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その表情が何を意味しているのかが、今の真衣香にはわからない。けれど、ここで言葉を途切れさせてはいけない気がした。どうしても。
真衣香の手の上で頼りなく揺れた、坪井の指先に触れる。その手が逃げるように彷徨ったから、逃すまいと追いかけ、握りしめた。
追いかけっこのような触れ合い。今度は怖がらないから、逃がさないから。その一心で真衣香は問いかける。
「前に、肝心な時に疑った男だって……坪井くん自分のことを言ったよね?」
「言った……な」
「坪井くんが疑ったものって、何? 私のことを遠ざけようとしたのは、どうして?」
恋がどんなものかも理解せず、逃げてきた。そんな真衣香が、今度は頼りなく揺れる坪井の視線を追いかけている。
握りしめた坪井の人差し指は、真衣香の手を振り払ったりはしなくて。かわりに他の指で真衣香の手を包み込んでくれた。
”あの夜”には考えられなかったことだ。
坪井は、確かにあの夜、真衣香を傷つけた。
けれどそれを無駄にはしていない。
変わろうともがいてくれていた。
少しずつの変化が大きく重なり合って、今、拒絶を示さない。
例えようのない幸福感が、真衣香の心臓を鷲掴みにして離してはくれなかった。
「坪井くんに、そんな、つらそうな顔させてるのって何?」
眉を寄せて、唸るように呼吸をする。その理由が知りたい。
「……俺、は」
返ってきた声は、放心したようにぼんやりとしたもので。
察するに真衣香の”話したいこと”は、きっと彼の予想外のものだったに違いない。
「教えて坪井くん。私、全部を大好きなんて……大それた事いえない。でも、見せてくれたあなたのことを絶対に否定しない」
怖いから、逃げ出してしまうことを知った。
失いたくないからこそ認められない感情があることも、痛いほどに味わった。
だから坪井くんにもあったんでしょう? と、必死に語りかける。
上手に伝えられているとは思わないけれど。
だけど伝わって欲しいと祈るような気持ちで。
「坪井くんが隠してたこと、聞きたいの。知られたくなかったこと、知りたいの」
「……知りたい、って」
坪井は言葉に詰まって、そのまま黙り込み下を向いてしまった。
覗き込むように見ると、揺れる瞳が微かに光る。
「うん、知りたい。一緒だよ、さっき言ってくれたよね? 私だって坪井くんのことで知りたくないことなんて、ひとつもない……の」
部屋に響き渡っていた真衣香の声が、くぐもったように小さくなった。
「……何で……っ」
その声と入れ替わるように、切羽詰まった苦しげな声が響いて。
大きな腕が真衣香を包み込んだ。
そして、ぎゅうっと苦しいほどに力を込めて抱きすくめられる。
「なぁ、知りたいの、何で……?」
掠れた声が、真衣香の肩に押し付けられた坪井の唇から聞こえてきた。
その声は、頼りなくわななき、弱々しくて。深く関わり合う前の”同期で人気者の坪井くん”なんかじゃない。
大好きで、そして、時々どうしようもなく守ってあげたくなる愛しい人のものだ。
(どの角度のあなたも。どんな表情のあなたも)
どんな声の色でも、強くても弱くても。
「大好きだから」
「……っ」
短くも大切な大切な、真衣香の本当の気持ち。
ちゃんと聞き取ってくれたのだろうか。
息を呑んだ坪井がさらに抱きしめる腕に力を込めた。
「坪井くんのこと、好きなの。嫌いなんて嘘、大好きなのずっと、ず……っ」
言葉が途切れた。包み込む腕に込められる力が、際限なく強められていくから。
「く、苦しい、よ……坪井くん……」