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「うっ、うめえぇえええ!!」
「これがミソ煮込みってヤツか!?
食うのが止まらねえ!」
村の中の広場で―――
開拓地のみなさんと、縄を解いた盗賊たちに
料理を振る舞う。
カレーは持ってくる事が出来なかったが、
味噌と醤油はそれなりの量を持ってきていたので、
彼らに取っては塩スープで食べていた野菜や
穀物を、味噌ベースに変えて提供してみた。
「おーい、シン!
肉の方も出来たよ!」
「串焼きお待ちどうさまじゃ!」
「ピュー!」
そこへ、私の妻―――
メルとアルテリーゼが、焼けたばかりの
肉串を持って参戦。
ちなみに肉は、ドラゴンであるアルテリーゼと
フェンリルであるルクレさんが、臨時で狩ってきて
くれたものだ。
串に刺さったままの肉に、豪快に醤油を
ぶっかけると、ジュー! という音と共に
香りが広がって、
「な、なんだこの匂いは……たまらん!」
「お願いだ!
こっちにも食わしてくれえ!!」
と、もはや盗賊も開拓者も無く―――
全員が貪るように料理にかぶりついた。
「これが『醤油』ですか……!
噂には聞いておりましたが、大変美味しい
ものなのですね」
この開拓地の領主である少年―――
クロム様がその味を称賛する。
こちらに来た当初は慌ただしかったという
事もあり、料理まで手が回らなかったが、
こうして食べてもらい、好評であった事に
胸を撫でおろした。
「魚醤や醤油は、今は魔族が中心となって
作っています。
人間が作るよりも、短期間で大量に作る事が
出来ますので……
安価に入手する事が出来ますよ」
その黒い液体をまじまじと見つめながら、
彼は私の方へ向き直り、
「魔族、ですか……
いろいろな種族との取引きは心躍りますが、
この辺境までそれが届くかどうか」
確かに、その問題は深刻だ。
交易にはどうしても距離という壁が立ちはだかる。
しかし―――
「クロム様は魔狼を受け入れてくださりました。
その問題はじきに解決するでしょう」
「そうですね。
あの魔狼の速さ、そして強さは―――
僕もこの目でしかと見ました。
あとは……」
彼は周囲の景色に目をやり、
「この土地は、希少な鉱物や自然資源が
見つかりましたが―――
やはり食料もある程度は、自給自足が出来た方が
いいと思うのです。
シン殿は、農業においてもウィンベル王国の
発展に寄与したと聞いております。
ここらで何か、出来る事はないでしょうか」
真剣な眼差しの、短い赤茶の髪をした少年を見て、
改めて彼はここの組織のトップなのだと実感する。
取引きするだけなら、鉱石や豊富な資源があれば
可能だが……
それだけでは土地の発展は無い。
大人たちなら食事は必須ではないが、子供たちには
必要だ。
そして領地の発展を目指すなら人口増加は不可欠。
それがわかっているのだろう。
「その土地その土地に合ったものはあると
思われますが……
取り敢えず、小麦・米・芋類はまんべんなく
作ってみましょう。
野菜もこの土地独自に何かあれば」
「あー、何か難しい話してるー」
「シン、そういうのは食べた後で良いであろう?」
「ピュウ」
そこへ、同じ黒髪の―――
セミロングとロングの長さの違う妻二人が、
ラッチと共に参入してきた。
ドラゴンの子供はそのまま、クロム様の腕の中に
スポッ、と収まり、
「確かに、当面の危機は去ったのに―――
無粋だったかも知れませんね」
「いえ、次から次に対応する事を考えて
おくのは、統治者としての素質かと思います。
ですが今日は……
ひとまずそれは置いておきましょうか」
こうして、盗賊への対処が一通り済んだ事を喜び、
この日は宴会を愉しむ事にした。
「じゃあ、チエゴ国の国王へはウチから
言っておくね」
「クワイ国と我が国は、最恵国待遇を結んで
おりますから―――
ルクレセント様の口添えがあれば、
