テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#運命
#運命
水の魔女セレン(瑟伦)
137
静寂は、長くは続かなかった。
ルミの影が完全に沈黙してから、
世界は一拍遅れて――
息を吸い直したかのように、軋み始めた。
空が、割れる。
音ではなく、感覚としての“破断”。
ノアは顔を上げた。
聖堂の天井だったはずの場所に、
巨大な“円環”が浮かび上がっている。
白でも黒でもない、
色を拒むような光。
それは――
運命管理機構の中枢《オルド・ファトゥム》。
「……来たか」
ノアの声は、
驚くほど静かだった。
腕の中で、
ルミが微かに息をする。
生きている。
だが――
もう、以前の“彼女”ではない。
刻印は砕かれ、
運命の流路を失った存在。
管理者にとっては、
「未定義の異物」。
円環の中心から、
声が降りてきた。
無数の声が重なり、
一つの意志として響く。
「選択を確認」
「介入を確認」
「世界線:Δ-17、重大偏差発生」
「原因個体――
ノア・アークレイン」
名を呼ばれた瞬間、
胸の奥が冷たくなる。
逃げられない、と
本能が告げていた。
「君は、
本来“観測者”であるべきだった」
「選ばれぬ者を選び、
壊すことで保存した」
「これは――
禁則行為だ」
ノアは立ち上がり、
剣を握り直した。
だが、
その刃先は震えていない。
「それでも」
「俺は、
あの選択を後悔しない」
円環が、
わずかに明滅する。
「感情的判断、確認」
「合理性、否定」
「――よって」
空間が、
“裏返った”。
聖堂の残骸が消え、
代わりに現れたのは、
果てのない白い平原。
地平線の彼方まで、
記録板が並び、
無数の世界が刻まれている。
ここは――
運命の保管庫。
「ノア・アークレイン」
「君を、
新たな対象として再分類する」
「選ぶ者から、
選ばれる者へ」
ノアは、
小さく息を吐いた。
「……そう来ると思ってた」
管理機構の声が続く。
「提示する」
「選択肢は、三つ」
空中に、
三つの光が浮かぶ。
「第一」
「ルミを完全消去」
「世界線の歪みを修正」
「君は、観測者へ戻る」
ノアの視線が、
一瞬だけルミへ落ちる。
選択肢ですらない。
「第二」
「ルミを封印」
「世界の裏側へ隔離」
「存在は保持、
接触は禁止」
ルミは、
眠ったまま。
何も知らず、
何も選べず。
「第三」
一拍の間。
その沈黙が、
最も重かった。
「君自身が――
運命の代替核となる」
「管理機構の一部として、
永続的に世界線を支える」
「その代わり――」
「ルミは、
自由存在として解放する」
ノアの指が、
僅かに動いた。
「……代替核、だと?」
「君は、
“壊した運命”を内部に抱えた」
「その歪みは、
世界を安定させる“錨”になり得る」
「感情を持つ管理者」
「前例はない」
「だが――
可能性はある」
ノアは、
ゆっくり笑った。
「つまり」
「俺が、
世界に縛られる代わりに」
「ルミは、
縛られない世界へ行ける」
沈黙。
それが、
肯定だった。
ノアは、
剣を地面に突き立てた。
「……答えは決まってる」
その瞬間――
ルミが、
小さく身じろぎした。
「……ノア……?」
微かな声。
意識が、
戻り始めている。
ノアは、
彼女の前に膝をついた。
「起きたか」
「……ここ……どこ……?」
ルミの瞳が、
白い世界を映す。
不安が、
滲む。
「ねえ……
私、また……
何か、壊した……?」
ノアは、
首を横に振った。
「いいや」
「もう、終わった」
彼女は、
じっとノアを見る。
「……嘘」
「あなた、
そういう顔してる」
ノアは、
一瞬だけ目を閉じ――
それから、微笑んだ。
「ルミ」
「これから、
君は自由だ」
「誰にも選ばれない」
「誰にも、
運命を決められない」
ルミの顔が、
青ざめる。
「……じゃあ……
あなたは?」
ノアは、
答えなかった。
その代わり、
彼女の額に手を置く。
「大丈夫」
「君は、
ちゃんと生きろ」
「それが――
俺の選択だ」
「……待って!」
ルミが、
彼の腕を掴む。
「一緒に……
じゃなかったの……?」
ノアは、
その手を、
そっと外した。
「一緒に行ける場所は、
選ばなきゃいけない」
「俺は……
ここを選んだ」
管理機構の光が、
強まる。
「選択、確認」
「ノア・アークレイン」
「代替核への移行を――」
ルミが叫ぶ。
「やだ!!
そんなの……
運命じゃない!!」
その叫びが、
白い世界に反響する。
一瞬――
管理機構の光が、
揺らいだ。
ノアは、
目を見開く。
(……ルミ?)
彼女の影が、
微かに動いた。
刻印はない。
だが――
意志だけが、残っている。
「……ノア」
震える声。
「それでも……
私が選ぶ」
「あなたを」
管理機構の声が、
乱れる。
「不許可」
「自由存在による干渉、
想定外――」
ノアは、
初めて動揺した。
「ルミ、やめろ!」
だが――
彼女は、
一歩、前へ出た。
「ねえ」
「運命って……
選ぶことで、
変わるんでしょ?」
白い世界に、
小さな亀裂が走る。
管理機構が、
初めて“沈黙”した。
そして――
どこかで、
低く、愉しげな声が響く。
(――ああ)
(やはり、そうだ)
(“選ばれなかった者”は、
最後に世界を裏切る)
運命喰らいが、
笑っていた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!