テラーノベル
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梅雨の晴れ間。
窓の外では、昨夜の雨が残した水滴が葉の先で光っていた。空はまだ少し曇っているけれど、朝の光がキッチンに差し込んで、床に柔らかな模様を描いている。
梅宮一は、エプロン姿でフライパンを振っていた。
彼の動きは手慣れていて、リズミカル。ジュワッという音とともに、目玉焼きがふわりと宙を舞い、完璧なタイミングでさらに着地する。
「よし、今日も成功!」
彼は満足げに笑いながら、もう一枚の皿にベーコンを添える。
テーブルには、トースト、サラダ、ヨーグルト。どれも彩りよく並べられていて、まるでカフェのモーニングセットのようだ。
「姉ちゃん、起きてる?朝ごはんできたよ〜!」
声をかけるが返事はない。
それでも、一は慣れていた。姉・梅宮百合は、いつも無口で無表情。呼んでもすぐに返事はしないし、感情を表に出すこともほとんどない。
数分後。
足音もなく、百合が現れた。制服の襟をきちんと整え、髪も乱れなく結ばれている。彼女は無言で椅子に座り、静かに箸を手に取った。
「今日の目玉焼き、ちょっとだけ塩強めにしてみた。姉ちゃん昨日味が薄いって言ってたからさ」
百合は何も言わず、目玉焼きに箸を伸ばす。
一は、彼女の反応をじっと見ていた。無表情の中に、ほんのわずかな変化ー口元が、ほんの少しだけ緩んだ。
それを見て、一はこころの中でガッツポーズをした。
「……うん、やっぱり姉ちゃんの〝うまい〟は、口角でわかるんだよな」
百合は何も言わない。
でも、彼女の箸は止まらず、いつもより少しだけ早く食べ終えた。
食後、一は食器を片付けながら、ふとつぶやいた。
「姉ちゃんってさ、言葉少ないけどちゃんと伝わってくるよな。そういうところ、好きだよ」
百合は立ち上がり、静かに自分のカップを流しに置いた。
そしてほんの一瞬だけ、背伸びをして一の頭をポンと叩いた。
「……ごちそうさま」
それだけ言って、彼女は自分の部屋に入っていった。
一は、頭を撫でられたまま、しばらく固まっていた。
「な、なにそれ!反則だってば、姉ちゃん!!」
キッチンに、彼の笑い声が響いた。
静かに、でも確かに温かい朝だった。
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