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芙月みひろ
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#虐げられヒロイン
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良く晴れた日曜日。
芳也は実家の応接室で父と母と対峙していた。
「こないだの話を承諾しに来たのか?」
その父の言葉に、真っすぐに芳也は二人を見据えた。
「いえ、きちんとお詫びと、自分の気持ちを伝えに来ました」
「なに?」
父の低い声にも、芳也は目を逸らすことなく、言葉を続けた。
「十年前、本当に子供で、いろいろの人に迷惑を掛けて、宮田の家にも迷惑をかけ逃げる様にアメリカに行ってそのまま戻らず、きちんと謝ることもせず、ここまできてしまい本当に申し訳ありませんでした」
頭が机につくほど頭を下げた芳也を、父も母も驚いたように見た。
昔の芳也から、親に謝るとか、反抗しないとか考えられなかった。
「頭を上げろ」
父の言葉にゆっくりと芳也は頭を上げて、言葉を続けた。
「俺が……この家に、宮田の家にできることは、アイリと結婚してMJA銀行との関係を密にすることぐらいだと思います。でも、でもようやく愛する人を見つけました。あの時から止まっていた時間を、兄貴との時間もようやく動き出したんです。本当に役立たずで、不要な息子で申し訳ありません。でも、俺は彼女以外と結婚するつもりはありません。こんな気持ちのままではアイリを幸せにすることなんてできません」
そこまで言ったところで、「お前は馬鹿か!」その父の言葉に、芳也はギュッと唇を噛んだ。
「申し訳あり……」
「お前にそんな宮田の、会社の為に結婚をしろと言った訳じゃない!それこそ思い上がりだ!お前なんかがそんな政略結婚をしなくても、ミヤタが揺るぐわけないだろ!」
苛立ったように言った父の言葉に、芳也は目を見開いて動きを止めた。
「それはどういう意味……」
口を噤んだ父の代わりに、母が口を開いた。
「お父さんはあなたの事を心配していたのよ」
「え……?」
意外すぎる言葉に、父は苦虫を潰したような顔をして母を見た。
「俺はもう行く!芳也。結婚は白紙にするが、お前の相手を認めるかは別問題だ。今度連れてこい!」
そう言うと、父は応接室を出て行った。
ぼう然としてでて行く父の後姿を見ながら、芳也は立ちすくんだ。
「芳也。座って」
優しく掛けられた母の言葉に、芳也は久しぶりに母親の顔を見た。
「迷惑を掛けて……」
「芳也。違うのよ」
俯いて目を伏せた母を芳也に驚いた顔を見せた。
「どういうこと?」
「お父さんは、あの時初めてあなたの気持ちが分かったんだと思う。どれだけ辛くて、健斗にコンプレックスを持っていたことが。そこで初めて自分の接し方が間違っていたことに気づいたんだと思う。でも……お父さんの性格だと素直にそれを認めることも、謝ることもできなかった。そしてあなたを自由にするためにアメリカに行かせたの」
その言葉に、驚いて芳也は息を飲んだ。
「そんな……俺はてっきり勘当されたものだと……」
「そう聞こえたわよね。でもね、本当は心配していたのよ。このまま健斗の近くにいることは芳也の為にならないって。最近の芳也の会社の成長をとてもお父さん喜んでいたのよ」
母の言葉に芳也はギュッと心が締め付けられるような気がした。
「でも一向に、家にも戻ることもないし、結婚をするとも聞かないし、もしかしてあの時の事を気にしてるんじゃないかって思ったみたいで。早川頭取のお話をとても喜んで聞いていらしたわ。お互いを思いあっているってきいたからだと思うけど、芳也がようやく幸せを掴むんだってね。でも、あなたが『誰も愛さない』と言ったその言葉を聞いて、お父さんはとっても悲しんでいたと思うわ。だから今回健斗と和解して、好きな人がいるって聞いてお父さんはきっと今頃ホッとしていると思うわよ。お父さんは愛情を表現するのが苦手な人だから」
