テラーノベル
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ビルの屋上は風が強かった。夜景の光がきらきらしてるのに、足元から這い上がるような冷たさが張りついて離れない。
伊吹藍は、目の前に立つ“彼女”をまっすぐ睨んでいた。
「なんでこんなことしたんだよ!なぁ!」
声が震える。怒鳴ってるのに、かすかに掠れていた。
彼女はわずかに笑って、肩を落とす。
「…伊吹くんには…知られたくなかったなぁ…」
あっさりとした告白。言い訳でも、逃げでもなく、ただ静かに真実を置いたような声だった。
伊吹は手錠を構え、一歩にじり寄る。
しかしその瞬間、彼女の身体はすり抜けるように後ろへ――屋上フェンスの外側へ。
「待てっ!」
心臓が凍りつく。
欄干の向こうに、かすかに揺れる身体。
彼女は俯いたまま、掠れる声で吐き出す。
「あいつが悪いんだ!!…っ、私だって…殺したくなかった…!!」
その刹那、志摩一未の手が彼女の腕を捕らえた。
強く、だが確実に。
「伊吹を屋上に呼び出した時点で自殺するのは見えてた。…俺らが初動捜査したのが、運の尽きだったな。」
志摩の声は冷静で、それでもどこか悔しさを噛んでいた。
伊吹は震える手で、彼女の手首に手錠をかける。カチリと乾いた音。
「…俺は、こんな事実、信じたくなかった。」
それだけ言うと、伊吹は俯いて拳を握りしめた。何かを押し殺すように、その場を背にして歩き出す。
志摩が小さく息を吐き、伊吹の背を見送る。
「伊吹。…あとは俺がやる。」
手錠をかけられた彼女は、それでも少し笑った。
「出所したら会いに行くよ。伊吹くん。」
その声は風に溶けて、夜の街へ消えていった。
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