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静寂は、長くは続かなかった。
ルミの影が完全に沈黙してから、
世界は一拍遅れて――
息を吸い直したかのように、軋み始めた。
空が、割れる。
音ではなく、感覚としての“破断”。
ノアは顔を上げた。
聖堂の天井だったはずの場所に、
巨大な“円環”が浮かび上がっている。
白でも黒でもない、
色を拒むような光。
それは――
運命管理機構の中枢《オルド・ファトゥム》。
「……来たか」
ノアの声は、
驚くほど静かだった。
腕の中で、
ルミが微かに息をする。
生きている。
だが――
もう、以前の“彼女”ではない。
刻印は砕かれ、
運命の流路を失った存在。
管理者にとっては、
「未定義の異物」。
円環の中心から、
声が降りてきた。
無数の声が重なり、
一つの意志として響く。
「選択を確認」
「介入を確認」
「世界線:Δ-17、重大偏差発生」
「原因個体――
ノア・アークレイン」
名を呼ばれた瞬間、
胸の奥が冷たくなる。
逃げられない、と
本能が告げていた。
「君は、
本来“観測者”であるべきだった」
「選ばれぬ者を選び、
壊すことで保存した」
「これは――
禁則行為だ」
ノアは立ち上がり、
剣を握り直した。
だが、
その刃先は震えていない。
「それでも」
「俺は、
あの選択を後悔しない」
円環が、
わずかに明滅する。
「感情的判断、確認」
「合理性、否定」
「――よって」
空間が、
“裏返った”。
聖堂の残骸が消え、
代わりに現れたのは、
果てのない白い平原。
地平線の彼方まで、
記録板が並び、
無数の世界が刻まれている。
ここは――
運命の保管庫。
「ノア・アークレイン」
「君を、
新たな対象として再分類する」
「選ぶ者から、
選ばれる者へ」
ノアは、
小さく息を吐いた。
「……そう来ると思ってた」
管理機構の声が続く。
「提示する」
「選択肢は、三つ」
空中に、
三つの光が浮かぶ。
「第一」
「ルミを完全消去」
「世界線の歪みを修正」
「君は、観測者へ戻る」
ノアの視線が、
一瞬だけルミへ落ちる。
選択肢ですらない。
「第二」
「ルミを封印」
「世界の裏側へ隔離」
「存在は保持、
接触は禁止」
ルミは、
眠ったまま。
何も知らず、
何も選べず。
「第三」
一拍の間。
その沈黙が、
最も重かった。
「君自身が――
運命の代替核となる」
「管理機構の一部として、
永続的に世界線を支える」
「その代わり――」
「ルミは、
自由存在として解放する」
ノアの指が、
僅かに動いた。
「……代替核、だと?」
「君は、
“壊した運命”を内部に抱えた」
「その歪みは、
世界を安定させる“錨”になり得る」
「感情を持つ管理者」
「前例はない」
「だが――
可能性はある」
ノアは、
ゆっくり笑った。
「つまり」
「俺が、
世界に縛られる代わりに」
「ルミは、
縛られない世界へ行ける」
沈黙。
それが、
肯定だった。
ノアは、
剣を地面に突き立てた。
「……答えは決まってる」
その瞬間――
ルミが、
小さく身じろぎした。
「……ノア……?」
微かな声。
意識が、
戻り始めている。
ノアは、
彼女の前に膝をついた。
「起きたか」
「……ここ……どこ……?」
ルミの瞳が、
白い世界を映す。
不安が、
滲む。
「ねえ……
私、また……
何か、壊した……?」
ノアは、
首を横に振った。
「いいや」
「もう、終わった」
彼女は、
じっとノアを見る。
「……嘘」
「あなた、
そういう顔してる」
ノアは、
一瞬だけ目を閉じ――
それから、微笑んだ。
「ルミ」
「これから、
君は自由だ」
「誰にも選ばれない」
「誰にも、
運命を決められない」
ルミの顔が、
青ざめる。
「……じゃあ……
あなたは?」
ノアは、
答えなかった。
その代わり、
彼女の額に手を置く。
「大丈夫」
「君は、
ちゃんと生きろ」
「それが――
俺の選択だ」
「……待って!」
ルミが、
彼の腕を掴む。
「一緒に……
じゃなかったの……?」
ノアは、
その手を、
そっと外した。
「一緒に行ける場所は、
選ばなきゃいけない」
「俺は……
ここを選んだ」
管理機構の光が、
強まる。
「選択、確認」
「ノア・アークレイン」
「代替核への移行を――」
ルミが叫ぶ。
「やだ!!
そんなの……
運命じゃない!!」
その叫びが、
白い世界に反響する。
一瞬――
管理機構の光が、
揺らいだ。
ノアは、
目を見開く。
(……ルミ?)
彼女の影が、
微かに動いた。
刻印はない。
だが――
意志だけが、残っている。
「……ノア」
震える声。
「それでも……
私が選ぶ」
「あなたを」
管理機構の声が、
乱れる。
「不許可」
「自由存在による干渉、
想定外――」
ノアは、
初めて動揺した。
「ルミ、やめろ!」
だが――
彼女は、
一歩、前へ出た。
「ねえ」
「運命って……
選ぶことで、
変わるんでしょ?」
白い世界に、
小さな亀裂が走る。
管理機構が、
初めて“沈黙”した。
そして――
どこかで、
低く、愉しげな声が響く。
(――ああ)
(やはり、そうだ)
(“選ばれなかった者”は、
最後に世界を裏切る)
運命喰らいが、
笑っていた。