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絶体絶命の危機とは、正にこの現状の事を云うのだろう。
だが何時まで経っても、その長巻が振り下ろされる事は無かった。
「……何のつもりだ?」
ルヅキのその言葉は、倒れたユキへ向けられたものでは無い。何故なら彼の前には、それを庇う様にアミとミオの二人が、刃を向けて立ちはだかっていたのだから。
ルヅキは警戒している訳でも無く、二人の前から少しだけ距離を取る。
「お前達が代わりに闘おうというのか? 無意味な事は止せ。次元の違いが分からん訳でもあるまい」
臨界突破者の中でも更に高位の存在である、臨界突破第二マックスオーバーレベル『200%』超えのルヅキ。その危険度指数は“最上位に近いSSランク”へと区分されている。
通常レベル50~60台のアミとミオが、そのレベルの者と闘う事がどういう事を意味するのか。それは鼠がライオンと闘うにも等しい無謀な行為。否、そう云った対象の次元さえ超えているだろう。
ルヅキが二人に“無意味な事は止せ”と言ったのは、何も結果が明らかである事だけでは無い。彼女にとってアミとミオの二人は闘う処か、最初から排除の対象にも入っていない事を意味していた。
「確かに私達では、貴女の足下にも及ばない。無駄な事だってのも分かってる……」
それでもアミは退く事無く、はっきりとルヅキを見据えて。
「それでも……このままユキが殺されるのを、黙って見ていられない!」
その想いの意思表示をルヅキへ向けるのだった。
「そういう事。正直怖いけどね……」
ミオもそれに呼応する。だが二人共、その身体は小刻みに震えていた。
それでも退かないのは、それだけの覚悟を以ての事。それは生半可な覚悟で、戦地に赴くユキに、共に着いてきた訳では無い事を意味していたのだから。
「成る程な……良い覚悟だ。だが無謀と覚悟は違う。確かに私のダメージも相当なものだが、それでもーー」
ルヅキは手に持つ長巻をゆっくりと二人へと向け、その紅き瞳を以て問い掛ける。
“本当に私と闘うつもりなのか?”
口には乗せない確かなその殺気に、アミとミオは僅かに後退りしそうになる。
闘わなくてもその殺気だけで、その差が歴然としている事を二人は感じていた。
“怖い”
“勝てる訳が無い”
それでも退けない、退いてはいけないーーと。
「まっ……待ってください!」
突如割り込む様に、そのか細い声が響き渡る。
「えっ!?」
アミはその声に振り向き、思わず目を疑った。
其処には右手の刀を支えに、それでも必死に立ち上がろうとしているユキの姿があったのだから。
「ユキ!?」
「ちょっーーちょっと無茶よ!」
二人はすぐにユキの下へと駆け寄っていた。その深手を負っていた小さい身体は、まともに闘える状態では無い事は明らか。
「こっ……これは私とルヅキの尋常の勝負。何人たりとも……手出しは不要です」
それでもユキは気丈にもそう、立ち上がるのだった。
「その身体で立ち上がるとは、見上げた精神力だな……」
その姿にルヅキは褒め称える様に口を紡ぐ。だが驚きは無い。寧ろ、それを待っていたかの様にさえ伺える。
「貴女程ではありませんよ……ぐっ!」
立ち上がったまではいいが、ユキの身体は支えが無ければ今にも倒れそうだ。
肋骨の骨折に腹部裂傷の重症。闘う処か、今立っている事さえ不可能に近い。
「この状態で闘うなんて無茶よユキ!」
アミは倒れそうなその身体を、支える様に抱き止め咎める。
「分かっています……。でも彼女とだけは、絶対に私一人で闘わなければならない……」
ユキはそうゆっくりとアミを押し退ける様に、そしてルヅキをしっかりと見据えていた。
「ユキ……?」
“絶対に闘わなければならない、どんな理由があるというの?”
アミはふと疑問に思う。その因果関係を。
「ルヅキ……貴女は、やはりあの方の?」
その因果の確信を得るかの様に、ユキはルヅキへそう問うのだった。
“あの方?”
