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【学校行ってらっしゃい。また放課後お迎えに行くね。三上】
三上さんからの連絡を確認して、私は家を出た。
今日は夕方からの仕事がひとつ入っているだけだったから学校に向かっている。
3日ぶりの学校だ。
久しぶりで緊張するけれど、これでも前よりは学校に行けている方だった。
前のマネージャーは学校よりも仕事というスタイルを取る人で、昔は学校を1ケ月休んでたなんてこともよくあったっけ……。
すごく辛いんだ。
期間が空けば、空くほど自分の居場所がなくなってしまう。
学校に行っても蚊帳の外で、誰かと話したりすることも出来ない。
あの時の私は全てを諦めていた。
でも今は違う。
三上さんが学校生活も、私生活もしっかりと楽しめるように調整してくれている。
三上さんと約束したから……。
このもらったハンカチと共に誓ったことは今でもずっと胸の中にある──。
『これからよろしく、西野花さん』
今から3年前。
私は本当に自分がしたいことを見失っていた。
『この人が花ちゃんの新しいマネージャー、西村さんね』
『よろしくお願いします』
『よろしくねー!』
小学6年生の頃、私をスカウトしてくれたマネージャーが退職したことで、新たにマネージャーが変わった。
そのマネージャーが三上さんに会う前のマネージャー西村さんだった。
『花ちゃんはね〜俺ならもっと伸ばせると思うよ』
真ん中でくっきりと分けた長髪にうっすらと生えている口ひげ。
ちょっとクセのある話し方をする人だったけれど、西村さんは人当たりがよく話しかけてくれた。
『だから安心して俺に任せてちょうだい』
『はい、よろしくお願いします』
この人だったら、自分の気持ちもスムーズに伝えられるかもしれない。
そう思っていたけれど、すぐにそうではなかったと気がついた。
『花ちゃん、ちょっといい?』
ドラマの撮影中、共演者の人たちと話していると私は西村さんに呼び出された。
『なんでしょうか?』
『花ちゃんはさ、クールな役柄なんだから誰かに頼ったりとか誰かと仲良くしたりはしない方がいいと思うよ』
『えっ』
『今の役柄って1匹狼の女の子じゃない?一人を好む女優にならなくちゃ』
『でも……』
『でもは無し!誰が見てるか分からないんだから。ねっ?俺の言うことさえ聞いてれば、何にも問題ないから』
『はい……』
私は無理やり孤独である女優を演じることになった。
その後も共演者の人と仲良く話していると、西村さんが私を呼び出して注意をした。
気持ちを押さえ込まれて、人とうまく話すことが出来ない。
孤独との戦い。共演しても誰かに頼ることも出来なかった。
そんなことを続けているうちに、共演者は自然と私から距離を置くことになった。
『打ち上げ行こー!』
『西野さんは……誘わなくていいよね。一人が好きそうだし』
みんなと距離をとっていたのだから当然だった。
でも、すごく悲しくて、上手く笑うことが出来なかった。
仲のいい友達も出来ないまま、演技を終えてまた別の撮影に行く。
ただ与えられた仕事だけをこなしていく、作業のような仕事の仕方に私はだんだんと自分を見失っていた。
女優ってこういう仕事だったっけ?