通らない事はないでしょう」
銀の長髪を波立たせる、人間の姿となった
フェンリルと―――
犬タイプの耳と尻尾を持つ褐色肌の少年が、
この地の領主様に向けて語る。
「あ、ありがとうございます。
何から何まで……」
クロム様が深々と頭を下げる。
私たちはこれから、ケンダル辺境伯様へ
今回の事を報告に行った後、
ルクレさんとティーダ君はチエゴ国へ、
私たちはいったん魔狼の森へ行って全員を
引き連れ、ウィンベル王国へ帰る運びとなった。
その際、ルクレさんから―――
クロム様の土地は彼女の庇護下にある魔狼を
受け入れる約束をしてくれたので、
その事について『一言』、チエゴ国に言い添えると
約束してくれたのである。
ある意味、コネにものを言わせての行為だが……
彼の領地も援軍を送らせないよう圧力を受けていた
事を考えると、そこはイーブンだろう。
「では、私たちはこれで」
「魔狼の引率は、ケイドさんと私とで
引き受けますから」
アラサーの赤髪の夫と共に、ダークブラウンの
髪をした妙齢の女性があいさつする。
また夫妻の側には―――
魔狼たちが仲間のように待機していた。
「じゃー行くわ。
盗賊たちも、ウチらが帰って来るまで
ちゃんと仕事に励むんやで?」
意地悪そうにルクレさんが笑うと、
赤髪を逆立てた、特徴的な髪型の女性が、
「もし逃げたら一生このままなんだろ?
頑張ってお勤めしておきますって。
手下たちにもよーく言い聞かせておくよ」
見ると、捕まえた盗賊たちも見送りに来ていた
ようだ。
もう、仲間という名の労働力だもんな。
こうして、私たちはクロム様の開拓地を
離れる事となった。
「という事がありまして」
ケンダル辺境伯領のお屋敷で一泊させて頂いた後、
その日のうちに私たちは、ウィンベル王国公都・
『ヤマト』へと帰還。
そこで、冒険者ギルド支部へ報告しに―――
支部長室へ来ていた。
「盗賊退治か。
相変わらず何かしら巻き込まれているな。
まあ、大方のところはわかった。
魔狼の群れの受け入れも了解したぜ。
ちょっと数が多いが、冬の間だけの一時滞在なら
どうにでもなるだろう」
筋肉質のアラフィフの男が、書類に目を通しながら
状況を確認していく。
「すでに受け入れ実績があるッスからね」
「そういえば奥様方は?
それにケイドさんとリリィさんも」
レイド君とミリアさんが、同行していた
妻と夫妻の行方を聞いてくる。
「ケイド夫妻は、まず新しく来た魔狼たちと、
この公都にいる魔狼たちとの顔合わせを
させるためにそちらへ。
妻2人はルイーズ様のところへ行っています」
私の答えに、ジャンさんは片眉を上げて、
「ん? ルイーズ様っていやあ―――
ダシュト侯爵家の……
まだ公都にいたのか?」
「はい。当初は体調が戻った時点でチエゴ国へ
帰って頂く予定でしたが……」
そこで私は、事情を説明し始めた。
何でも、留学組の面倒を見ているうちに、
彼らも同じ国の大人がいた方が安心するそうで、
彼女も滞在して欲しいと要請があり―――
ルイーズ様の手紙を持って、ルクレさんのいる
チエゴ国に行った際、ダシュト前侯爵様に
直接会ってその事を話し、
その彼から手紙を頼まれ―――
妻たちはそれを届けに行っていた。
「こっちは1人だし、国や家族に話が通ってんなら
問題は無いか」
ギルド長はそう言って、ソファの背もたれに
背中を押し付ける。
「それで、公都の方は何も問題はありません
でしたか?」
期間にして十日も経っていないが、一応
こっちの状況も聞いておく。
「んー、まあ……
無いっちゃ無いッスけど」
黒髪褐色肌の陽キャ青年が、ボリボリと
頭をかき、
「シンさんに相談するような事かどうか」
彼の妻である、タヌキ顔の丸眼鏡の女性が、
困ったように笑う。
態度からすると―――
緊急のものでは無いっぽいが、
「まあ話してみろって」
ギルド長が先を促し―――
そこで、私は相談を受ける事になった。