そう言ってクスクスと笑った母を、芳也は黙って見ていた。
「だから、芳也。今度その彼女を連れて遊びに来て頂戴ね」
その言葉に芳也は更に黙り込んだ。
「芳也?」
母の言葉に、芳也は悲しそうに笑う。
「もう遅いかもしれないけど、全力でもう一度俺を見てもらえるように努力するよ。俺は彼女も傷つけてしまったから」
「そう。でも、やり直しはいくらでも効くわ。何度でも謝って手に入れなさい。それが宮田の男よ」
母のその言葉に芳也も大きく頷いた。
「お父さんきっと、その彼女を認めるのにも一癖つけそうね……。でもそれはこの家に生まれたのだから諦めなさい」
クスクスと笑う母に芳也も微笑むと、母は嬉しそうに、「久しぶりに芳也の笑顔を見れて嬉しいわ」そう言ってまた笑った。
※※
芳也が実家を訪れていたころには、街には半そでの人々が増え、日差しもギラギラと照り付ける様になっていた。
麻耶も、すっかり今の式場に慣れて毎日を忙しく過ごしていた。
だからと言って、他の人に目を向けられているそう言えればよかったが、相変わらず心の中から芳也がいなくならず最近は、思い出だけで幸せに生きていけるかも。そんな事を言って友梨佳に呆れられていた。
いつものように二十二時を過ぎて駅の改札を出て、ほとんど閉まっている商店街の中を歩いていた。
東京の都心から少し離れたこの町は、下町といった風情で、八百屋や魚屋や肉屋などが多く並び、買い物に行く麻耶にも優しく声を掛けてくれて、麻耶はこの町が気に入っていた。
そんな商店街の中を、むこうから歩いてくる人に麻耶は驚いて目を見開いた。
「偶然だな麻耶……元気だったか?」
「基樹……。久しぶりだね。基樹こそ元気だった?」
久しぶりに会う基樹に、麻耶は少し微笑んだ。
「俺は……元気だよ。それにしても偶然だな。麻耶この辺りに住んでるのか?」
「うん……仕事の帰り」
「じゃあ、あそこのコンビニとか行くのか?」
「そうだね。仕事帰りに寄ったりするよ」
麻耶の答えに、基樹は不思議そうな顔をして、
「俺も今この辺りに住んでいるんだけど……全然会わなかったな」
(この辺りに住んでるの?)
「そうなんだ……」
麻耶の考えるような顔を見て基樹は苦笑いを浮かべた。
「あの2人で住んでいた部屋は解約したよ」
(当たり前だよね。元カノと住んでいた部屋の新しい彼女と住めるわけないよね……)
麻耶は自分の中で納得すると、「そうだよね」と続けた。
「なあ麻耶。少し話せないか?」
「え?」
基樹の言葉に麻耶は驚いて、目を見開いた。
「あの時、あのまま別れた事……後悔した。なあ、ちょっとだけ」
「でも、この辺りもう店もないし……」
今更何を話すことがあるかわからず、麻耶は少し躊躇した。
「大丈夫だから」
そう言われ、麻耶は手を引かれて歩き出した。
「ちょ……と基樹?今更何を……」
その答えに基樹は答えることなく、そこから3分ぐらい歩いたところのマンションに入ろうとした。
「基樹?ここって基樹の家?」
少し早口になってしまい、自分が動揺していることに気づいて、麻耶は手を払おうとして足を止めた。
「ゆっくり話せるだろ?」
そんな言葉を言いながら、基樹はさらに麻耶を握る腕の力を強めるとエレベーターに乗り込んだ。
力を入れられた腕が痛み麻耶は顔をしかめた。
「基樹、痛いよ……どうしたの?」
笑顔の無い基樹の顔を見て、麻耶は声を何度か掛けたが、基樹が答えることはなかった。
エレベータの中でじっと見つめられ、少し恐怖すら感じる基樹の表情に麻耶は息を飲んだ。
5階の角部屋に到着し、基樹は鍵を開けると麻耶を中に入れると、ギュっと麻耶を抱きしめた。
