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真衣香は、とんとん、と坪井の胸のあたりを軽く叩き力を緩めてもらおうと試みるも変化はなく。
それならば……と、肩にうずくまる坪井の表情を確かめようと腕の中でもがくけれど。
「……俺さ、好きな子がいたんだ」
囁くように微かな声で坪井が声にした内容に、真衣香は動きを止め息を潜めた。
もちろんそんな真衣香の反応に気がついた坪井は「中学の頃の話だよ」と、強調させる。
「……でもごめん。これ、逆なら冷静に聞けない自信ある、俺。お前の好きだったやつの話とか」
「え?」
「嫌な気持ちにさせるなら話したくないけど、でも……」
真衣香の肩に押し付けられていた唇が、少し動いて首筋に触れる。
まるで首にキスでもされているような、緊張してもおかしくない位置に唇が触れているわけだけど。不思議とそうはならなかった。代わりに押し寄せたのは不安と愛おしさで。
真衣香は自分の頬を坪井の頭に擦り寄せ、サラサラとした心地よい感触に、目を閉じた。
(……嫌な気持ちには、なるよね、そりゃ好きな人の……自分じゃない、好きな人の話とか)
それでも……。と真衣香は閉じた瞳をさらにキツく瞑って、迷いを振り払うように唇を噛んだ。
今を逃せば、居住を定めない野良猫のように、ふらりと目の前をすり抜けていってしまうかもしれない。
今を逃せば、二度と、弱々しく彷徨う声を受け止めてあげられる機会など訪れないかもしれない。
そう思えば、答えなど悩まずとも決まっていた。
「そうだね、確かに……嫌かもしれない。私だって一応ヤキモチとか妬くんだよ」
「……うん」
「でもそれ以上に知りたい」
真衣香が迷いなく声にしたなら、安堵したように大きく息を吐いた坪井が「……うん。俺も、それでも知ってて欲しいって、勝手なこと言おうと思ってた」と、答えながら首筋に埋めていた顔をゆっくりと上げた。
そして、手を繋いだまま身体を離し、すぐ隣に座り直した。
まっすぐ前を見つめたまま、ぽつりぽつりと話し始める。
「俺ね、さっき言った中学の頃に好きになった子。その子と付き合ってたんだよね、って言ってもマジでほんの一瞬。すぐ別れてさ」
坪井は真衣香の方を見ずに、先ほどまでよりも明るく、よく聞こえる声で言った。
しかし合間に重苦しいため息が混じっている。カラ元気だと考えるまでもなく、わかってしまう。
手だって驚くほどに冷たい。きっと、緊張しているんだろう。
「……理由は、俺が、逃げたから」
「逃げた?」
坪井は、ふぅ……っと、また苦し気に息を吐きながら自分の足に肘をついて、身体を折り真衣香に視線を向けた。
「うん、俺と付き合ったせいでクラスの女子に総スカンくらってたんだって。まあ、要はいじめだよね」
「……え、い、いじめ」
「そこで俺が、俺の彼女に何してんだよ。とかさ、かっこよく守ってれば大正解だったんだろうけど」
ジッと真衣香を見つめていた瞳が伏せられた。続く言葉を予想できない真衣香は、ただ新たに発せられる声を待つしかなく、もどかしい。
繋がれている手に力を込めることしか出来なかった。そんな真衣香の手を更なる力を込めて握り返した坪井が小さく、けれどハッキリと口にした。
「……守らなかった。まだ血が止まってないリスカの傷、わざわざ見せてまでくれたんだけど。俺、それを前に気持ち悪くなって逃げた」
「え、血って……」