「…なんで帰ってくるのよ…!?女の子と会ったなら、自動的に泊まりじゃないの?」
洗面室に映る顔の赤い自分が、プリプリ怒りながら文句を言ってる。
「…だから嶽丸のベッドで眠ったのに」
なんというか…落ち着かなくて。
嶽丸の匂いがしないと眠れなかった。かといって、Tシャツを拝借して抱きしめながら寝るのも違うし…
私も少しお酒を飲んで寝たから、本当に嶽丸が帰ってきたことに気づかなかった。
着替えるとき、恐る恐る確かめた胸元の赤いアザ、今嶽丸がつけたものだと思うと…ちょっと胸が苦しい。
私にこんなことをしていいのは、俺だけって言ってた。
…もしかしたら、私も嶽丸が落としたいの女の1人なのかな。
「はぁ…朱里の言ってた通りだ…」
超絶セクシーモテ男、嶽丸の実力は本当に凄まじい。私もうっかりフラフラ吸い寄せられてしまった。
「でも、本命の恋人は、いないんだよね…?」
そんなこと聞いたことない。
あちこちでいろんな女の子に手を出してるイメージで、好きな人とか恋人とか…
「…結びつかん」
真剣に誰かを思う嶽丸なんて…想像できない。
そう思いながら、私は心の片隅に抱いた思いを消せずにいた。
(嶽丸に抱かれたい…)
恋人がいないなら、いいんじゃないかな…
嶽丸は私とのスキンシップも旺盛だし、嫌じゃないってことだよね。
抱きしめて癒してくれるし、キスだって、吐息が漏れるほどうまい…
「私から誘ってみたら…どうなるんだろ」
…答えてくれるんだろうか。
恋人はいらないけど、体だけ欲しいなんて。あれ?私も嶽丸と同じじゃない?
……………
嶽丸には声をかけずに家を出て、いつもの道のりで出勤する途中、降りた駅でふいに腕を引っ張られた。
「…待ってた。ちょっと話がある」
スラリと背の高い、いかにも仕立ての良さそうなスーツを着た、ちょっと目を引く男性。
…ケンゾーだ。
話とは、多分昨日の和臣とのことだろう。
私は素直にケンゾーに連れられ、落ち着いたカフェに入った。
「…お咎めなし、ってことですか」
「俺から厳しく言った。まぁ、あいつもいろいろ我慢していたことがあったらしいから」
「それは、ずっとヘアショーに出ずに、裏方をやっていたこと…なんでしょうか」
微妙な表情になったケンゾーを見て、だいたい当たりだと見当をつける。
「私も、何も言わない和臣の思いを、同期として汲んでやれなかったことは反省します。でも、ちゃんと言葉にしてほしかった…」
私が至らないなら、我慢せずに伝えてほしかった。それくらい遠慮なくできる関係だと思っていたし、修復しづらくなるまで拗れる前に、どうして何も言ってくれなかったんだろう。
私の思いはそれだけだった。
「私、和臣とちゃんと話したいです」
「それは…叶わないかも、な」
含む言い方をするケンゾーを問い詰めてみれば、和臣は今日から有休消化、そして…
「退職…?」
「引き留めたんだが、あいつの意思は固かった」
ケンゾーが曇った表情をするのは、間近に迫ったヘアショーのこともあるだろう。
…和臣がいなくなって、私1人で運営を任されるなんて、正直厳しい。
「心配すんな。和臣が抜けた穴は俺が埋めるから」
「え…でも」
「和臣と美亜に運営を任せたのは、2人に成長してほしいからだ。
特に美亜、お前の成長に期待していた」
…だと思ってた。
もっと仕事ができるようになってくれって、促されていたわけだ。
じゃなきゃ運営とアーティスト、両方やれとか「マジで鬼」…って思ってたから。
「そういうことだから、お前も怖い思いをしたと思うが、和臣とのことはこれで終わりにしてくれ」
テーブルに置いたスマホをチラリ見るケンゾーを見て、話はもう終わりなのだと察する。
でも…和臣とちゃんと話せないままもう会えなくなるのかと思うと、胸が痛い。
そして美容室に戻り、仕事をしながらショーの準備をするという、忙しい今日が始まった。
そしてすぐに判明したこと。
…なんと、私に任せたと、あれだけ言っていたヘアショーの会場…ちゃんと押さえてあったのだ。
担当者に確認すると、和臣とおぼしき男性からの予約だとわかって…だったらどうして、昨日あんな意地悪を仕掛けてきたのかと思う。
もしかしたら…和臣は私に相当歪んだ気持ちを持っていたのかもしれない。
それは、男性としての愛が拗れたのか、仕事を絡めての競争心が形を変えたのか…わからないけど。
すべてを自分の中にしまい込んだ和臣は、抱えきれないいろんな思いが弾け飛んで、きっとパンクしてしまったのだ。
そして…それを回収する元気も勇気も無くしてしまった…?
ここを去る決断をした以上、私にできることは何もないかもしれない。
でも私は、どうしようもなく悲しかった。
なんでもっと、和臣と話さなかったのかな…。
彼が私よりずっと真面目で完璧主義で、そして傷つきやすいことは知ってたのに。
………
「…ただいま」
「おかえり。…どうだった?美亜にヤンチャした同期くんとは仲直りしたか?」
リビングに入っていくと、嶽丸は黒いエプロン姿で、出来上がった料理をテーブルに並べていた。
突っ立ったまま言葉が出ない私に、すぐに気づく嶽丸。
手を拭きながらこちらに歩いてきて、今朝私につけた跡のことなんか忘れたみたいな笑顔を向ける。
「…仲直りじゃないな。謝罪、させてやった?」
「…無理だった」
「はぁ…?なんで?そこはオーナーが間に入って、きちんと謝罪させるべきだろ…」
「それが、和臣辞めちゃって…もう私にも会いたくないみたいで。
なんにも話せなかったのがちょっと辛くて…それで…」
「うん…」
嶽丸は私の手を引いて、ソファに座らせてくれた。
いつもみたいに隣に座って、正面から私を見ててくれる…
「もっとお互いに言いたいこと言い合って、お腹の中見せ合えばよかった…和臣はそういうタイプじゃないから、私からもっと話をすれば、こんな事で離れ離れにならなかった…」
和臣に襲われかけたことは怖かったけど、同期を失った悲しみの方が強くて…私はつい涙をこぼす…
「ほら…おいで…」
嶽丸はそんな私を、引き寄せるように抱きしめてくれる。
…涙が、嶽丸のシャツに吸い込まれていく。
「泣きたいときは、俺の胸で泣きな」
優しく背中をトントンしてくれる嶽丸に、私はとんでもないことを口走った。
「嶽丸、私のこと…抱いてほしぃ」
コメント
4件
和臣は 美亜ちゃんに気があったのでしょうけれど🤔 お互いに多忙で 言いたいことを言えず飲み込んでいるうちに、気持ちが歪み 拗れていってしまったのか....😔
言葉足らずがこうなってしまったんだね。 言いたい事は、ちゃんと口に出さないと。 あの時にって後悔は精神的にきついよね
お互い言いたい事言い合って… それは和臣に限らず、嶽丸に対してもだよね。 で、言いたい事言ったら抱いてになっちゃった訳か(汗) おーい、このままじゃセフレまっしぐら、猫まっしぐらー!