「お祭り、ですか」
「そうッス!」
「これがなかなか、いい案が浮かばなくて
ですねえ~」
話によると、冬の間―――
これといったイベントが無いというのが、
悩みのタネらしい。
「基本的に冬は食料事情も厳しいし、
寒いからあんま外出もせず……
大人しくしているのがフツーなんだが。
ただこの公都じゃ、今や食料はふんだんに
あるし、経済事情もかなり改善している。
そこでどうしても娯楽がなあ」
まあ生活が保障されると―――
次にくるのは娯楽、というのは当然の流れだ。
しかし、娯楽自体は結構作ってきたと
思うんだけど。
「そうですねえ。
トランプや麻雀の大会でも開きます?」
するとレイド夫妻が微妙な表情となり、
「出来れば、チビたちでも参加出来るような
ものがいいッス」
「それに、シンさんの作った物は―――
浴場やちょっとした施設なら、当たり前のように
遊ばれていますので……」
うーむ。
確かに真新しさやインパクトに欠けるか。
「どっちかというと、チビたちが主に楽しめる
ような……
そんな祭りってシンの世界に無いか?」
そう言われて―――
該当するものが頭の中に浮かんだ。
今は冬真っ盛りなので、少し時期的には
ズレているが、
「あるにはありますね」
私の言葉に、ギルドメンバーが視線を
集中させた。
「へー、そんな祭りがあるッスか」
「『お菓子をくれなきゃ、イタズラするぞ!』
ですか。
可愛らしいですね、ソレ」
私が提案したのは、地球でのお祭り……
『ハロウィン』だ。
子供たちがオバケや人外に仮装し、
それで夜中の街を練り歩き―――
各家を訪ねて、お菓子をもらうのである。
「仮装する道具や衣装を公都で発注すりゃ、
職人たちの冬の間の稼ぎにもなるしな。
今はお菓子も結構あるし。
ただ問題は……」
「この公都の人外率って、非常に高いんですよね」
ジャンさんと私の言葉に、レイド君とミリアさんが
『あ~……』という表情を見せる。
ドラゴン・ワイバーンにラミア族・獣人族・魔狼、
精霊や魔族、ゴーレムに至るまで―――
超多種族体制だからな、ココ。
「地球では人間以外の亜人種族がいなかったので、
こちらでは誰がやっても問題無いとは思います
けどね。
ラミア族の子が獣人のシッポや耳を付けたり、
魔狼の子が翼を付けたり……
とにかく、『今は別種族だよ』という格好が
出来ればいいと思います」
「おおー、いいッスね」
「アタシも何か作ってあげようかしら」
ようやく方向性が見えてきたところで―――
後はどういう子道具や衣装を作るかで、
話が盛り上がった。
「ふーん、そんな話があったんだ。
確かにココ、冬の間は何も無いしねー」
「ラッチはどうするかのう。
翼もシッポもあるし」
「ピュ~?」
帰宅した私は夕食時―――
ギルド支部であった話を家族と共有する。
「そういえば、ダシュト侯爵家の……
ノルト様とルイーズ様は?」
彼女たちに言伝と手紙を頼んだのだが、
やはり反応は気になり―――
「どちらかというと、留学組の方が
喜んでいたかなー。
正式に滞在延長が認められたわけだし」
「『春頃には戻って来て欲しい』という要望は
伝えたが、さてどうなるかのう」
あれでクルズネフ様は結構な愛妻家のようで、
ルイーズ様の体調が戻った事について、
たいそうこちらに感謝しており……
また奥様が戻った時の事を考えて、
公都『ヤマト』での環境を全て再現するべく、
金に糸目をつけないで魔導具やら何やら
購入していた。
「でもこう言っちゃなんだけど……
あの人、『奥さんがいないと何も出来ない』
タイプ?」
「仕事はともかくとして、息子と妻の方が
よほどしっかりしているように見える」
嫁さん二人が夫を持つ身として評価を語る。
同時に前侯爵様に同じ男として同情を禁じ得ない。
最初は敵対したけど、こうなるともう―――
あまり強くは出れないなあ……
「しかし、ダシュト前侯爵様って、
他に夫人はいないのかな?