私が憧れていた女優という仕事はこうも淡々とこなすようなものだっただろうか。
全然楽しいと思えなくなって、次第に自分の表情も暗くなっていく。
そしてある時、事件は起こった。
『そうだ、花ちゃん。来月の2 0日にバラエティーの仕事を入れておいたから開けておいてね』
『えっと、その日は学校の修学旅行があるって言ってませんでしたっけ?』
私がおそるおそる聞けば、西村さんは呆れた顔をして言う。
『花ちゃん〜ここで芽を出したいんでしょう?だったらそんなの行ってないでやらなきやダメだよ〜』
『えっ』
『勉強なんて大人になってからでも出来るんだから、仕事がある今の時間を大切にしないとダメだって思わない?』
『でも、この日だけはどうしても……』
『だいたい花ちゃん、学校全然行ってないじゃない?その状況で修学旅行に行ったって楽しめるわけないじゃん』
ははっ、と笑いながらそんなことを言う西村さん。
確かにそうだと思った。
きっと修学旅行に行ったところで誰かが一緒にいてくれるわけじゃない。
だけど……。
修学旅行という大きな行事で頑張ったら、友達のいない私にも、友達が出来るかもしれない。
私はその可能性にかけたかったんだ。
学生生活も大切にするための最後のチャンスだと思っていた。
でも、無理……か。
そうだよね、楽しめるわけないよね。
私は学校にほとんど行ってないのだから。
『30日と31日も学校休んでね』
『はい……』
私には仕事しかない。
そう思う反面、仕事を選ぶことで大切ななにかを失っている気がした。
そして、その頃から私は色んなものを諦めるようになった。
期待を持たない生活は、人の表情を暗くさせるようで私はだんだんと表情のバリエーションが作れなくなっていった。
そうなってしまうと、私は仕事が成り立たなくなって、だんだん仕事がなくなっていき、そのうちにマネージャーも私に関心を持たなくなった。
『あのマネージャー……』
『悪いけど忙しいから後にしてもらえる?』
マネージャーは私と同じ年の、ある女優に熱を入れるようになった。
『今えりかちゃんの方、忙しくて……」
山城えりか。
最近デビューしたばかりだけれど、近くて見てもキラキラして輝いている。
もう誰も、自分を見てくれる人はいない。
学校も仕事でも、ひとりぼっち。
ここでずっとやっていく、意味はあるんだろうか。
私は力強く手を握りしめる。
私は幼い頃から女優さんに憧れを持っていた。
ステージで、現実世界とは違う自分を見せて、見る人を虜にする。
でも笑顔でいられない自分が周りの人を笑顔に出来るわけがない。
もう、諦めよう。
私はその日の夜にマネージャーに女優を辞めることを伝えようとしていた。
そんな時だった。
──コンコン。
ある人が私の楽屋を訪ねてきたのは。
『西野花さんに会いたいんですけど、大丈夫ですか?』
それが今のマネージャー、三上さんであった。
『なんだね、キミは?』
西村さんは不審な表情で三上さんを見る。
『才織りプロダクションからこの事務所に移った三上和成です。西野花さんとお話がしたいなと思いまして……』
『なに?』
ピクリ、と西村さんの眉問にシワが寄った。
三上さんはその時、スーツをビシッと着こなしていた。
『私、ですか?』
『一度、ふたりで話をさせてもらってもいいですか?許可はとっています』
そう言われると、西村さんも何も言えないのか、あまり好感を持っている感じでは無かったけれど、仕方無しに頷いた。
私はどんな話をされるのか、三上さんが何のために私の元に訪ねてきたのか、サッパリ分からなかった。
それから、三上さんには近くのカフェで話をしようと言われ、2人でそこに向かった。
その間、不安で仕方なかった。
カフェに入り、私はリンゴジュースを、三上さんはブラックコーヒーを頼む。店員さんが頼んだものを持ってきてくれて、しばらく経った頃に本題に入った。
『突然訪ねてごめんね、どうしてもキミと話がしたくて』
『いえ……』
何を言われるんだろう……。
そう思っていると、彼は言った。
『単刀直入に言うね。キミのマネージャーをさせてもらいたいと思っているんだ』
『えっ!!』
私のマネージャー!?
『なんでそんな……』
いや、理由を聞く必要はない。
だって私の心はもう決まっているのだから。
もう今日を持って女優は辞めようと思っている。
そんな時にわざわざ私の元に来てくれたのは少し心苦しいけれど、受けることは出来ない。
『あの、すみません……初めに言っておかなくちゃいけないことがあるんです』
出来るだけ早く伝えなければ。
きっと三上さんは私が無理であれば、今度は他の人に声をかけるだろう。
私があまり時間を取ってしまうのは、申し訳ない。
早く、簡潔に……。
『実はもう女優を辞めようと思ってるんです』
私がそう打ち明けた時、三上さんは小さくつぶやいた。
『そうだろうね』
『えっ』
『なんとなく最近のキミを見ていてそうじゃないかって思ったんだ』
この三上さんという人はそんなところまで見てくれていたんだ。
きっと今の西村さんなら知らなかったというだろう。
でも、これでもう、話し合いは終わりだ。
『今のマネージャーにはもうやめることを伝えた?』,
『いえ、さっき伝えようと思っていたんです』
『そっか、それなら良かった』
良かった?
なんでだろう。私が辞めるのを先に知っていたら、この話を無かったことに出来るから?
