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#いじめ
名瀬口にぼし
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#ご本人様に一切関係なし
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第六十一話 あの日の席
店を出てからも、二人はしばらく黙って歩いていた。
さっきまでいた店が、少しずつ遠ざかっていく。
「……ねえ」
彼女が口を開いた。
「うん?」
「やっぱり、あの店知ってた気がする」
「俺も」
二人とも、同じことを考えていた。
初めて来たはずなのに。
窓際の席。
テーブルの位置。
窓から見える景色。
どれも妙に懐かしかった。
彼はスマートフォンに保存していた昔の写真を開く。
「これ、もう一回見てみよう」
「うん」
二人で写真を覗き込む。
そこには、昔の店内が写っていた。
窓際の席。
二つの飲み物。
そして、テーブルの上に置かれた小さな箱。
「やっぱりこれだよね」
彼女が指差す。
「うん」
「何が入ってたんだろう」
「分からない」
写真を拡大しても、箱の中身までは分からない。
ただ、その横に置かれた紙だけは、
前よりはっきり見えた。
彼が画面を拡大する。
「……『帰る前に渡す』」
彼女が呟いた。
「昨日見つけた音声も『明日、ちゃんと渡す』だった」
「じゃあ、やっぱり同じことなのかな」
「たぶん」
二人は写真を見つめた。
何かを渡す。
それだけは、
過去の記録の中で何度も繰り返されている。
でも、何を渡すのか。
誰に渡すのか。
そこだけが分からない。
そのとき、彼女がふと顔を上げた。
「……もう一回、店に戻ってみない?」
「今から?」
「うん」
二人は店へ戻った。
店員に写真を見せると、少し考えたあと、
「この席なら、今も同じですよ」
と言われた。
二人は窓際の席を見る。
写真とほとんど同じ場所。
彼はその席の前に立った。
その瞬間――
胸の奥が、強くざわついた。
「……ここ」
「思い出した?」
「分からない。でも……」
彼は椅子に触れた。
一瞬だけ、昔の景色が浮かんだ。
向かいに誰かが座っている。
その人の前には、小さな箱。
自分は何かを言おうとしている。
けれど、言葉が出てこない。
そして相手が笑って、
「大丈夫だよ」
と言った。
そこで映像が途切れた。
「……誰だった?」
彼女が聞く。
彼は首を横に振る。
「分からない」
「そっか」
彼女は無理に聞かなかった。
二人はしばらく、その席を眺めていた。
すると店員がぽつりと言った。
「昔、この席でよく待ち合わせしてる人たちがいましたよ」
「待ち合わせ?」
「はい。学生さんとか。二人で来る人も多かったですね」
彼はその言葉を聞いて、何かが引っかかった。
二人。
待ち合わせ。
小さな箱。
事故の前日。
全部が少しずつつながっていく。
店を出る。
夕方の空を見上げながら、彼女が言った。
「今日、ここまで来てよかったね」
「うん」
「少しだけ近づいた気がする」
「何に?」
彼女は少し考えた。
「……あの日のことに」
彼は答えなかった。
でも、同じことを感じていた。
まだ何も思い出せていない。
それでも、あの日に二人がここにいた可能性は、
確実に高くなっている。
そして帰り道。
彼のポケットの中で、キーホルダーが小さく揺れた。
その音を聞いた瞬間、また一つだけ記憶が浮かんだ。
誰かの声。
「また、ここで会おうね」
彼は足を止めた。
今度は、その声が少しだけはっきり聞こえた。
けれど――
顔だけは、まだ思い出せなかった。
コメント
1件
「お店、戻って正解だったね」って思わず頷いちゃいました。写真と実物が重なる瞬間の胸のざわつき方がすごく共感できる。断片的な記憶が少しずつ形を変えていく様子、伏線が静かに繋がっていく感覚がたまらないです。キーホルダーの音から「また、ここで会おうね」が聞こえるラスト、余韻が深くて続きが気になります。クラリスさんの、言葉を削って感情を浮かび上がらせる筆致、いつも素敵です。