互いの視線が向かうは、互いの瞳のみ。
鋭く交差する目線と剣先は未だ動かない。
息も詰まるような間合いを破ったのは、慎太郎だった。
竹刀を素早く振りかぶると、右袈裟斬りに払う。
それを北斗は下段の構えで受け止める。カンッと力強く乾いた音が響いた。
そこからは両者譲らず斬りかかる。
慎太郎が果敢に攻めようとするが、北斗の守りは堅い。
竹刀同士が当たる音と衣擦れの音、それから二つの足音だけがするこの道場。
たった一人の見物人も、固唾を飲んで見守っている。
すると慎太郎が大きく剣を振り上げた隙に、素早く北斗が振り下げて胴を突いた。
見ていた樹が声を上げた。「一本!」
慎太郎は勢いのあまりしゃがみ込む。
それを見て北斗が駆け寄った。「すまぬ…やりすぎた」
「いや、大事ない」と立ち上がる。「随分と腕を上げたな」
「ああ。しかし慎太郎の守りを抜けるとは大したものだ」
樹も云った。そして膝を打って立ち上がる。
「いざ、疲れたから茶屋にでも参ろう」
「いやいや…おまえは対決していないだろう」
と慎太郎が云うが、結局休憩をしに行くことになった。
刀を差して下駄を履き、道場を出る。
「あっそういえばなんだが、この間、四条で器量の好い女子と出会ってな」
樹が話し出す。しかし二人の表情は変わらない。慎太郎がぽつりと返した。「またか」
「お文さんといって、京の武家出身の方だそうで。よろしければ宿にでも共に行きませんか、と云ってみたのだが断られた」
「珍しいな」
「亭主がおるというので行ってしまったんだ。ああ、綺麗な小町だったんだけどなぁ。島原の遊郭に行こうかなぁ」
それには誰も反応しない。樹のそういう話は飽きている。
そして茶屋に着くと、並んで軒先に座る。茶屋娘がやってきた。
「おいでやす。何にいたしましょうか」
茶を三つ、と北斗が云う。
「あと拙者は団子も」
慎太郎が付け加えた。
承知いたしました、と奥へ消えていく。
「……俺はあの娘とか好きなんだが」
北斗は樹に向かって云った。
「へえ。俺はもっと雅な町の水茶屋のほうがいい」
賛成、と慎太郎。
「樹、此度行くか? 屯所の近くに新しく出来たんだ」
「おう、いいな」
やがて抹茶と団子が運ばれてきた。
「うん、うまい」
と三人はお茶をすする。
「今日はお天道様も出ているし、町の喧嘩もない。のどかだな」
通りを眺めながら北斗が笑う。
「そうだな……うん?」
相槌を打った慎太郎が首をひねる。「今、刀を抜く音が…」
立ち上がって柄に手をかける。かちゃりと音がした。
「おい行くな慎太郎、やめておけ」
北斗が着物の袖を引っ張って止める。不服そうな顔で座った。
すると少しばかり離れたところで、人が倒れた。尊王攘夷派の浮浪武士だろう。
「もしかしたら、新選組だったかもしれん」
「斬ったのが?」
樹の問いに、ああ、と答える。
「まあ手柄はまた次にしろ。これから戻るのだろう?」
そうだった、と忘れていたように立ち上がる。
持っていた串を皿に戻し、「では行ってくる」
と新選組の屯所に向かうのを二人は見送った。
「なあ樹、呉服屋に付いてきてくれんか」
「…何故。俺は刀を見に行きたい」
「愚痴を聞いてやっただろう。おまえの着物も探してやる」
「いらぬ」
二人はまた、京の道を歩き出した。
続
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続きが楽しみです!待ってます!