子供もノルト様しか見た事ないけど」
するとメルとアルテリーゼは顔をいったん
見合わせて、
「ルイーズ様から聞いたんだけどねー。
結婚する時、侯爵様からすごく熱烈に
言い寄られて、『君以外の妻は娶らない!』
って断言されたんだって」
「最近では奥さんの方から、『いい加減に側室を
増やしてください!』って迫っているそうな」
跡取りが一人だけというのは、貴族にしてみれば
死活問題だし。
けど恋愛に関しては一筋なのね、あの侯爵様。
「まあそれで、留学組にも思うところはある
だろうけど―――
ノルト様とルイーズ様については、
そんなに風当りは無いってゆーか」
「特に女子がのう。
そこまで奥様を大事にしてくれる人の
息子なら、と―――
ノルトが結構言い寄られて困っているそうじゃ」
なるほど。
留学組は複雑な感情を抱いていると思って
いたけど、上手くいっているのはそういう
事情もあったわけか。
「で、話は元に戻るけど―――
そのお祭りっていつやるの?」
「する事は確定だろうけど、準備もあるだろうし、
具体的に決まるのはこれからかな」
「それまではせいぜい周知させるくらいか」
「ピュ!」
そして私たちは、その後―――
ラッチにどんな格好をさせるかで、夜遅くまで
話し合った。
「また面白そうな事が―――
わらわも絶対出ますの、それ」
「でもボクたちって、どんな格好すれば
いいんでしょう?」
「何でもいいって言うんだから?
何でもいいと思うよー」
翌日、仕事が一段落した後に児童預かり所に寄り、
『ハロウィン』について話したところ、
氷・土・風の―――
精霊様組が食い付いてきた。
「お祭りですし、参加してくださるのであれば
ありがたいのですが。
その、精霊様としては何か問題は。
信仰とか文化的に」
氷精霊様は、その透き通るような真っ白な髪を
かきあげて、
「崇めているところもあるかも知れないけど、
別にわらわたちに関係は無いの」
「こう言っては何ですが、人間が勝手に
そうしている……
としか言えなくて」
エメラルドグリーンの瞳をした、土精霊様も
困ったような顔をして続く。
「敵対とか、面倒くさい事をしなければ?
基本的には問題ないし。
水のコみたいに、その土地を積極的に守っている
精霊もいるけどー」
白いローブのようなものをまとった風精霊様が、
他の二人の説明を補足する。
「それより、どんな種族でも参加出来るんだよね?
その『ハロウィン』に」
「ええ、意思疎通さえ出来れば。
もしかして、他にも精霊様が?」
私が聞き返すと、その薄茶色の長髪をした精霊は
首を左右に振って、
「いやー、僕の眷属?
前話した事あるでしょ。
ホラ、マルズ国に捕らえられていた?」
ああ、半人半鳥のハーピーのような種族か。
私がうなずくと風精霊様は続けて、
「彼女たちもね?
そういうお祭りとか騒ぎって好きだからさ。
参加させてあげてもいーい?」
「別段、断る理由はありません。
参加して頂けるのなら、ぜひ」
すると風精霊様は、いきなり私の手をつかみ、
「それじゃ呼んで来るね?
行こう、シンさん!!」
言うや否や、私の体は宙へ浮き、
「ア、氷精霊!!」
「さすがにちょっとコレは―――
つ、ついていくの!」
その一瞬の間に、一人のアラフォーの男と、
三人の精霊の姿は児童預かり所から消えた。
「こ、ここは……」
どうやら気を失っていたようだが、いつの間にか
私は、うっそうと木々が生い茂る森の中にいた。
「シンさん、大丈夫ですか!?」
「いくら何でもいきなり過ぎるの!!」
土精霊様と氷精霊様が、この元凶となった
風精霊様に抗議する。
「えー?
でもちゃんと『呼んでくるね?』
『行こう』って言ったし」
「せめて返事くらい聞いてくれませんか……」
まだ意識が完全に戻っていない中、
取り敢えず私もその事について注意する。
「そう? ごめんなさーい。
それで眷属たちの事なんだけどー」
本当にマイペースというか自己中心的というか。
ここは大人しく、さっさと用事を済ませた方が
楽そうだ。
「ああ、あのハーピーたちの事ですか」
「「「はぁぴぃ?」」」
その言葉に、精霊様三人組がそろって
首を傾げる。
『ラミア』という言葉もこちらの世界に
無かったものだし……
今後ともそれで呼ぶかも知れないので、
説明を試みる。
「ふーん?