ユキのその問いに、暫しの刻が止まる。
「気付いたか……。確かに、お前に倒されたアザミは私の兄だ……」
止まった刻を動かすが如く、ルヅキはゆっくりとその想いを綴んでいく。
「そして、お前はその仇」
そうはっきりと、闘う理由を明らかにするルヅキ。
だが“兄の仇”と銘打った割には、不思議とその声色に憎悪を感じられなかった。
「えっ? アザミって……じゃあこの人は!」
アミはその事実と、思い起こされる過去の記憶の因果との一致に、驚愕の声を上げていた。
「やはり……。そうではないかと思っていました」
だがユキは特に驚く事無く、むしろ疑問が確信に変わった瞬間の事。
初めてルヅキを見た時から抱いていた既視感。その姿形だけでは無く、その信念まで何処か通じるものを感じていたのだから。
「アザミ……って誰?」
聞き覚えの無い名前にミオが疑問を口にするが、勿論彼女が知るよしも無い。
「あの人と同じ、狂座の当主直属の一人。ミオが帰ってくる以前にユキと闘った……」
アミにとっては忘れられる訳が無い。その闘いの後、ユキは死の淵をさ迷う事になったのだから。
「敵討ちなら……この勝負、何があっても私は避けてはいけません!」
ユキの言うそれは責務に近いもの。天晴れ敵討ちさせてやるつもりは毛頭無いだろうが、逃げるつもりも赦しを乞うつもりも無い。
ユキは再び刀を構え、ルヅキを見据え対峙する。
どんな理由や状況下だろうが、敵討ちの本懐から退く事は許されない。そして敵討ちが世の習わしなら、返り討ちもまた習わしなのだから。
気丈にもそう立ちはだかるユキを前に、ルヅキは少しだけ微笑し、ゆっくりと口を開く。
「確かに……お前は私の憎き仇。必ず仇は取ると……最初はそのつもりだった」
それは明らかな過去形として。
“最初は?”
ルヅキはゆっくりと、その思いの丈を綴っていく。
「お前と闘っている内に分かった。お前程の者に敗れたのなら、アザミも本望だったろう……と。私も……お前の強さと精神力に、感服していく自分がいたから」
それは闘った者にしか理解出来ない、敵味方の概念を越えた感情か。
「アザミは……強かった。そして尊敬にも値した。もし……ただ殺す事のみに専念していたのならば、私は間違いなく敗れていたでしょうね……」
ユキもその想いを正直に綴っていく。
アザミはかつて敵で在りながらもユキの力を認め、狂座側に引き入れようとし、アミの命を見逃そうともしていた。
そして最後は受ける必要が無かった真っ向勝負の末、敗れ去った。
“尊敬にも値した”
ユキがそう口にしたのも分からんでもない。彼はあの時、正々堂々としたアザミの姿に、敵の垣根を越えた尊敬の念を抱いていたのであろう。
「そして貴女も……その純粋なまでの強さ。そして、その精神(こころ)まで……私には眩しく映る」
アミはその姿に、一種の悲壮感を感じ取っていた。
“――ユキが……心を見せてる? なら何故……それでも闘わなければならないの……”
「ユキ……」
お互い憎しみが無いのならこの闘い、これ以上続ける意味は無い筈だ。
だがこの闘い、きっと誰にも止められない。
「じゃあもう止めようよ! こんなの哀しいだけじゃん……」
ミオがアミの気持ちを代弁するかの様に、二人に向かって声を上げていた。
しかし両者共、そこに憎しみが無くとも、その臨戦体制が解かれる事は無い。
「それでも……この闘いに決着を付けねば、私は前へは進めぬ」
ルヅキはそう返す。敵討ちでは無い。ただ純粋に勝負の決着を付ける為だけに。
「ええ……同感です。貴女の全てを受け止めた上で、私は貴女を越えていく」
もはや二人の闘いを止める術は無い。出来る事は決着の刻を見守る事のみ。
アミとミオの二人は自然と距離を置き、またユキとルヅキの二人も大幅に距離を取り、その最後の決着の刻に備えるのだった。