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「……俺のだな。はい、ああ、杉田さん。 すいません。 もう戻りました?」
相手は杉田のようだ。
会議から総務に戻ったのだろうか。 この状況では、総務あての電話などは人事が対応してくれているのだろうからひとまずホッと胸を撫で下ろした。
「はい、送って行こうと思うんで、小一時間電話やら急ぎあれば頼めますか? 自宅に放り込んだらすぐ戻るんで」
そう言って通話を終えた八木に、真衣香が声をかけるよりも早くなぜか坪井が声を発した。
「送るって何すか? 八木さんが立花を?」
問い詰めるような早口に、八木の眉根がピクリと動く。
「他に誰がいるってんだよ」
「や、俺行きますけど。 早目に昼休み取って、その足で客先行けばちょうどいいかなって思うんで」
坪井の言葉に耳を疑った。
それは八木も同じだったようで「どの口が言ってんだ?」と呆れたように言って更に続いた声は低く這うような声だった。
「あのなぁ、どう考えてもこいつの不調はお前が原因なんだろ、坪井。 さっきの話何だよ? このクッソ寒い中コートも着せずに? 女が外を出歩く羽目になったのはどういう経緯でだ」
もしも真衣香に向けられていたものだとしたら、恐ろしくて肩を縮めてしまうかもしれない……そんな声だ。
坪井の登場により機嫌が急降下してしまった様子の八木。 坪井は何か言い返そうと口を開けたが、
すぐに言葉を飲み込むようにして、黙り込む。
その沈黙を、会話が終わったと判断した八木が真衣香に視線を戻して言った。
「まぁ、今はいい。マメコ帰るぞ。立てるか? 担ぐか?」
その2択ならば、もちろん。「立てます……」とサンダルを履いたけれど、やはり立とうとすると、めまいですぐには立ち上がれず、ふらついた。
それを何度か、繰り返す。
真衣香の様子を黙って眺めていた八木だが、痺れを切らしたのか。
「はいはい、もう気ぃすんだか?」と溜息まじりに言って先ほどと同じように真衣香を、ひょいっと担ぎ上げてしまった。
「や、八木さん、私ほんと、もう少し休ませてもらったら……一人で帰れます」
トントンと、弱々しい反撃で八木の背中に訴える。
総務のフロアで膝をついてしまった時よりも、横になったおかげか、意識もしっかりしているうえに、今は……坪井の視線を痛いほどに感じる。
それが真衣香の恥ずかしさを増大させていた。
「ったく、今更なんだお前は。 尻は避けてんだろ文句言うな」
(し、尻って……!)
顔が熱くなっていく真衣香の後ろでは、小さくだけれど「……チッ」と、確かに聞こえた舌打ち。
思わず唇を噛んだ。
そんな坪井の行動ひとつで、真衣香の頭の中には小野原の一件や、その一連での坪井との会話、自分の胸の高鳴り。 全てを、よみがえらせてしまうのだ。
(もう嫌だ……)
また涙が出そうになる自分にいい加減嫌気がさした。