十八年前、九歳の折に魔力災害から石化し始め、救われた縁で弟子となり、それ以後師匠の老人から教えを受けて、独り立ちして以来最早日常となってしまっていたこの世界の有り様と魔術師という存在の意義に思いを馳せていたバストロは思わず呟くのであった。
「レイブには困った物だ…… あれから一年、もう八歳になると言うのにいつまでもワンパクさが収まる様子が見られない…… ちゃんとした魔術師として生きていけるのだろうか? はあぁー」
素手の右手に角岩、所謂(いわゆる)チャート、難しく言えば二酸化珪素の結晶を掴み、空いている左手で使い易い大きさに整形していたバストロの声に気が付いたのだろう、今夜の塒(ねぐら)、岩山の中腹に位置する洞穴の入り口から重低音の声が響いた。
『レイブの事? あの子は良くやっているわよバストロ、少しやんちゃだけれど貴方の時と比べれば随分優秀だと思うわ、それに可愛らしいじゃないの、人間にしては』
そう言って洞穴の入り口から顔だけを内部に向けて、ニタリと大きな眼を細めて見せたのは、子竜ギレスラより遥かに鮮やかで真紅と表して良い鱗に包まれた大きな竜である。
「俺より優秀だって? ジグエラ、俺がお前らに出会った頃はもっと良い子だっただろう? 少なくとも師匠の言い付けは守っていた筈だ! 甘やかしてはレイブ自身のためにならんのだぞ? それに、レイブの師匠は俺だからな、お前はギレスラの成長を考えていれば良いんだからぁ! 口出し無用だぞ!」
『あらあら』
バストロの全身より大きい顔を少しだけ引っ込めて、長い首を竦(すく)める紅竜ジグエラは言葉を途切れさせ、洞窟の反対側、やや広くなっている辺りから、更に低く重い声が洞窟内を震わせる。
『ブフォっ! 良い子のぉ、確かにお主は師匠グフトマに口答えも嘘も言わぬ良、い、子、じゃったかも知れぬのぉー! じゃが、当のグフトマのいない所では色々愚痴っていたじゃろうが? それに、いつだったか? あの小さなラタトスクの糞(フン)を食事に入れるとか何とか叫んでいたじゃろうて? あの時は止めるのに一苦労じゃったぁ、のう? ジギー?』
『ええ、覚えていますわ、ラタトスクの糞、あの小さなリスの糞は人間には猛毒ですものね、ヴノ貴方と一緒に必死に思い止まらせましたもの、忘れられませんわ、うふふ』
バキッ!
話の内容に何か思う所でも有ったのか、バストロは右手に持って整形していた火打石を握り潰してしまうのであった。
柔らかめとは言え自然石、所謂(いわゆる)石英を、である…… この辺りからキャリア十年を越える魔術師の膂力(りょりょく)、腕力が窺い知れるのではないだろうか?
バストロは俯いたままで唸るように声を絞り出す。
「こ、子供の頃の話はもう良い…… 自分でも、反省、してるんだ……」
『うふふ、でしたらもっとレイブに寛容にね、バストロ?』
「うぐっ……」
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