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side M.Y
『リアルアカウント』から約2年。あの惨劇で日本の総人口の3分の1が無惨な死を遂げた。それも当然だろう。フォローしなければ死ぬし、フォローした相手が死んだらもれなく自分も死ぬのだから。大きな爪痕を残したけれど日常は平穏に過ぎ去っていく。かくいう俺もそんな日常を送っている人間の一人だ。
「…ユウマお兄ちゃん、そろそろ起きないとでしょ!」
「…分かってる。」
「全くもう…。」
“アタル”が死んで1人残されたユリと、彼女の唯一の肉親となってしまった俺は共に暮らしている。 最初は何となく気まずかった覚えがある。俺の記憶の中のユリはまだ幼かった。事故で記憶喪失だった為、それ以前の記憶しかないのだ。しかし時は経つもので、久しぶりにあった彼女は大きくなっていた。俺もアタルもユリも…会うことが出来なかったもう1人の妹こよりも…みんな成長している。2人での生活はもう慣れた。俺は無事に高校を卒業し、大学に進学した。今日はその入学式なのだ。
「なぁ、ユリ。おかしな所はないか?」
「んー?別におかしな所はないよ。」
「そうか。…行ってくるな!」
チラリと仏壇に目を向ける。そこには写真が3枚置いてある。母親とアタルとこよりの写真だ。そこには父親の写真はない。あんな事をやったのだ。俺たちはもうアイツを家族だとは思っていない。けれど、時折ユリが悲しそうな顔をしている事を俺は知っている。
「向井ユウマ。」
「はい。」
入学者の名前が順に読み上げられ、俺の番になる。本当はアタルでも、事故から目覚めたあの日から俺はユウマで、ユウマがアタルになった。この名前の方が馴染みがあって俺は好きだ。楽しい記憶も悲しい記憶も、この名前と共にあった。友人が出来て、恋人が出来た。今更元に戻そうなんて思わない。
『ハハッ、兄ちゃんは緊張してるの?』
(はっ、そんなんじゃねぇし。)
頭の中で声が響く。アタルの声だ。両親の研究で生まれたCAP技術によってユウマの複製、アタルとして俺はこの世に生まれた。元々1つだったものが2つに分割したのだ。そして、アタルの死によって俺たちは1つに戻った。その時にイレギュラーでも起きたのかアタルの意識が俺に入ってきたのだ。こんな状態でも俺は満足だ。
『…あやめちゃんにも見せたかったなぁ。ユリにも。残念だ…。』
(あやめとユリも学校があるから仕方ないだろ。ってか休みでもぜってぇ来させねぇ。)
『またまた〜、照れちゃって。』
あやめは高校3年生で絶賛受験生で大忙しだ。何やら俺と同じ大学に進学したいらしく猛勉強をしていると言っていた。これを聞いた時は嬉しさやら恥ずかしさやらで思わず彼女を抱きしめてしまった事は記憶に新しい。他校で家の距離も近い訳では無い俺たちだ、大学で気軽に会えるようになるのは非常に有難い。なかんかこう…色々と我慢出来なくなりそうではあるのが不安ではあるのだが。
『…兄ちゃんが考えてる事が手に取るように分かるよ。そういえば、来月にはまたみんなで集まるんでしょ?』
(あぁ、星名も藤巻も来るぞ。)
『久しぶりに2人と会えるのかぁ。今から楽しみだよ。その時は体ちょっと借りるよ。』
(あぁ。…蔵科がいる前では嫌だからな。アイツお前に変わるとすぐ髪の毛引っ張てきやがる。戻った時にいてぇのは俺だって言ってんのに。)
『ハハ…それは勿論。ごめんね。』
(…気にすんなバーカ。)
意識下で雑談をしているうちに、どうやら入学式は終わったようで、ぞろぞろと皆が会場を後にしている。俺もそれに習って席から立ち上がりその場を後にした。
自宅付近まで近づくと何やら良い匂いが俺の鼻を刺激した。匂い元は…どうやら俺たちの家らしい。緩む頬を律してからドアノブに手をかけた。ガチャッっとドアノブを捻り扉を開ける。
「「「おかえり!!!」」」
目の前にはユリとあやめ、蔵科が玄関に立っていた。何となく予想は付いていたけれど、やはり嬉しいものは嬉しいものだ。
「ただいま。」
ゲームを通して育まれた友情は血の繋がりよりも強い。以前に蔵科が言った言葉だ。本当にその通りだと改めて実感する。今日はとても良い日だ。大切な人と過ごすことの出来る素晴らしさに、以前の俺は気付きすらしなかった。あの悲劇を通して得た学びは、今も俺の中で確かに存在しているのだ。
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