テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「……アニータ嬢はバージル様のことを結婚相手として狙っていたそうですよ」
「…………えっ?」
バージル様にアニータの件を相談できたことで、私の浮き足だっていた気持ちはかなり楽になった。しかし、その代わりにバージル様の方が落ち込んでしまったのだ。アニータに絡まれたのは彼のせいではないのに……
責任を感じて俯いているバージル様を見ていられなかった。少しでも雰囲気を変えたくて、アニータの衝撃発言についても報告しておいた。彼がどんな反応をするのか私自身も気になっていたので、頃合いを見ていつか話題にはするつもりだったけど……完全に『今』ではなかったな。
これは……やってしまったかも……
雰囲気を変えることには成功した。ただし悪い方向に。私の言葉が聞こえていたはずなのに、バージル様は言葉を返してくれない。アニータの事を良く思っていない彼からしたら、決して愉快な内容でないのは分かっていたが、まさか会話を拒否されるほどとは思っていなかった。
彼の珍しい表情がまた拝めるかもなんて……軽い気持ちで口にしてはいけなかったのだ。
「……すみません、バージル様。こんな時に言うことではありませんでしたよね。私ったら無神経で……」
「あ、ああっ……ごめん。突然のことで驚いてね。怒っているわけじゃないから」
嘘だ。絶対怒ってるって。目を見れば分かる。私に気遣わせまいと何でもないように振る舞っただけだ。
バージル様ともなれば縁談の話など山のように来ているだろうし……もしかしたら既に心に決めたお相手がいるのかもしれない。自分自身が婚約で嫌な思いをしたばかりだというのに……ひと様のプライベートな話題に無遠慮に首を突っ込むのは自重すべきだ。さすがにバージル様がアニータを選ぶことはないだろうけど、彼が誰と結婚するかなんて私には関係のないことなのだ。そこまで考えた所で胸の奥をチクリと刺すような痛みが走った。
「……私に対してそのような戯言を吐けるのなら、作戦は順調に進んでいると見て良さそうだな」
「あの、バージル様……?」
バージル様が小声で何か呟いている。口角は緩く上がっており、笑っているような表情だった。怒っているのだとばかり思っていたけど……本人が主張する通り、話の内容に驚いただけだったのだろうか。
「いやぁ……まさか私がアニータ嬢に目を付けられていたとは思いもせず……一瞬頭が真っ白になったよ」
「それは私も……彼女はマルクの事が好きだとばかり思っていましたから……」
「まあ、令嬢たちにとってジョゼット家の跡取りという肩書きはそれほどに魅力的なのだろうな。驚きはしたけどいちいち腹を立てることでもないさ」
私が驚いたのは、アニータのマルクに対しての感情の方であり、彼女がバージル様に惹かれること自体は不思議ではないと思っていた。
バージル様の言い方だと、彼に好意を向けてくる令嬢は全て家柄のみを目当てにしているかのように聞こえてしまう。いや、実際そういったものに惹かれて寄ってくる女性は多いのだろう。
貴族として生まれた以上、結婚が本人の意思だけで決められないのは仕方のないことである。それは私も身をもって理解してはいるけど……
バージル様も華やかな噂の影で大変な気苦労を抱えているのかもしれないな。
「マルク・レシューといい、アニータ・ルザネといい……リナはあのふたりに振り回されて大変な目にあったね。レシュー家はまだ諦めていないようだが、婚約を解消したアルメーズ子爵の判断は間違っていないと思うよ」
「はい。ありがとうございます、バージル様」
『後ろめたさを感じる必要はない。リナは悪くない』と、バージル様ははっきりと言ってくれた。場違いなアニータの話題を出して、変な空気にしてしまったというのに……私はまた彼に元気付けられてしまった。
今後ジョゼット兄妹に足を向けて寝られないな。婚約解消の祝杯にはバージル様も招待しなければならないだろう。
時刻は21時。私とバージル様は予定通り学園の敷地内に潜入した。張り込み場所は校舎の中。私たちは周囲の様子に気を配りながら慎重に移動した。
このくらい遅い時間になると当然だが辺りは真っ暗だ。よく知っている場所なのに初めて来たような錯覚と恐怖を覚えてしまう。しかも、張り込みという名目上、カンテラなどを持ち歩くこともできない。暗さには徐々に慣れてはきたけど、バージル様がいなかったら絶対にひとりで来ることはできなかっただろう。
「バージル様」
「何だ?」
私は小声でバージル様を呼んだ。応えてくれたということは、ここでならまだ会話をしても問題ないようだ。
「学園が違法薬物の取り引き場にされている。バージル様たちは、本日の22時頃にその取り引きが行われるかもしれないという情報を入手した。私たちはその現場を押さえる……間違いないですよね」
「……ああ。その認識でいい」
「分かりました。すみません、最後に確認しておきたかったんです」
取り引きが行われるであろう日時や場所までもが判明している。捜査はかなり進んでいるみたいだ。けれど、まだ決定的な証拠がない。関係者を捕えるには取り引き現場を押さえるという、言い逃れの出来ない状況に追い込むしかないのだ。
万が一、張り込みが失敗した時の保険が私なのだと聞かされたけど……
私がいるくらいでどうにかなるのだろうかという不安が今更ながら過ぎってしまう。いや、そもそも失敗してはいけないのだ。あくまで保険なのだから。
「あまり心配しなくても大丈夫だ。私が付いているから」
「……はい」
バージル様の言葉が身に染みた。ここまできたのだから後戻りは出来ない。彼を信じて余計なことは考えず、自分に当てられた役割を精一杯こなすことに集中しよう。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
もな
113
40
14
水瀬葵
330