「な……なにするの?!基樹ちょっとふざけないで!彼女はどうしたのよ!」
大きな声で言った麻耶に、
「別れたよ。やっぱり違ったんだよ、麻耶といる方が俺には楽なんだよ」
後頭部に手を回され、キスをされそうになり力一杯麻耶は基樹の胸を押すと玄関のドアに手を掛けた。
「楽ってなに?私との部屋に呼ぶぐらいその人の事が好きだったんじゃないの?ふざけないで!」
ドクンドクンと胸の音が大きくなり、明らかに動揺した麻耶は、そのまま階段で逃げる様に外に出た。
(どうして……なんで?今更……こんな基樹知らない!温厚で穏やかな基樹しか……)
基樹の家から5分しか離れていない自分の家に入り、ガチャリと鍵をかけると、汗が背中をつたってゾクリと背筋が凍えた。
(なんでこんなに近くに?偶然?それとも……)
先ほどの基樹の瞳に宿った暗い瞳が忘れられず、麻耶はギュッと自分の服の襟元を握った。
(なんで今更……)
まだ暴れている心臓を何とか落ち着かせようと、麻耶は大きく息を吸った。
それから一日に何度か基樹から電話やメッセージが来るようになった。
麻耶としてはもう話すこともない為、出ることも返事を返すこともしていなかった。
そのうち、非通知での電話がなるようになった。
基樹だろうと思う気持ちと、もしかして違うかもしれないと携帯が鳴ると、ビクッとして画面を見るようになった。
帰り道ももしかして基樹がいるかもと、不安になった。
(家ももしかして知っているの?)
そう思うと不安で仕方なかった。
仕事も終わり荷物をまとめていると、また携帯が鳴りだし、麻耶はビクッとしてしばらく机の上の携帯を眺めていた。
「でないんですか?」
後ろから声を掛けられた始の声に、麻耶は慌てて携帯を握りしめた。
「すみません。うるさくて」
早口に言った言葉に、始はため息をつくと、
「話してみて?どうした?」
「え?」
「怯えた顔をしてるぞ」
その言葉に麻耶は基樹の話を簡潔にした。
「お前。それって……ストーカー?」
「いえ……そんなことは……まさか……」
「元カレだからってわからないだろ?」
帰り支度をして、始と社員出口に向かいながら麻耶はため息をついた。
「送っていく」
「大丈夫です!そんなの悪いです」
「部下に何かあった方が、後味悪いだろ?」
「すみません……」
本当はかなり不安だったため、麻耶はホッとすると始の車の助手席に申し訳なさそうに乗り込んだ。
家の前に着き、始にお礼を言うと麻耶は周りを見渡し、人影が無い事を確認すると車を降りた。
「水崎さん、何かあったらきちんと言うんだぞ」
「でも……館長にそんな迷惑を……」
「いいから!部下を守るのも上司の役目だと思え」
厳しく言われ麻耶は項垂れる様に頷いた。
「早く行け!家に入ったら連絡しろ。それまではここにいるから」
そう言われ麻耶は、頭を下げると走って家まで帰った。
玄関に入り、鍵を掛けた所で始にメッセージを送るとホッと息を吐いて靴を脱いだ。
(考えすぎだよね……基樹とは終わった事だしね……)
麻耶は自分に言い聞かせるように思うと、服を着替えてキッチンへと向かった。
そうするとメッセージが来たことを知らせる音が鳴り、今送った始からの返事だと思い無意識にアプリを起動して、麻耶は息を止めた。
【麻耶、なんで電話にもでないの?返事もしてくれないの?そして今日の男は誰?】
そのメッセージに背筋が凍った。ドクンドクンと胸の音が耳に響いた。
(どうして?なんで?自分が他に好きな女の子ができたって言ったのに。どうして今更?)
既読の文字がついてしまった事が更に麻耶を苦しめた。
(どうしよう。また返事をしないって言われる?さっきも見られてた?)
恐怖を感じると、麻耶はドアにチェーンもかけて食事もとらずにシャワーだけ浴びてベッドに潜り込んだ。