すると三上さんはー呼吸置いてから言った。
『西野さんは本当に心から女優を辞めたいと思ってる?』
『……っ』
ずっと憧れていた女優というお仕事。
6才の時にみた舞台に出ている人がみんな楽しそうで、見終わった後、こうも人の気持ちを動かすんだと知って、自分もそんな役者になりたいと思った。
だけど……今、全然楽しくない。
『西野さんの言葉で教えて欲しいんだ。キミの今の本当の気持ちを』
『……っ』
『自分の気持ちを、ありのまま僕に教えて』
私は三上さんの優しい言葉に、溢れるように話しはじめた。
自分のこと。
嫌だったこと、今の気持ち、本当にしたいこと。
全部、吐き出すように話したら気づけば目から涙がこぼれていた。
『話してくれてありがとう』
私は涙を手でぬぐう。
『辛かったね、この気持ちをずっとー人で溜め込んでいたんだね』
三上さんがすっとハンカチを差し出してくれる。
『私はひとりでいる方が輝くって言われてるので、一人でなんとかしなきゃって』
『ひとりで、か……それは違うな』
三上さんは真っ直ぐにそして、確信を持った目でしっかりと伝えてきた。
『ひとりでいることを望んでいない女優がひとりでいることに輝きを出せるのかな?僕はそうは思わない。西野花という女優は色んな経験をして、色んな人と関わるからこそついてくる自然の表情を活かす事で花を開く女優だと思ってる』
『三上、さん』
私に出来ることって、あるのかな。
一度諦めた自分でも立ち直ることってできるのかな。
『花ちゃん。もうー度よく考えて見て。それで西野花の本当の気持ちを教えてほしい』
私自身の決断。
私の本当の気持ち。
諦めたものをもうー度、やり始めるのは簡単じゃない。
私は、本当にとりもどせる……?
すると三上さんはもうー度優しい笑顔を浮かべて言った。
『そのハンカチ、キミに預けておくよ。もしキミが僕にマネージメントを頼みたいって思った時はそれを渡して欲しい。必要無かったら捨てていいから』
そうやって言って去っていった三上さん。
三上さんが伝えてくれた言葉がいつまでも私の心に残っている。
“西野花の本当の気持ちを教えてほしい”
誰かの意見じゃなくて、私の……私だけの気持ち。
言ってもいいの?
誰かを気にすることなく、私の本当の気持ちを伝えることは、本当に許される?
それから私は1週間、悩みに悩んだ。
女優を続けたい気持ちと、それでも募る不安の繰り返しでとても苦しい1週間だった。
でも、私のために言葉をくれた。
三上さんの言葉をたくさん思い出して答えを出したんだ。
三上さんが約束通り、もうー度私の元にやって来た。
『答えを聞きに来たよ、西野花さん』
側にいた西村さんが皮肉って言う。
『社長から聞いたけど、無駄だよ。花ちゃんは俺についてくるに決まってるんだから』
すると今までずっと反論して来なかった三上さんが西村さんに駆け寄っていった。
『キミは西野花という人間性をつぶしてしまっている。そのことに気づいてもいない愚か者だ』
声は普通のトーンだけど、表情は怒っているようにも見えた。
『なんだと!お前何様なんだ!』
私は黙って目をつぶる。
誰に流されたりしないで、自分の気持ちを伝える。
私がしたいこと。
そしてこれから、誰についていくベきか……。
『三上さん』
二人がー斉に私を見つめる。
私は三上さんの元に駆け寄ると、頭を下げた。
『ごめんなさい』
『ふっ、ほら見ろ。今さら新しいマネージャーなんて信用出来るか』
私はポケットからハンカチを差し出した。
あの日、涙を拭いてと渡してくれたハンカチ。
私の話を優しく聞いてくれた。
『いつまでも借りてしまって申し訳ありませんでした』
本当にしたいこと。
この人とー緒に、見る人を笑顔にさせる女優になりたい。
『私は、三上さんとー緒に頑張りたいです』
『なっ……なんだと!』
そう伝えると三上さんは嬉しそうに微笑んだ。
そしてハンカチを受け取り、右手を差し出す。
『これからよろしく、西野花さん。キミの夢を必ず叶えます』
三上さんと握手を交わす。
『マネージャー、今までお世話になりました』
『こんなの許されるはずがないだろ!』
西村さんは声を荒げる。
すると三上さんは言った。
『ハッキリ言わないと分からないか?キミは演者を殺すマネージメントをしてると』
『……っ、!』
