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告別式は簡素なものだった。できればさっさと終わらせてしまいたいんだろう。人が訪れてはさっさと帰ってしまう。それはそうだ。単に義理で来ているんだろうから。
そんな中に〈鳴門組〉の組長と若頭が訪れた。二人はすぐに分かった。手伝いに来ていた〈鳴門組〉の緊張感が半端なかったからだ。二人は焼香を済ますと親父と俺の前にやってきた。二人は俺のほうなんか見ちゃいなかった。
組長は細身の五十代くらいの男だった。白髪混じりの髪を撫でつけ、細い縁の眼鏡を掛けて神経質そうに見えた。隣の若頭は組長とは正反対の大柄で筋肉質でいかにもな身体だった。髪は少し長めでところどころ金色のメッシュが入っていて、耳に幾つかピアスをしていた。三十代前半といったところだろうか。黒いネクタイはぶら下がるようにだらしなく結ばれていた。とりあえずネクタイくらいちゃんと締めろ。
「この度は」組長はありきたりな言葉を吐いた。まるで気持ちなんか入っちゃいなかった。親父は軽く頭を下げた。それは仕方ない。頭を下げるのは礼儀ってもんだ。
「残された者達はしっかり面倒みるんで安心してくださいよ」そう言って親父の背を叩いた。親父は「ありがとうございます」と深々と頭を下げた。「いやいや頭を上げてくださいよ」なんて組長は言ったけど。親父が頭を下げてる時に、若頭が口角を上げて組長と目配せしたのを俺は見逃さなかった。
火葬場に移った時には俺たち〈紅玉組〉の面子しか残っていなかった。手伝いに来ていた〈鳴門組〉の連中には待たせるのは申し訳ないと春日さんが言って帰ってもらったらしい。確かに奴らに骨を拾わせるのは嫌だ。火葬場の人は「健康な男性ですから、少し時間がかかるかもしれません」と事前に言っていた。炉の扉が閉まる時、井上さんは泣いていた。春日さんだって目尻を拭っていたから泣いていたのかもしれない。若者組は出棺の時からベソベソ泣いていたからもう目が真っ赤だった。泣いてないのは親父と俺だけだった。
終わるまで部屋で待つように言われたが、俺は外の喫煙所にいた。そこからなら煙突から白い煙が昇っていくのがよく見えた。
「なんで煙草も吸わねえのにここにいるんだよ?」
井上さんと春日さんがやって来た。それ以上は何も言わなかった。俺たち三人はしばらく黙ってその煙を眺めていた。
「──井上さん。石川はやっぱり女にちょっかいかけて殺されたんですかね?」俺はポツリとそう言った。
「あくまで噂だ、噂!」そう否定した井上さんは凄い勢いで春日さんにどつかれた。
「余計なこと言ってンじゃねえぞ!」
「いや、だから」
「若頭はヤクの取引きの現場にたまたま遭遇して売人のブラジル人に銃で撃たれた。そう言ったろ?」春日さんは俺を睨みつけながら同じことを繰り返した。そんなことは分かってる。
「──春日さん。俺は表向きの理由なんか聞いちゃいないんです。真実を知りたいだけなんですよ」
自分でも驚くほど冷えた声が出た。春日さんも井上さんもその威圧感に圧されてグッと黙り込んだ。
「俺は問題なんか起こすつもりはありません。けどそんな嘘っぱちな理由で納得しろとかあり得ないでしょ。何より石川に失礼だ。正当な理由で送り出してやりたいだけなんです」
不思議と淡々とした言葉が口から飛び出す。俺は自分に問いかけてるのかもしれなかった。
「〈極翠会〉の梨田の情婦にちょっかいかけてってのは〈鳴門組〉の奴らが言ってただけだ」春日さんは慌てたように否定した。
「でも本部でその話が出なかったわけじゃないですよね? だからこそブラジル人の売人をでっち上げたんでしょう?」
俺は横目で春日さんを見た。春日さんは困ったように目を逸らした。
「〈極翠会〉と事を構えたくなかったからでっち上げた。そしてそれを警察も納得した。そういうことなんでしょう?」
俺がそう言うと春日さんは思いきり煙草を灰皿に押し付けた。
「ああ、そうだ。けど若頭が梨田の情婦にどうこうって話は〈鳴門組〉の組長から出た話だ。俺だって若頭とずっと一緒にいたわけじゃねえから、そう言われたらそうかって答えるしかねえだろ! テメエのほうがよっぽど若頭と一緒にいたんだから知ってンじゃねえか!」
そうか。春日さんも井上さんも前の若頭を慕っていた。石川とはどこか他人行儀なところがあった。そこを〈鳴門組〉に利用されたんだろう。
「すいません」俺は二人に頭を下げた。そうだ、俺が一番石川のそばに居たんだ。俺が石川を信じてやれなくてどうするんだ。
嘘の理由のまま見送ることなんかしない。絶対に本当の理由を暴いてやる。俺は立ち昇る煙を見ながらそう心に誓った。