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第六十二話 拾われた箱
「また、ここで会おうね」
頭の中に残った声を、彼は何度も繰り返していた。
駅へ向かう道を歩いているのに、
足元の感覚が少し遠い。
「……大丈夫?」
隣から彼女の声がした。
「うん」
「さっきからずっと黙ってる」
「ごめん」
「謝らなくていいよ」
彼女はそう言って、それ以上は聞かなかった。
その優しさに、彼は少しだけ救われる。
「……声、聞こえた」
「声?」
「うん。昔の」
彼女の足が止まる。
「なんて言ってたの?」
彼は少し迷った。
「『また、ここで会おうね』って」
「……」
彼女は何も言わなかった。
ただ、少しだけ視線を落とした。
「どうした?」
「分からない」
「何が?」
「その言葉……私も聞いた気がする」
二人の間に沈黙が落ちた。
偶然なのかもしれない。
記憶が混ざっているだけなのかもしれない。
それでも、完全な偶然だとは思えなかった。
駅に着くころには、空が少し暗くなっていた。
「今日は帰ろうか」
「うん」
そう言って別れようとしたとき、彼女が振り返った。
「ねえ」
「ん?」
「明日、あの店のこともう少し調べてみない?」
彼は頷いた。
「そうしよう」
その夜。
彼は家に帰ってからも、昔の写真を見返していた。
店の写真。
駅の写真。
事故の前日に撮られた写真。
そして、小さな箱が写っている写真。
何度見ても、箱の中身は分からない。
「……何を入れてたんだ」
独り言のように呟いた。
そのとき、スマートフォンに
彼女からメッセージが届いた。
『今日、店員さんが言ってたこと覚えてる?』
『昔、箱が置いてあったって話』
彼はすぐに返信した。
『覚えてる』
しばらくして、またメッセージが届く。
『あれ、もう少し聞いてみた』
『何か分かった?』
既読がついてから、少し時間が空いた。
『箱を取りに来た人がいたみたい』
彼の指が止まった。
『いつ?』
『事故の次の日』
画面を見つめたまま、彼は動けなくなった。
事故の次の日。
病院の記録。
「本人には、まだ伝えない」
あの日から続いている違和感が、
また一つにつながった。
『誰が取りに来たの?』
送信する。
今度は返信がなかなか来なかった。
数分後。
『店員さんも、はっきりとは覚えてないって』
『ただ……』
そこで文章が途切れていた。
『ただ?』
しばらくして、返事が来る。
『その人、箱を受け取ったあとに「本人にはまだ渡せない」って言ってたらしい』
彼は画面を見つめた。
「本人には……」
その言葉を口にした瞬間、また頭の奥が痛んだ。
白い天井。
誰かの声。
「まだ言わないで」
そして――
雨の音。
道路。
自分の名前を呼ぶ声。
彼は目を閉じた。
事故の日の記憶は、まだ断片的だった。
でも、今までとは違う。
今回は事故の「前」だけじゃない。
事故の「あと」にも、
自分たちが知らない何かが残っている。
彼はもう一度、彼女からのメッセージを見る。
『明日、もう一回店に行ってみよう』
彼は短く返した。
『うん』
スマートフォンを置こうとしたとき、
もう一件通知が届いた。
彼女からではなかった。
知らない番号。
そこに表示されていたのは、たった一行だった。
『その箱のことは、もう調べない方がいい。』
コメント
1件
うわ……最後の一行、すごく来た……。 「その箱のことは、もう調べない方がいい」って、誰から? なんで? 主人公と彼女が少しずつ過去を辿って、事故の“その後”にようやく届きかけたところで、そのメッセージ。不気味すぎるし、すごく気になる……。 それに、彼女も「その言葉、私も聞いた気がする」って言ってるのが、二人の繋がりを感じさせて切なくて好きです。 クラリスさんの空気感、いつもながら重くて美しいです……🥀