私も何も言わず西村さんに深く礼をすれば、「知らないからな!」と言葉を吐き捨ててその場を去っていった。
懐かしい思い出。
あの時のハンカチは三上さんがー緒に頑張ろうと私にくれた。
今もまだそれを持っている。
落ち込んだ時、あの時の誓いを思い出せるように。
三上さんは私を救いだしてくれた人だ。だからこそ、彼とー緒に叶えたい夢がある。
私はハンカチをポケットに入れると、教室のドアの前に立った。
今でもまだ学校は緊張する。
久しぶりに学校にいくと一気に注目されることに。
そして、「来たよ」なんてコソコソ声が聞こえてくること。
──ガラガラ。
「お、おはよう……」
重たい教室のドアを開けると、みんながこっちを見る。
ちょっと怖い……。私がぎゅうっと目をつぶった時。
「花、久しぶり!会いたかったよ〜!」
「りんちゃん!」
キャンプの時に仲良くなったりんちゃんが抱きついてきた。
キャンプ合宿の後、私達はー緒にいることが多くなった。
学校に行けない間も授業のノートを貸してくれたり、今日あったことを連絡してくれたり……りんちゃんは私に出来た初めての友達だ。
いつの間にか、メールのやり取りのなかで私を呼び捨てしてくれるようにもなった。
嬉しい……怖いと思っていた学校。
こうやってどんどん私の気持ちが変わっていくといいな。
私の机で彼女と話していると、後から白羽蓮も登校してきた。
学校に来てるなんて珍しいかも。
「そういえばニュースで見たよ!次の映画蓮くんと共演なんだって?」
「あー、うん、もう撮影はしてるんだけどね」
「どんな感じ?ふたりとも恋人役なんでしよう?」
りんちゃんは興味深々に聞いてくる。
どんな感じかって聞かれても……。
ちらりと白羽蓮を見ると、視線に気づいた彼と目が合った。
不機嫌な顔をしてこっちを見てくる白羽蓮。
そうやってそっぽを向くと、りんちゃんは、ふっと笑った。
「もしかして少し仲良くなった?」
「え、いやどこが!?」
「前はもっとお互い避けてるみたいな感じだった気がする」
それはそうかもしれないけど……仲良くはなっていないと思う。
ちょっと話せるようになっただけというか……。
「抱きしめるシーンとかもあるんだよね?」
えっ!
食い気味に聞いてくるりんちゃん。彼女はこういう話題になると目をキラキラさせる。
「ど、どうかな」
「怪しいなあ」
抱きしめるシーンは、実はあったりする。
まだ先だけど、その時私はどう思うんだろう。
白羽蓮を見て、思わず想像してしまう。
や、やだ!私何考えてるの!?
かあっと熱くなる頬を手で扇ぎ、必死で冷やす。
そんなこと想像するなんて私、変だよ。
「恋するとね、毎日キラキラするんだよ。幸せな気持ちになってね、それから心が温かくなって……」
キラキラ、か……。
りんちゃんは付き合ってる人がいるもんね。
もし、そんな恋が出来たら……私はどうなるんだろう。
「映画、絶対見に行くからね!友達の花と、クラスメイトの蓮くんの映画なんてすごい豪華だもんえ~」
友達に見られるのは恥ずかしいけど、私のことを友達だといってくれたりんちゃんの言葉が嬉しかった。
「そろそろ教室移動しようか」
「そうだね!」
1時間目は体育の時間だ。
更衣室で着替えて校庭に出ると、ギリギリの時間になってしまった。
「あ、もうすぐチャイムなりそう!急ごう」
りんちゃんにそう言われ、階段を下りる速度を早めようとした時。
──ズルっ!
「きゃっ!」
足を踏み外してしまった私の体は後ろに傾いていく。
やばい、頭打つ……!
そう思った瞬間。
──ぎゅうっ。
私は後ろからとっさに支えられた。
「おい、危ないだろ。階段から落ちたらどうすんだ」
「あ……」
私を支えてくれたのは白羽蓮だった。
「あ、ありがと」
体育着姿の彼。
いつもと違うからかなんだか恥ずかしい。
あれ、白羽蓮って……こんなに背が高かったっけ?
ドキドキと小さく心臓が音を立てている。
「気をつけろよ。怪我したら映画も延期になるんだからな」
「う、うん」
なんだか変な感じだ。
「へえ……?」
りんちゃんがまた何か企んだような笑みを浮かべている。
「え、なになに!」
「ううん、なるほどなって思っただけだよ?」
ニヤリと笑う彼女。
なるほどなって何!?
この日の体育は集中出来ず、短距離のタイムは過去最低を叩き出したのだった。