――エルドアーク宮殿――
※王の間 立体映像前
「決まるね……」
黙って二人の闘いを眺めていたノクティスが、突如終幕の刻を紡ぎ出す。
「二人の戦闘思考が最終段階に移行した。この闘い……次で終わる」
「どっ……どちらが?」
結果は知りたくない。それでもユーリは恐る恐る、ノクティスにその真意を訪ねた。
ノクティスはその声に、頬杖を突いたまま玉座に居座るスタンスは変えない。
ただ映像のみを凝視している。
「それは分からない。だがルヅキの方が有利な事は間違い無い。技にしろダメージにしろ……」
ノクティスのルヅキ寄りの裁定に、ユーリは安心したかの様に一息を付いた。
「ルヅキの決め技は、絶鬼蒼天覇断の一点のみ。他の小手先の技等必要無い。何故なら彼女はこの一点のみで、あらゆるものを凌駕し粉砕するという、信念の具現化の証なのだから……」
ノクティスのその言葉通り、ルヅキの技はこの一点のみ。
相手を仕留める強力な技は、一つだけあればいい。その最強の一撃さえあれば、その他の小技は全て不要となる。
それでもノクティスは、はっきりと断言する事は無い。
「だがあの子も立ち上がったからには、何か秘策が有るはず……」
それは誰にもまだこの勝負の行方が、どうなるかは分からないと云う意味に、ユーリはただただ祈るしか他は無かった。
“お願い! 無事に帰ってきて……”
それは勝利よりも重要な、ルヅキの無事な姿を。
――エルドアーク宮殿――
※入口扉前荒野
先に動いたのはユキ。突如刀を鞘へと納める。それを意味するのは神露ーー蒼天星霜か。もしくは星霜剣最終極死霜閃ーー無氷零月。
だが居合いの構えは疎か、絶対零度もーー冷気すら発現していない。
「何のつもりだ?」
刀は納め、冷気すら発現しない。その不可解さにルヅキの声には戸惑いが感じられる。
「ルヅキ……これは私の最後の賭です」
“――この距離と今の私の状態では、もはやルヅキに絶対零度も、無氷零月も届かない……だが!”
ユキは両手を突き出す。そしてその両の掌から異能力ーー即ち特異能の集約が。
「私の特異能、無氷。その力の全てを出し尽くします」
それは氷点に於ける最到達点、最大顕現で在る絶対零度の発現か。だが、これまでの絶対零度とは明らかに異なっていた。
「こ、これは!?」
ルヅキはそれに危機感を覚えた。それは本能が警告する最大警報となって。
周りの空間が歪み、ユキの掌から氷が形成されていく。そしてそれは、幾重にもーー
“ラスト・フリージング・アーク”
不意にユキから紡がれる言霊。
「私の全てを込めてーー」
そして放たれた。最大にして、最後の力の一撃をーー
“フィールド・ゼロ・リバースバベル――【コキュートス】 ~反量子檻:第九圏層――氷獄霜陣”
※氷とは固体の状態にある水の事。無色透明で六方晶系の結晶を持ち、融点は通常の気圧で摂氏0度。これが所謂“普通”の氷だ。
だが極めて高い圧力下では水素結合が縮み、水分子の配列が変わる。氷は衝撃を加えると脆くも分解するが、それは通常の氷に於いて。
だが氷はその実――時と場合によっては、最も堅固な物質となる。
10万倍の大気圧では数百度の高温の氷が存在。
水分子が水素結合で強固に結びついた氷は――砕く事も溶かす事も不可能。
“コキュートス”
全九階層に及ぶ地獄に於いて、その最下層に位置する『反逆地獄』。またを『氷地獄』、『絶対地獄』とも。
神に反逆した悪魔がその罪により氷の中に閉じ込められている世界で、サタンの――ルシファーの罪は此所に位置し、この地獄を統治する宰相でもある。
“フィールド・ゼロ・リバースバベル・コキュートス ~反量子檻:第九圈層――氷獄霜陣”
※数十万気圧で結合した水分子の氷壁を九枚重ねに連ねる事で、事実上破壊する事を不可能とした『絶対地獄コキュートス』を模した力の総称。
その質量からなる圧力は重力とも比例して膨大なものとなり、その力に捕らえられた様は正に、神に反逆した罪人が地の獄まで堕とされる様相を呈している事からこの名が付いた。
