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Side 緑


ずっと、部屋にはジェシーのうめき声が聞こえる。

「うっ…痛い」

「大丈夫、大丈夫」

ジェシーの背中をさすり、声を掛ける。

みんなでいつものように練習をしていたところ、急にジェシーが足の痛みを訴えたのだ。しかも、ない方が痛いという。

これは、幻肢痛の症状だ。主に足を失った人などがなるとされていて、あるはずのない足が痛むというもの。

更衣室に戻ってマットの上に寝かせ、痛み止めを飲ませたがあまり良くならない。

このメンバーの中で幻肢痛の経験があるのは、俺だけだ。しかも大我は初めて目にして、さっきからおどおどしている。

「痛い、いった…」

切断部分を押さえ、痛がるジェシー。

俺は軽いほうだが、もちろん程度に個人差はある。

樹「治りそう…?」

心配そうに訊くが、そんなことは俺にもわからない。

「わかんないけど、きっとすぐ良くなるよ。な、ジェシー、あともうちょっと頑張ろう」

苦しげな表情は変わらない。

少し治まったら、もう今日は帰そう。



「ふう、もう大丈夫だよ。ありがとな慎太郎」

起き上がり、そう言う。片足で立ち上がって車いすに乗る。「早く練習しよ」

早速車いすを漕ぎ出そうとするジェシーを止め、「ダメだってジェシー。今日は帰りな」

「えー、何で? 俺もう大丈夫だって」

北斗「たまには休め」

北斗もいさめるが、納得いかない顔だ。

「でも……もうすぐ大会あるし…」

高地「別に大会があったって、仕事で来れないときもあるじゃん。ゆっくり休みなよ」

高地に言われると、素直に口を閉じる。

「じゃあ、あとはお願いね」

あっさり手を振り、部屋を出ていく。

北斗「ほんとに高地には甘いんだから…」

樹「…きょも、大丈夫?」

大我「ああ、うん…。ちょっとびっくりしちゃって」

「そうだよね」

樹「俺らにはその症状とかわかんないからさ、今でも慎太郎がジェシーか、どっちかなったときにはどっちかいないと対応が不安なんだよね」

「そっか…」

高地「っつーかお前、今大我のことなんて言った?」

樹を見て言う。確かにきょも、と言ったような…。

樹「え、きょも。京本から取ってきょも」

北斗「いつから言われてんの?」

大我「えー、結構最近」

「いいね、かわいい。じゃあ俺もきょもって呼ぶ!」

大我「なんだそれ笑」

「ダメ?」

大我「まあいいよ」

他愛もない会話ができるようになったのも、大我がチームに慣れて信頼関係を築いたからだろう。


その日の練習を終え、みんなはそれぞれ帰る支度を始める。

すると、細い声で北斗が俺を呼んだ。「しんたろ…」

「ん、どうした?」

「…あのさ、今日……車乗せてほしい」

声は弱々しいが、「ほんと?」と聞くとしっかりうなずいた。

北斗は車の事故に遭ってから、怖くなって車に全く乗れなくなった。今は電車を使っているらしい。でも最近は、克服しようと努力しているという。だから俺も協力したいが、不安もある。

「…大丈夫なの?」

「頑張る」

「無理しなくていいよ。北斗のペースでいいんだから。…じゃあちょっとだけ乗ろうか」


助手席に北斗を座らせて、車いすを後部座席にしまう。

「薬持ってる?」

薬とは、睡眠薬のことだ。もし厳しくなったら眠らせる、というやや強行な手段を使う。

「あるよ」

「じゃあ行くね。ちょっと異変感じたらすぐ言ってよ。停めるから」

うなずいたのを見て、アクセルを踏む。

ときどき声を掛けながら、様子をうかがう。

やはり最初は落ち着いていたが、だんだんその表情は硬くなっていく。

「はあ、はぁ…」

ズボンを掴む手に力が入っている。

「息苦しい? 停まるか」

近くのコンビニを見つけた。

が、その少し先に、警察車両がいる。よく見たら、救急車も停まっていた。

車両事故だ。

しまった、北斗が見ちゃったらさらにひどくなる。その心配は、皮肉にも的中してしまった。

「何あれ…え、車の事故っ」

ひゅっと息を呑む音が聞こえた。「嫌だ、怖い! 助けて!」

「ごめん北斗、Uターンするよ」

幸い、対向車線は車が来ていない。その場で回り、横道に入って遠回りをする。

ほかのコンビニの駐車場に止め、北斗の顔色をうかがう。

「怖かったな、俺も気づかなかった。ほんとごめん」

「…ううん、だい…じょうぶ」

身体は小刻みに震えている。怖い思いをさせてしまった。

「よしよし、よく頑張ったな。もう寝ちゃっていいよ」

錠剤を口に含み、しばらくすると静かに寝息を立て始めた。


「起きて、着いたよ」

肩を叩いて起こす。本当なら部屋まで運んでいってあげたいが、車いすに乗らないといけない。

「うう…」

「大丈夫?」

「ん…」

寝ぼけ眼をこすり、取り出した車いすに移乗する。

「辛いのによく頑張ったね。ゆっくりお休み」

手を小さく振り、踵を返す。

「うん」

悲しいのか寂しいのか、乾いた声だった。


続く

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