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『あれ、ここは……』
目を覚ました良規のまわりには、静寂だけが支配する、真っ白な空間が広がっていた。
空もない。地面もない。
温度も、風も、音も、何もない。
けれど……
『美咲さん……?』
その声に応えるように、微かに何かが揺れた。
振り向くと、そこにいた。
純白のワンピースを着た美咲が、ゆっくりと近づいてきた。
「……良規くん。」
『……!?』
2人は、何も言わずに抱き合った。
何年も待っていたかのように、もう二度と離さないと誓うように。
やがて、美咲がぽつりと言った。
「ここが、“死後の世界”なのかな」
『……天国? それとも地獄?』
「さぁ、どっちなんだろうね……でも、“2人一緒”なら、どっちでもいい」
微笑みながら、彼女はそう言った。
しかし……
数歩先の地面が、ゆっくりと崩れ落ちた。
そこには、真っ黒な深淵。
果てのない奈落が、口を開けていた。
『っ……何これ……。』
「……ここは、“選ばれる場所”なのかもね」
『選ばれる?』
「生きてきた“業”や“愛”、その重さを量られる場所。2人で死んだからって、許されるとは限らない」
良規の心に、不安が広がっていく。
その時、空間の奥に、誰かの“気配”が生まれた。
ざわ、ざわ、と空気が震え、何人もの「影」が現れた。
その影は、誰もが……
“かつて2人を傷つけた人々”だった。
・美咲を捨てた母親
・母親に暴力をしていた良規の父親
・2人を孤独にした過去の人間たち
けれど……
それだけじゃなかった……。
そこには、“2人自身”の姿もあった。
愛に狂い、支配し合い、最期には死を選んだ、かつての2人。
その影たちが、無言で2人を見つめていた。
『これは……”裁き”?』
美咲はゆっくりと、良規の手を取った。
「いいよ。もしも裁かれるなら、2人一緒でいい」
『美咲さん……』
「だって、良規くんを愛したことに、後悔なんて、1つもないから」
次の瞬間、影の一体が口を開いた。
その声は、どこか神のようでもあり、自分自身のようでもあった。
–––問おう。お前たちの愛は、誰かを傷つけなかったか?–––
2人は黙っていた。
やがて、良規がゆっくりと答えた。
『……ああ、傷つけたよ。でも、美咲さんだけは、救いたかった。』
–-–—–“救い”とは、誰かの自由を奪うことか?––––-
『……それでも、美咲さんは望んでくれた。俺がそばにいることを……。』
美咲も、小さく頷いた
「誰にも理解されなくていい。誰にも許されなくていい。私は、彼と“地獄”を歩く道を選んだの。」
影はしばらく沈黙したあと、こう言った。
––––––––––––ならば、選べ––––––––––––––-
––––––—-––“永遠に孤独な救済”か–––––––––––
–––––––––“2人で堕ちる無限の連帯”か––––––––-
2人は、迷わず互いの手を強く握った。
「一緒に堕ちよう、良規くん」
『……ああ。どこまでも、一緒に……。』
次の瞬間、ふたりの足元が砕けた。
奈落へと、ふたりは堕ちていった。
叫びもなく、恐怖もなく。
あるのはただ、冷たい闇と、お互いの温もり。
そこは、”地獄”だった。
でも、他人が作った地獄ではない。
2人だけの、”2人だけによる地獄”。
血のように赤い空。
夜しか存在しない時間。
無限に繰り返される、過去の記憶の再演。
壊れるまで抱き合い、壊れてなお、求め合う。
愛している。
憎んでいる。
でも、やめられない。
これが2人の罰。
けれど、2人の”天国”でもあった。
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