あのコたちの事をそう呼ぶんだ」
「違う世界なのに、不思議だねー」
一応納得してくれたのか、風精霊様と
氷精霊様がうなずき合う。
「それで、その『ハーピー』さんたちですけど、
この森にいるんですか?」
土精霊様が周囲を見渡す。
「そのはずなんだけどね?
おかしいなー。
気配が乱れてるってゆーか、
僕が来たのに誰も来ないし?」
そういえば眷属と言っていたな。
それなら、主にあたる精霊が来たら、
姿を現すのが自然だろう。
しかし、それが無いという事は……
その時、頭上からバサッと大きな羽ばたく音と
共に―――
音の主が空から文字通り降ってきた。
「ウ、風精霊様!!」
「いたんだ?
遅かったじゃない」
一体のハーピーが、眷属として風精霊様の前に
跪く。
「も、申し訳ございません。
実は仲間が……」
「んー?」
何か様子からして尋常じゃないな。
それに、眷属は彼女だけではないだろう。
それが一人しか来ないという事は……
私は精霊様たちと一緒に、とにかく話を
聞く事にした。
「赤鎧が?」
「は、はい。
出現するのは、時期的にもう少し後になる
はずなのですが……」
ハーピーから事情を聞くと、赤鎧という
巨大なクモが、この森に出現したらしい。
そのクモは外殻に魔力で出来た炎をまとい、
とても巨大なのだという。
そこで赤鎧という名称で呼んでいるのだとか。
ただ、炎は防御に回されているらしく―――
別にそれで周囲が火事になるとか、そんな事は
無いようで、
どちらかというと待ち伏せタイプで……
巨大な巣を張るのが厄介だという。
「アイツかー?
僕とは相性最悪なんだよね。
しかし、出現するのはもうちょっと先のはず
なんだけど―――
もしかして、もう仲間が捕まっちゃってる?」
風精霊様の問いに、眷属の半人半鳥の少女は
力無く視線を落とす。
「た、助けられないんですか?」
私が風精霊様に問うと、
「フツーの魔物なら?
今すぐ行ってボコるんだけどー。
僕が攻撃すると……
下手すると火事になっちゃうし?
ホント、何であんなのがこの森にいるんだろう」
風と火か―――
確かにそれは相性として最悪だろう。
「わらわなら、凍らせる事が出来るかも
知れないけど、捕まっているハーピーたちまで
凍らせちゃうと思うの」
「ア、土精霊様は?」
ハーピーの懇願するような目に、
彼はうなだれるようにして、
「土に関わりが深いとは思いますが、何せ
虫相手となりますと……
それに防御系の事なら可能ですが、攻撃は
あまり得意ではなく……」
少なくとも救出には向かないよなあ。
となると―――
そう考えていると、いつの間にか精霊様たちの目が
私へと集中し……
「とにかく、現場へ向かいましょう」
私の一言で、彼らの表情が一気に明るくなった。
「シンさんー?
もしかして、手を貸すのは嫌だった?」
ハーピーの少女に背中を捕まれて運ばれる
私に、一緒に飛ぶ風精霊様が聞いてくる。
「そういうわけじゃありませんが、
対処を少し考えておりまして。
多分倒す事は出来るんでしょうけど、
うかつに殺してはいけない生き物も
います。
話を聞くに、別に今回出現したのが初めてという
わけではないんですよね?」
「は、はい。
赤鎧は3年か5年に一度くらいの割合で、
森に現れます。
なので、私どもはその時期、別の森に避難して、
過ごしておりましたが」
背中越しにハーピーが質問に答える。
「何で倒しちゃダメなのー?」
氷精霊様が当然の疑問を口にするが、
「生態系、という言葉がありまして。
もしそのクモを倒してしまった場合、
そのクモが食べていたり、追い払っていた
生き物が増えてしまう可能性があるんです。
そうなるとまた、別の問題が発生するわけで」
突発的な出現ならまだしも……
定期的に現れているとなると、駆除して終わり、
というわけにもいかなそうなんだよな。
土精霊様だけは『なるほど』という表情に
なったが、他二人は『??』と、理解の
範囲外という顔になる。
「それに、炎をまとっているんですよね?