数多の技力に分岐した特異能ーー無氷の中でも、これは氷系最上位技能力(ラスト・フリージング・アーク)に位置している。
***
「なんという……氷だ」
ユキから発現された氷壁を見たルヅキは、その余りのもの凄まじさに驚愕するしかない。
“これ程の力を隠していたとは、なんという恐るべき奴ーー”
ルヅキはユキの持つ、その底知れぬ力を改めて思い知らされた。だが、時間は待ってはくれない。自身に迫る言語を絶する氷壁。
“回避は不可能……。凌げるか? 否ーー”
「砕いてみせる!」
ルヅキが戸惑い、呆然としたのは一瞬の事。ユキが技を放った直後には、ルヅキは既に行動を開始していた。
振り上げられた長巻の刃には、蒼白い輝きに満ちている。
“絶鬼ーー蒼天覇断”
振り下ろしたその刃からは、巨大な衝撃波となって、迫りくる巨体な氷壁へと向かっていく。
しかし弱い。明らかにユキの技の方が、その全てを凌駕している様に見えた。
「ぐっ!」
ルヅキの食い縛った口許から、一筋の血液が伝う。技硬直の縛りを無理矢理抗った為。そして、その可動限界を超えて身体を反転。
長巻を振り翳して、飛び掛かる様に前進する。
その超スピードの衝撃波を、更に越える超々スピードでルヅキが追い付いていく。
長巻の刃に宿る蒼白い輝き。
“絶鬼 蒼天覇断ーー双連”
ルヅキの追い付いた刃が、その衝撃波と交差していく。
ただでさえ最強に近い威力のその技が、二つに交差する時に於ける破壊力は想像を絶する。
ユキとルヅキ。二人の最後の技が轟音を立てて、正面からぶつかり合うのであった。
極限に近い技から発するエネルギーのぶつかり合い。その威力の余波で大気は震え、大地をも揺るがす程の。
それでもーー
「ユキが押してる!」
そのエネルギーの中心地。肥大化して破裂しそうな、蒼く光り輝く臨界点。二人の目には僅かながらに、ユキの氷壁が徐々にルヅキを押している様に見えた。
「ぐっ……ううぅっ!」
衝撃波と長巻を交差させて尚、押し込まれるその巨大な氷壁に、ルヅキが苦渋の声を漏らした。
このままでは敗北は必然。
「まっ……まだだ!!」
“――兄さん……私はこの強き者に勝ちたい! 私に最後の力を!!”
一人では無く二人の力。そして確かに見た。ルヅキの背後にアザミの姿、幻影がーー
“ルヅキ&アザミーースカーレット・オーバーツインスキル・オーガス・クロス”
その想いの具現化なのか、長巻の刃先から伝導した氷壁の一点に亀裂が入る。
「うおあぁぁぁぁぁっ!!」
そして力の限り長巻を振り抜いた刹那、氷壁は亀裂から全体へと浸食し、甲高い轟音と共に氷解し塵となっていく。
「はぁ、はぁ、はぁ……。かっ、勝った」
最後の力のぶつかり合いは、その威力の優劣より寧ろ、ルヅキの信念が上回った形なのだろう。
すぐさまルヅキは地を蹴る様に、ユキへと向けて走る。
“勝った!”
ユキは技硬直後なのか力を使い果たしたのか、微動だにしない。ただその表情は、驚愕の色に染まっているかの様に見えた。
「――私の勝ちだ!!」
突き出した長巻の刃先がユキの腹部を、いや身体を深々と貫いた。
「ユキいぃぃぃ!!」
遠くから聴こえる残響を背に、ユキは口許から噴き出す様に吐血し、まるで刻が止まったかの如く、ゆっくりと崩れ墜ちていく。
「……なっ!?」
だが、それが鏡が割れたかの様に砕け散ったのは、ほんの刹那の瞬間の事。
“ーーっ!!”
そしてルヅキは己の腹部から、紅く染まった銀刃を見た。
「鏡花……水月……か?」
その背後から左手で腹部を押さえ、右手に持つ刀でルヅキを貫いているユキの姿が在った。
ルヅキは己を貫いている刃を眺め思う。
“――そうか……最初から止められる覚悟で打ったのか。だがこの極限状態で、これ程の戦略思考を施し、実行に移すとは……。全ての力を出し尽くす……か”
「みっ、見事……」
ルヅキはそう素直に、その戦略を讃えた。
だがユキの表情に勝利の喜び等、微塵も感じられない。
「…………」
ただその瞳に憂いだけを帯び、そして瞼をそっと閉じる。
貫かれた刀はゆっくりと引き抜かれ、それと同時に支えを失ったルヅキの身体は、その地にうつ伏せに倒れるのだった。