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「芳也は、あの宮田の家の重圧と、お兄さんへのコンプレックスの塊みたいだった。芳也の両親は無意識に兄の健斗さんを可愛がったし、親族も健斗さんがいれば大丈夫そんな事ばかりを言って、芳也の事は眼中にないみたいだった。それでも中学生までは勉強はもちろん学年で常にトップ。そして運動もできた。まあルックスもよかったからすごくモテた。そこはいいか」
少し笑うと始は麻耶を見た。
「そこはいいです」
話を続けて下さいという目で、麻耶は始を見ると始は肩をすくめた。
「学年トップになっても当たり前。兄の健斗さんの方がすごいんだ。お前は全然兄には追い付いていない。歳も違うし、学年トップもとっているのに、これ以上どうしろっていうんだ……そんな意識が芳也の中でどんどん広がって……高校に入ったころから芳也は家で会話をしなくなった。兄さえいなければ……そんな風に荒れていった。ガラの悪い友達とも付き合いだしたし、宮田の恥だって常に言われるようになった。
そして高校3年のころ、俺には芳也の本当の気持ちはわからないけど、結論、わざと健斗さんの大切に付き合っていた人に芳也は近づいた。そして彼女は芳也を選んだ。でもほんの1か月もしないうちに芳也からその彼女と別れた。そして芳也は、健斗さんに『大切な物を奪われる気持ち、人に愛されない気持ちがわかっただろ?』そう言ったって聞いている。彼女も自分に近づいた理由が健斗を見返すためだった事を知り、大切にしてくれていた健斗さんを裏切った事、そして好きになった芳也に裏切られたこと。その事が彼女を苦しめて、結果睡眠薬を大量に飲んで自殺を図るという事にまでなってしまった」
そこまで聞いて、麻耶も息を飲んだ。
「もちろん命にも別状はなかったし、後遺症とかそう言った事ももちろん何も無かった。でも彼女は宮田の家と懇意にしている、名家のお嬢さんだった。娘をなんだと思っていると彼女の父親が乗り込んできて、家を巻き込んで大騒動になった。その事があって、健斗さんは塞ぎこむようになり、それ以来誰とも恋愛しない人になった。そして芳也は父親に追い出されるように、アメリカに留学させられた」
麻耶は思った以上に重い内容に、すっかり何を話すべきかわからず黙り込んだ。
「それから、芳也もあの家から離れて、大人になってその時の事で苦しむようになった。どうしてあんなことをしてしまったのだろう。とそればかりを口にするようになった。それから芳也は人と深く関わることをやめた。社長業をしているときの芳也を見ればわかるだろ?自分を押し殺して、自分の自由は二の次。自分を傷めつける様に仕事に没頭して言った。そしてストレスのせいか体調も悪くなっていった。頭痛もその一つだよ」
麻耶はそこで、持病で頭痛があると薬を飲んでいた芳也を思い出していた。
「これが芳也の過去。水崎さんがこの事を聞いてどう思うかは自由。過去にそんなひどい事をして信じられない!そう思うのも自由だしね」
少し皮肉にも聞こえる初めの言い方に、麻耶は少し睨んだあとフッと笑った。
「そんなこと思わないってわかっていて話しましたよね?じゃあ、館長はそんな事をした芳也さんは友人じゃないんですか?」
その言葉に、始も小さく笑みを漏らした。
「だな。俺は痛いほどアイツの苦しむところを子供のころから見てきて、そして大人になっても苦しんでるアイツを見てきた。俺にとって大切で一番幸せになって欲しい相手だよ」
その言葉に、麻耶はじっと始を見た。そしてクスリと笑う。
「やっぱり館長は芳也さんの事が好きなんですね。だから彼女作らないんですか?」
その言葉に、「バカか」それだけを言うと、始はゆっくりと麻耶を見た。
「私も幸せになって欲しいって思ってますよ……」
呟くように麻耶は言って、芳也を思った。
始にお礼を言って、一人暮らしの家に帰ってシャワーを浴びてベッドに座った。
なぜか、芳也の話を聞いて心が落ち着かなかった。しかし何かできることも自分にはないと辛かった。
麻耶の中で始の話を聞いてから、今までの芳也の行動と言葉がストンと腑に落ちた。
本当の芳也は、人の事を1番に考え、優しい人だ。
いくら辛い時期だったとはいえ、まだ十八歳という多感な時期に、実の兄とその彼女から幸せを奪ってしまった事は許しがたい事なのだろう。
もちろん、芳也が悪いという事は麻耶もわかっていたが、一緒にいて、本当の芳也を知り、苦しんできた芳也を見ると、芳也が悪いとも、自分にひどい事をしたと恨む気持ちも全くなかった。
ただ、これからの芳也がこの十年分も幸せになって欲しい。兄や両親と関係を修復して欲しい。それだけの気持ちしか麻耶には無かった。
芳也の過去を知り、芳也の頑なな態度の理由がわかったが、だからといってどうにもならない現実と、行き場のないこの思いは、いつになったら消えて行くのか麻耶自身分からなかった。
ベッドに潜り込むと、ギュっとシーツを握りしめ、ただ無言で涙を流していた。
芳也を思って泣いたのか、会いたくなったのか……自分の気持ちが解らず大きく息を吸った。
(情緒不安定だな……)
涙を拭うと、麻耶は目をギュッとつぶった。
#謎
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