うかつに倒すと大火事になってしまう恐れも
ありますし―――
なるべくならまず、捕まった眷属たちに
逃げてもらって、赤鎧の対処はそれからに
した方が」
「そ、それが出来れば理想的ではありますが……」
ハーピーの困惑する声に、風精霊様は、
「この人は僕より強いからね?
だから大丈夫!
じゃあシンさん―――
そろそろ見えてきたけど、アレお願い」
その声に私が前方を見ると……
『現場』が近付いてきていた。
「うーん……
まごう事なきクモの巣だな」
私の目の前に現れたのは、大木の間に張られた、
直径にして十数メートルほどの巨大なクモの巣。
「ウ、風精霊様!」
「お助けくださいー!!」
見ると、三人ほどハーピーが巣に絡んで
捕まっているのも確認出来た。
そしてクモはというと、その中心に位置して
動かない。
こちらもアラクネとか、半人系のヤツなら
交渉出来ないか期待していたんだけど……
日本でいうところの女郎蜘蛛に近い。
最も体の方は、巨大な昆虫系の敵と戦う某ゲームを
思わせる大きさだが。
「とにかく、彼女たちを助けましょう。
巣を何とかしちゃいますので」
「眷属たちは任せて?
それじゃお願いー」
私はその巨大な円網の巣を見上げると、小声で
「これだけ巨大なクモの巣―――
ましてや、魔力を使ったクモの巣など
・・・・・
あり得ない」
その言葉が終わると同時に、溶けるように巣の糸が
千切れ、崩れて行く。
同時に捕らわれていたハーピーたちが解放され、
「後はこっちで?」
すかさず風精霊様が、宙に投げ出された彼女たちを
風でさらっていく。
同時に、巣の中心にいた赤鎧が地上へと落下し、
「…………!?」
いきなり自分の巣が消滅した事に、驚いて
いるのだろう。
そしてすぐ体勢を立て直し、元凶であるこちらに
顔の中央の四つの目と、左右に離れている二つの
目を向ける。
しかし、改めて巨大だと感じる。
サイズで言うなら、動物園で見た象より一回り
大きいくらいだ。
その四肢ならぬ八本の足で体を支え、
今にも突撃して来るような雰囲気で―――
獲物を逃したであろうこちらに、怒りを覚えて
いるのは間違いなく。
「捕まっていた人はこれで全員ですか?」
赤鎧とにらみ合いながら、案内してきたハーピーに
確認を取る。
「は、はい。
逃げ遅れていた者は全て」
それを聞くと、私は前方の巨大クモへ手を
かざすようにして、
「これだけ巨大な―――
節足動物がその大きさで、そのサイズの足で
自重を支えるなど、
・・・・・
あり得ない」
「―――!?」
赤鎧と呼ばれる巨大クモは、その腹を地面へと
押し付け、逆に八本の足先が宙へと浮く。
これで安全は確保出来た。
ただ今回は殺して終わりではない。
「飛ぶ準備お願いします」
「はーい」
「わかりました」
私の声に呼応するかのように―――
氷精霊様と土精霊様が、伸ばした両腕に
しがみつくようにして……
「これだけ巨大な節足動物も―――
またそれらが作る魔力のある巣も。
こちらの世界では
・・・・・
当たり前だ」
「!? !!」
ガバッ、と赤鎧が起き上がるのを見届けた時、
「飛んでください!!」
その瞬間、私の体はフワッと浮かび上がり―――
巨大クモが私のいた場所にたどり着いた時には、
すでに森の巨木すら飛び越え……
はるか上空へと達していた。
「これで一安心かなー?」
風精霊様が、事も無げに語ると、
「そ、そういえば風精霊様は―――
どうしてこちらにお越しになったのですか?」
助けを求めに来たハーピーの少女の質問に、
「それはねー?
シンさんが君たちに用があるって」
「いやあの、用事があると言いますか。
……取り敢えず、落ち着いた場所で
話しましょう」
そのやり取りを聞いていた他の精霊二人は、
私の両隣で思わず苦笑した。