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「…そう」と翠は短く返事をした。とりあえずトラブルには巻き込まれずに済みそうだ。
珈琲の準備ができると、三橋も自然と翠の背中から離れた。翠は彼に向かいの椅子に座るよう促し、目の前に湯気の立つ香りの良い珈琲を置いた。
「…で、何があったの?」と彼女は先程の椅子に腰かけながら落ち着いた声で尋ねた。
彼は黙ったまま珈琲の入ったマグカップを両手で包み込み、立ち上る湯気の中に答えを探すように見つめている。彼が答えることを迷っているのか、答え自体が見つからないのか、翠には読み取れない。
「今、答えることができないならしなくてもいい。話したくなったら話せばいいよ。」と彼女は言うと珈琲を口に含んだ。
三橋は少し考えた後、珈琲を一口飲み、ゆっくりと口を開いた。「…分からなくなっちゃったんだ」
「分からない?」と翠は彼の言葉に首を傾げる。
「……2年間、翠と距離を置いていた間。色んな女性と付き合ったんだ。1人目の元カノとはあの後…翠と離れた後、すぐ別れちゃったんだけどね。」と彼は苦笑しながら人差し指で頬を掻く。
「その後はその場のノリとか遊びで関係を持った子も居たし、真剣に付き合った子もいた。…でもやっぱり長くは続かなかったんだ。相手には何の不満も問題もなかったのに…ずっと何かが足りなくて。」
翠は三橋の瞳を真っ直ぐ見つめ、彼の言葉に小さく頷きながら聞いている。
「…そんな事を繰り返していくうちに、その原因は自分自身にあるんじゃないかって思うようになったんだ。自分が変わらなければこの満たされない感情は、どんなに周りに求めたとしても空っぽのまま変わることは無いんじゃないか。」
三橋は眉間に皺を寄せ、表情を歪ませた。こんな表情を見せるのは初めてだった。彼は何かに苦しんでいる。翠にはそう感じられた。
「その原因がなにか分かったんだね?」と翠は尋ねる。
「……母なんだ」と彼は俯きながら小さく、だけどハッキリと答えた。
「数年前…母の様子がおかしいと実家に居る妹から連絡がきたんだ。
話が噛み合わなかったり、記憶が曖昧になったり、呂律が回ってない事がしばしばあって…やたらテンションが高い時もあれば、部屋に閉じこもって誰とも口を聞きたがらない時もあると…」
「認知症…とかではなさそうだね」
「認知症ではない…。その連絡があった時から薄々原因は分かってた。恐らく、酒によるものだろうと」
「酒…」
「アルコール依存」
彼はマグカップを握っている力を強めた。