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雨が降りしきる夜、探偵事務所のドアが静かに開いた。入ってきたのは、黒いコートを着た一人の若い女性。彼女の顔色は青白く、その表情には深い不安と恐怖が浮かんでいた。
「探偵さん、お願いがあります。私の兄を探してください」
女性は震える声でそう言った。兄の名前は「高木(たかぎ)アキラ」、駆け出しのルポライターだという。女性は「アキラは何か大きな事件を追っていた。きっとそれに巻き込まれたんです」と訴えた。
唯一の手がかりは、アキラがいつも持ち歩いていたという、使い古された「灰色の手帳」。女性はそれを私に手渡した。中身は走り書きのメモと数字ばかりで、一見すると意味不明な暗号のようだった。
私が手帳を調べている間、女性は事務所のソファに座り、ただ静かに雨音を聞いていた。ふと、彼女が持っていた黒いハンドバッグが目に入った。そのバッグの隅には、乾いた泥のようなものがわずかに付着していた。
「最近、どこか泥の多い場所に行かれましたか?」と私が尋ねると、女性は一瞬ぎくりとした表情を見せた。「いえ、ただの染みです」と彼女はすぐに否定した。
私はアキラの足取りを追い、手帳のメモが示す場所──かつて閉鎖された古い製薬工場へと向かった。そこは人里離れた山中にあり、地面は雨でぬかるんでいた。
工場跡地を調べていると、錆びたドラム缶の影から、見覚えのある「灰色の手帳」の切れ端が見つかった。そこには、女性が私に見せた手帳にはなかった、最後のページの一部が残されていた。
そこには、はっきりとこう書かれていた。
「犯人は、弟のマユ。製薬工場の秘密を知られたくなかったらしい」
私は慌てて事務所に戻った。しかし、女性の姿はどこにもない。ソファに残されていたのは、乾いた泥の跡と、女性が置いていったハンドバッグだけだった。
バッグの中には、アキラが女性に宛てた手紙が入っていた。
「マユ、君が製薬工場の一件に関わっていると知った。証拠はすべて手帳に書き留めた。君を信じたいが、もし私に何かあったら、この手紙を読んでくれ」
手帳は二冊あったのだ。女性は私に偽物の手帳を渡し、アキラが残した真の手がかりを隠蔽しようとしていた。
女性が残したバッグの泥は、彼女が製薬工場跡地から直接私の事務所に来た証拠だった。
雨は止み、夜空には月が浮かんでいた。私は窓の外を見つめ、消えた依頼人であり、事件の犯人である女性の行方を追う決意を新たにした。アキラの無念を晴らすために、そして、この不可解な事件の真相を白日の下に晒すために。